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真夜中の電話はいつも〈連続小説 ※毎週日曜日更新予定〉

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あらすじ:  CG制作プロダクションで働く僕の元に、忘れることのできない女性、槙村由佳から5年ぶりに電話が掛かる。  今やCGディレクターとして華々しく活躍する彼女との思い出を懐… もっと読む
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【「真夜中の電話はいつも」(七) 】

【「真夜中の電話はいつも」(七) 】

 街ももう寝静まり始めた真夜中に、玄関の小さな明かりに照らされながら僕は吐瀉物にまみれた由佳のスニーカーをウェットティッシュで拭いていた。
 液体ばかりのそれは、少なくともここ数日の由佳の私生活を物語っているようだった。
 場所を移した先でも相変わらず強めのアルコールぐらいしか口に運べずにいた由佳は、夜の街をフラフラとおぼつかない足取りで歩きながら、
「私の方があの子より加瀬のことをもっと深く理解

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【「真夜中の電話はいつも」(六) 】

【「真夜中の電話はいつも」(六) 】

「愛人でもいいって加瀬さんには伝えたんです、私」
 由佳は俯向いたままそう言うと、グラスの氷を指先でくるりとかき混ぜた。
 想像していたこととはいえ、由佳の口から直に聞く愛人という言葉の響きは、さらりとしたその言い回しに反して僕の後頭部にずしりとした重みを残した。
「学生の頃から加瀬さんの監督作品はよく見てましたから。すごく尊敬できる方だったし」
 そう言って、由佳は加瀬との馴れ初めを話し始めた。

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【「真夜中の電話はいつも」(五) 】

【「真夜中の電話はいつも」(五) 】

 平日の昼下がり、理科室を思い出させるような懐かしい造りの建物の中で、遠目にはまるでクラゲが浮かんでいるように見えたものは、イルカの胃を食い破った何百何千という線虫の塊だった。
 真夜中の電話口、僕の誘いに
「あの、笑わないで頂けます?」
 と前置きをしてから、由佳は行ってみたい場所として、
「この間、たまたまテレビで見たんですけど、寄生虫の博物館ってところがあるみたいで」と告げた。
「寄生虫、好

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【「真夜中の電話はいつも」(四) 】

【「真夜中の電話はいつも」(四) 】

 試写会の翌日から僕は全身の怠さと上がることも下がることもないだらだらとした微熱を抱えたまま、三日ほど寝込んだ。
 張り詰めた緊張の日々から解放された気の緩みのせいか、普段もプロジェクトが終わる度に熱を出すことが多い僕は年々その回復に時間が掛かるようになってきた自分の身体に、知らず知らずの間に衰えというものを現実として感じるようになってきていた。
 日中は特に何もする気が起きず、ベッドの中で曲げる

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【「真夜中の電話はいつも」(三) 】

【「真夜中の電話はいつも」(三) 】

 ‘加瀬フミヒロ’というCGクリエイターがいる。
 僕より歳が一回り上の加瀬は、20代の頃からすでにCGディレクターとして注目を浴びていて、仕事を通して彼と初めて出会った時には40歳を手前にして既に長短合わせるともう数えきれないほどの監督作品を務めていたような人間だった。
 僕も学生の頃からその名前は耳にしていて、自分の所属する映像制作プロダクションが彼が新しく監督を務める短編CG制作を請け負うと

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【「真夜中の電話はいつも」(二) 】

【「真夜中の電話はいつも」(二) 】

 昨日のそれも今と似たような時間だった。
「元気?」
 深夜の一時を過ぎた頃、もう遠くへ忘れたはずのイニシャルから唐突にメッセージが届いた時、僕は別に気づかなかったふりをしてもいいはずだった。
 随分と思い悩んだような気もしたが、その時間はものの5分程度の間だった。 
「どうしたの?」
 返事を打ち返してすぐに僕は後悔をしたが、間を置かずに
「終電逃した」
 というメッセージが送られてきた。
  

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【「真夜中の電話はいつも」(一) 】

【「真夜中の電話はいつも」(一) 】

「本当にもう、ダメなのか」

 僕の言葉に電話口から聞こえる彼の声は
「ああ」という一言だけだった。

 真夜中の電話はいつだって突然で、いつだって心惑わされる。

 僕の数少ない友人の内の一人であるAは大学を卒業後、二年程した頃に彼の勤め先のデザイン会社の知人の紹介で知り合ったという二つ年上の女性と結婚をした。
 都内のこじんまりとしたレストランを借り切っての披露宴は若い二人には慎ましくとも、と

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