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嫌な体験を多くした人ほど精神が歪んでしまう

嫌な記憶と言うのは体に染み込みます。

そういう経験は一生の傷として残ってしまうので、嫌な経験を他人に与えないような努力も必要だと思うんです。


もちろん「人生に必要な嫌なこと」もたくさんあります。


経験しておいたほうが良い過酷なこともあるので、全ての嫌な体験を生きていくのは無理でしょう。生きていれば競争で負けることもあるし病気になったり事故に遭うこともあります。

好きな人にフラれたり死別を経験することもあるでしょう。

そういう経験は避けては通れないことでもあるわけです。

成功を目指せば失敗するのは当たり前ですからね。

なので挑戦して失敗することは仕方のないことだし、免疫力を高める上でも多少は嫌な経験を味わうことは大事です。しかしだからと言って他人が嫌がるようなことを、「必要だから」という理由で強制するのは違うということです。

そういう経験は消えない傷として一生残りますから。

例えば厳しく叱責するとか体罰を加えるというのがまさにそれです。

そういう経験をした人はネガティブな体験が植え込まれるので人間性がおかしくなるんですよ。そういうネガティブな体験をした人は自分を守るための防衛本能が働きます。



なので自分を守るために嘘をつくことを覚えたり、下の人間に対して横柄な態度を取るようになるんですよ。


それが人生経験的に必要だと思いこんでますからね。

厳しい先輩にいじめられると後輩をイジメてしまったり、上司が厳しい人だと自分が上司になった時にも同じように部下に厳しく接するんです。

そういう文化だと思い込むとそれが当たり前になるんです。

しかもそこから学習してしまうと「他人に怒りをぶつけて支配すること」を覚えてしまいます。

そうなると気に食わないことがあればすぐに怒る人になります。

それがまた大きな損失を生みます。

怒りで他人を支配する方法を学ぶの危険なんですよ。

なぜならそういう人はどこかで社会的な制裁が加えられますから。他人に危害を加える人になってしまうと、必ず誰かがその人の横暴さを暴露して社会的な制裁を加えられるんですよ。つまり誰かに怒りをぶつけるとその怒りが自分にもぶつけられるということ。

こうなると泥沼の争いに発展することもあるわけです。

実際に横柄な態度をした部活動の監督や政治家などがメディアで叩かれたことがありますからね。その社会的な制裁によって立場を追われた人もいるわけです。

だから自分のためにも他人には優しく接する。

それが利口な考えではないかと思うんですよね。


ただ染みついた人間性が消えないのも事実です。


だから他人に対して優しく接することが出来ない人が多くいるんですよ。例えば嫌な人たちに囲まれていると人は利己的になります。そういう人は常に騙したり奪いあったりする世界で生きているので、どうしても利己的になってしまうんです。

そういう世界で他人を信用すれば簡単に騙されますから。

だから利己的になるしかなかった人もいるんです。

そんな人は他人を信用することが許されず、騙すほうが良いという常識が身についています。

だから利己的な行動しか考えれないんです。

そうやって騙し合いの世界で生きている人ほど他人に優しくすることが出来ないんですよね。もちろん時として利他的な行動をしてる方が自分のためになる時もあります。しかし利己的な行動ばかりしていれば大きな制裁が加えられるのは時間の問題です。

それに利他的な振る舞いの方が自分のためになることもありますからね。

他人に協力することで大きな見返りが来ることもあります。

だから利己的な行動を改めることも必要なんです。

親が暴力的とかヤンキーの先輩と絡んでいるという世界にいる子供ほど、精神的に歪んでる場合が多いです。更生できない人はこういう嫌な経験を多く積んでいて、嫌な人たちを多く見ています。

だから「普通に生きる」ということがわからないんですよ。

なので人間の精神を歪めないためにも最初から、他人が嫌がることをしないというのが賢明な判断だと思います。

何者でもない僕をサポートしてくれるならあなたの気持ちに答えれるように、これからもコツコツ頑張っていきます。