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【小説】貴方の未来にアイリスを【投げ銭note】

 花束は苦手だ。贈られた後、生のものを花瓶に生けてたら、いつの間にか腐っているか、枯れている。ドライフラワーは、入れ物から取り出すと、皺の寄った花弁やパサパサの葉が崩れて散らばる。
 そもそも、生命を失ってゆく姿を見るのは、心をすり減らされてゆくようなものだ。見ているこちらが堪らない。博子はそんなことを考えながら、昼食を買う店を探して、道を歩く。

 道の端、電柱の根本には、二リットルのペットボトルを半分に切り、花が生けられていた。その先には、廃墟となった学舎がある。先週、名門大学の一角で火事があったと、ローカルニュースで報道されていた。捜査が進むにつれ、例の学舎の大学院で、元大学院生が自分の使っていた部屋に灯油を持ち込み、火を放って命を絶ったのではないか、ということが浮かび上がってきたらしい。ドアの隙間にはテープを貼られた痕跡があって、何者かを拒んで亡くなったようでもある、と。
 燃えたのは、人文・社会学系の大学院が入っていた建物。亡くなったのは、博士課程の在籍期間を過ぎた後、院にお金を払って、籍を置いていた「研究員」の男性。大学側は支払いの滞りと研究室の移転を理由に、その人に退去を迫っていたらしい。

 食堂では、テレビを見ながら、どこかの社員らしき制服を着た女性たちが、流れるワイドショーの話をしている。高木博子は弁当コーナーに並び、注文した親子丼が出てくるのを待ちながら、その声に耳を傾けていた。
 「死んだ学生、最近は、投稿した論文が審査を通らなくて、研究に行き詰まってたんだ」
 「バイト先が倒産して、家賃が払えなくなって、研究室に住んでたみたいだね」
 「博士課程を出た後も、博士論文を書くために、院に残って論文を書いてたんだって」
 
 惣菜を口に運び、会話する女性たちは、みな「広坂技研」のロゴが入ったジャケットを羽織っている。このあたり一帯は、火事のあった名門大学を筆頭に複数の大学、国の研究機関が集まった学研地域だ。国内外のメーカーも一帯に研究所を置く。四年制大学を出た後、大学院で修士課程に二年間通い、近所で内定をもらって就職する学生も少なくない。博子も、そんな学生の一人だった。

 今回の事件は、博子にとって他人事ではなかった。かつて、彼女には、お互いに結婚しようと言っていた恋人がいた。結局、恋人の将来が定まらず、別れようと博子から告げた。その人物も、博士課程の大学院生であり、論文が認められず、博士号が取れる見込みが立たなくて、いつも眉毛は八の字だったと思う。その恋人と知り合ったのは、六年近く前。数年間の交際のうち、その人は会社を辞め、博子の出身大学院の博士課程に進学した。

 最近、一緒に飲んだ後輩はこう言っていた。
 「あのあと、一年くらいで松野さんは博士号を取られました。今は、東京の研究財団にご勤務なさってるみたいですよ」
 亡くなった院生の年齢はアラサーで、自分とあの人とは同年代で。
 「死んだ学生は、付き合ってた頃の松野だったのかもしれない」
博子は財布を開きながら呟いた。そして、
 「その人を見捨てたのは、私だったんだ」とも。

 弁当を提げ、来た道を帰る。電柱の前で、博子は手を合わせ、死者を悼んだ。あの人を捨ててしまったけど、もう、こんなことはあってほしくない。博子は桜の並木道を行きながら、ふと、花屋の前で足を止めた。

***
 スーツケースを引き、男は後輩の案内で研究室にやって来た。通されたのは、来客やゼミ用のスペースで、院生たちが使っている部屋を衝立で仕切り、出入口を入ってすぐの場所だった。自分がいた数年前と変わらず、ゼミで使うはずの机には専門書がひしめく。走って来たせいか、彼のスラックスは汗を吸い込み、足にまとわりついて重たい。ズボンの冷たさはそれほどではない。
 「松野さん、お忙しい中、来てもらって、すみません。こちらが今度、研究会で出すと言ってた論文集の原稿です。只野先生のチェックは済んでいます」

