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【短編小説】 秘め事 【百合】

拝啓
すっかり寒くなってまいりましたね。みどりさまにおかれましては、お変わりなくお過ごしでしょうか?
…なんて、私と貴女の仲ですもの。お堅いアイサツはナシにしましょう。こうして貴女に手紙を書くのも初めてじゃないのだから、いいわよね?
さて、私と貴女が出会ったのは女学校だったわね。あの頃は、とても楽しかったわよね。何もかもが楽しくて、面白くて。お転婆ムスメだった私たちは、よく先生に叱られていましたね。それも、いい思い出です。
そのようにいつも一緒に過ごしていた私たちだもの。貴女もそうだと信じているけれど、私、貴女に隠し事なんて一つもしてこなかったわ。卒業してからだって、今まで生きてきて、なんでも、初めに貴女に相談して、聞いて貰ったわ。
だけど、ごめんなさい。私、ここ数ヶ月、貴女に本当に初めて隠し事をしていたの。
でも、話す決心が出来たので、お話しますわ。
やっぱり、貴女にはお話すべきだと思ったのよ。
今まで黙っていたのは、貴女の気持ちを考えてのことなのよ。
なので、許して頂戴ね…?本当に、ごめんなさい。
あのね、実は………

最後まで読み、手紙を畳んだ。並んだ字が震えていた。いつも、ピシッと堂々とした字を行いっぱいになるくらい大きく並べて書く彼女らしくない字で書かれた手紙だった。端に花が縁取られた綺麗な便箋には、ところどころ水滴が滲んだようなシミがあった。手紙には、彼女は実は数ヶ月前から入院していて、もうすぐ命が尽きようとしているということが書かれていた。目の前が真っ暗になるような気がした。
彼女とは、女学校で出会った。唯一無二の親友と言ってもいいくらいの仲であった。わたしと違って、明るく太陽みたいな彼女に憧れていた。卒業して、お互い結婚し、彼女が引っ越してしまうまで、毎日一緒にいた。なんでも話した。大好きだった。引っ越しの時なんて、まるで今生の別れかのように二人で泣きじゃくったくらい。
女学生だった頃が一番楽しかった。輝いていた。わたしたちを阻むものは何も無かった。二人いれば、怖いものなんてなかった。
あれから、いつしか長い長い時が流れ、今では彼女もわたしもしわくちゃのおばあちゃんになっていた。「手紙を送り合おう」、引っ越しの時、提案したのはどっちだっただろうか。ともかく、わたしたちは、そう約束した時からずっと、手紙を送り合っていた。携帯電話なんて無かったあの頃とは違い、娘に「ないとこっちが困るのよ、外で連絡つかないと心配だしね」と持たされた携帯電話で気楽に時たま話すこともあるけれど、それでも、手紙でのやりとりは続けていた。もちろん、彼女とは予定を合わせて定期的に会っていたけれど、お互いおばあちゃんになってからは、それも難しくなっていたものだから、手紙のやりとりは、わたしにとって数少ない楽しみの一つだった。彼女の女学生の頃から変わらない、几帳面な字を見るのが好きだった。
楽しみといえば、手紙に毎回同封されている、写真も楽しみだった。彼女は、いつ頃からだったか写真を撮るのに凝り始めて、「新しいカメラを買ったのよ」なんて嬉しそうに書いて、撮った写真を送って来るようになった。だけど、数ヶ月前から、それが無くなっていた。なんだか寂しかったから、手紙が届いてすぐ電話をかけた。すると電話に出た彼女は、「あら、みどりちゃん、お久しぶりね!どうしたの?お手紙、そろそろ届いたかしら?」と明るく応え、わたしが写真のことを尋ねると、なんてことはないといったように笑いながら、「ああ、ごめんなさいね、最近、目がとんとダメになっちゃったのよ。おばあちゃんになるっていやあね」なんて言っていた。その時は、わたしも「まあ、残念。でも、そうね、わたしたち、もうしわくちゃだものね」なんて笑ったけれど。今思えば写真が無くなったのは、体調を崩して外に出ていなかったからだったのか。
この歳になると、いつ誰が死んでもおかしくないけど、まさか彼女が。誰よりも大切な親友の彼女が、わたしよりも早く…。彼女は、いつも元気だったじゃない。わたしの手を引っ張って、先生の怒鳴り声を背に学校中を走り回って、追いつかれて、もっと先生に怒られて…。病気らしい病気なんてなったこと無かったのに。神さまったら残酷。そして、彼女も残酷よ。いつも、わたしを置いて行ってしまう。
わたしは、しばらくぼんやりと彼女との眩しい日々を思い出していたが、手紙の返事を書くことにした。「最後になるかもしれない手紙」を。「最後」を覚悟するのは、大好きな彼女が死んでしまうかもしれないからではない。わたしも、彼女に「秘密」があったから。そして、それを彼女に伝えたら、彼女はわたしから離れていってしまうかもしれないから。

拝啓
お手紙を読んで、それはもう驚きました。
本当はこんな時間のかかる手段ではなくて、電話をするべきなのでしょうね。ううん。それよりも、まずペンじゃなくて鞄を持って電車に乗るべきなのでしょうね。でも、わたしたちを繋いできてくれたのは手紙だったから、やっぱりまずは、手紙を書くことにします。
あんなに元気だったあなたがいなくなってしまうかもしれないなんて信じられなかったけど、あなたの字が震えているのに気付いて、「ああ、本当なのね」って思ったわ。
ほんとう、歳は取りたくないわね…。
あなたは、秘密にしていたことを気にしていたけど、決して気に病まないでくださいね。わたしも、だから。
結子さん、ごめんなさい。
わたしもあなたに言ってないことあるわ。それも、ずっと昔から。
楽しかった女学校時代から今までずっと、怖くてあなたに言えてなかったことがあるの。でも、あなたも覚悟して、秘密を教えてくれたんだもの。わたしだって言うべきよね。
…今更言うなんて、わたしは、臆病な人間だわ。
あのね、わたし、あなたのこと、ずっと………


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