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灯篭流しの村 ~8月13日~

誰かのために流す灯篭はとても綺麗だった。
何十年、何百年前の人々が現実世界へと帰ってくるという。
ロマンチックな伝統に思いを馳せる人は昔亡くした大切な人や、友人を思いお盆の最終日に灯篭を流す。
それはとても特別な日。
それは私も待ち遠しかった。
私はあの子に会いに行く。
お盆が終わればあの子はいなくなってしまう。
私の一夏は短くて暑い。




「いってきます」と言ってリビングから笑い声が聞こえてくる家を出た。
外は蝉の声で囲まれていて、蒸し暑さを感じる。
上からも下からも暑さが焼き付き、思わず空を睨んだ。
夏は好きだが暑いのは嫌いだった。
これが矛盾か、と一人薄笑いを浮かべた。
一人で笑っていたら変な人に見えるだろうか。
大丈夫どうせ誰も見ていない。昔からそうだった。

白のワンピースは少し目立つようだ。
小さな公園の日陰、ベンチに座る親子から視線を受けた。
仲が良いように見える。滴る汗をハンドタオルで拭かれている子供は目の前を通ったトンボを目で追っていた。
誰もが通ったこの道もいつかは記憶をなくして、息さえ絶える。
いつになれば長く暑い夏から抜け出せるのだろうか。
子供が笑いかけてきた。私は何気なく笑顔を返す。
そして『もしかしたら、変な恰好だと笑われているのでは』と思い直し、そそくさと公園の端にある遊具へと向かった。
半球でドーム型のこの遊具は、近年あまり見かけなくなってきたと聞く。
きっとあの子供もこれで遊んでいたんだろう。
いつもの待ち合わせ場所。
今年もこの中にいるのだろうか。
はしごを白いサンダルで登り上の穴から中を確認する。
「・・・あれ?」
まだ来ていないようだった。いつもならあの子のほうが早く来ていて、毎回私が怒られていたのに。
「何してんの?ワンピース汚れちゃうよ。」
少し低い声がして、すぐに分かった。
あの子だ。
振り返ると前より大人びた女の子が立っていた。
すらっとした足と整った顔立ち。
昔は私のほうが背が高かったのにもう何年か前に抜かされてしまった。
きっと学校じゃ人気ものなんだろう。
少し顔が赤らんでいるように見える。暑いからだろうか。

「遅いよ」
「まさか涼夏に言われるとはね。今日は早く来たんじゃない?」
「お、分かっちゃったかぁ。さすがだね」
「うん、あと久しぶりだね」
「なんかそのセリフ言い過ぎて飽きちゃったよ?この時にしか会えないから、もう当たり前になりつつあるよね」
「まぁそうかもね」

「迎え火はやってきたの?」
「うん、うちのじいちゃんが待ち遠しそうにしてたから、いつもより少し早めにやったんだ」
「そっか、おばあちゃんに早く帰ってきてほしいんだね。そういうのいいね、綺麗」
この子の祖父は祖母を亡くし、それからこの日を待ち侘びているという。
迎え火はその霊を迎え入れるために行われる儀式である。毎年お盆である13日に行われるのが一般的らしい。
「迎え火をした後には隣にいてくれるような感覚がするんだって。いつも寂しそうな顔してるじいちゃんが安心したような顔するのは、お盆の時。私はそれを見てるだけで嬉しいんだ。やっぱりいつも暗い顔されちゃあ私もきついしね」
そう笑う彼女は俯いたまま伸びた自分の影を見ていた。
安堵の顔、とでもいうだろうか。

私たちは会っていなかった一年分の話を時間に詰め込んだ。
昨日の話、四年前の話。

いつしか日は暮れていて、私に笑いかけた子供も家へと帰っていた。
ヒグラシが鳴き、一日の終わりを諭す。

「明後日はお祭りがあるんだっけか」
「そう。そんで明日はその準備だよ。勿論お手伝いに行くんでしょ?」
「私が行っても役に立たないよ?でもお祭りは楽しみだなぁ。屋台がたくさん出て、みんな浴衣姿で歩いてて最後には花火。早く明後日にならないかな」
「まずは明日の手伝いでしょ?祭りにだけ行こうとしない!」
「もぉ厳しいなぁ」

彼女は少し笑ってまた明日、と告げた。
私も笑って手を振った。
「じゃあ、またここで」

明日の予定は立っている。
私たちの村の小さなお祭りの準備だ。
これは村全体で計画され、また村の人々全員で用意される大きなイベントなのだ。

私の夏が一つ散った。


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