 松野はクリップで纏めた原稿を受け取る。パラパラ捲っていると、スーツの胸ポケットにねじ込んだ名札が飛び出し、「真田記念財団 研究出版部 松野修史」という文字が後輩に見えた。
 論文集の原稿は、松野が前回のミーティングで後輩と話をしていたより、百ページ、増加している。財団の助成金を受けての出版では、手にしている紙の束を半分の長さにしなければならない。そのことは、打ち合せの場で恩師にも説明していたはずだ。どうも、原稿の様子では、恩師の大雑把さは健在の模様である。かつての教え子は、懐かしく感じる一方で、今は出版担当者として頭を悩まし始めていた
 (頼むから、ちゃんと仕事してくれよ、先生……)
 ため息交じりに顔を上げた松野の目に、青紫の花弁がとまった。平積みの本の間、数本の花菖蒲が白い花瓶に活けてある。
 「あのアイリスは、高木さんが置いていったものなんです。昨日、お勤め先からの帰りに寄られたみたいで。今年、うちで博士を取られた方々へのお祝いですよって」
 後輩の説明に、花が好きではない博子にしては、珍しいと、松野はあることを思い出した。

 誕生日に小さな花束を贈った時、彼女は戸惑ように「ありがとう」と言っていた。松野が首を傾げると、博子は目を伏せてこう答えた。
「昔、小学生の時ね、世話してた花が枯れていくのを見ててさ。黒く、しなしなに弱ってくのが、ちょっと悲しくて。花は苦手なの」と。
 同期の披露宴のブーケプルで当てた花束も、松野の自宅に寄って、買ってきた食パンでジャムを使い切り、その空瓶に差して帰ったほど。その苦手ぶりは、病的な域にあったように記憶している。

 「こいつの花言葉を知ってるか?」
 「アイリスの括りでは『希望、吉報』とか『メッセージ』で、花菖蒲になると『忍耐』や『熱心』があるみたいですね。お祝いに相応しい花なんですか!
 ところで松野さんも、そういうこと、気にされるんですね」
 タブレット端末を眺める後輩の横で、尋ねたほうは次のことを考え始めていた。その表情が不機嫌そうに見えたらしく、後輩は相手の「古傷」を抉ったのかと不安に感じた。今さら遅いかもしれないが、次の話題を探して、ポータルサイトをスクロールする。沈黙の後、松野は茎を指でいじりながら言った。
 「高木は花を部屋に飾るのが苦手だったんだよ。黒くなって、枯れていくのが悲しいらしくて。そんな人間が花を置いていくとは、変わったもんだな。アイリスだと『希望、吉報』に『メッセージ』で、花菖蒲なら『忍耐』とか『熱心』か。博士号を取った人間にはぴったりな花じゃないか」

 かつて、見えない未来に耐え切れず、博子は去っていった。そして、あんなに苦手だった花を買い、人に贈ることをしたのは、その元恋人。
 「人は変われるもんなんだな、鈴木。只野先生は相変わらずみたいだけど」
 名前を呼ばれた後輩は、困ったような顔をし、指導教員に対する愚痴を喋り出す。それを聞く松野は、目を細めずにいられなかったのであった。

(終わり、書き手:仲見満月)

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この作品は、次の短編小説の続編にあたります↓

本作に登場する高木博子、松野修史は、前作と共通する登場人物です。
(高木博子のほうは、直接、名前は出てきませんが)

松野修史に関する詳しいプロフィールは、前作「博士の愛したもの」の終盤にまとめたリンク集をたどって、ご覧いただくと、彼がどんな人物なのか分か分かるかもしれません(只野先生に苦労させられたこと等)。

ほか、本部の「研究室ブログ」では、短編説話を公開しています。よければ、ご覧ください↓

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