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【書評】宇多丸, 高橋 芳朗, DJ YANATAKE, 渡辺志保 - ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門 -

おすすめ度:★★★★☆
読んでほしい層:ヒップホップファン

NHKで 10時間に渡り放送されたラジオを書き起こした書籍。話はヒップホップの創成期~現在に至るまで、時系列に進められる。『日本』『アメリカ』 で起こっていたことを交互に進めていく点もポイントになっている。

まず、私自身はこのラジオの放送そのものは聴いていない。そのためラジオの空気感をどれだけ書籍に落とし込められているのかは判断ができないことは断っておく。

その上で、これだけのボリュームを一気読み可能なページ数にまとめあげたことは称賛に値するのではないか(2-3時間程度で読める)。実際にラジオ放送が10時間だったことからも、書籍化されたことにはこの点で大きな意義があるように感じる。注釈がついていることも書籍化によるアドバンテージだろう。丁寧な注釈はタイトル通り『入門書』であることがしっかりと意識されていることの表れているのではないか。

内容に目を移してみても人選と網羅性はは素晴らしいと思う。まず人選。「ライムスター宇多丸」は日本語ラップ界において「生ける伝説」といってもいいキャリアを持っていると同時に、ラジオやワイドショーのパーソナリティとしても鋭い洞察力とそれを言語化する技術は折り紙つき。その脇を固める専門家たちも非常にバランスが良い。USヒップホップの生き字引といっても差支えない知識を持つ高橋氏。最新トレンドを熟知している渡辺氏、一番現場に近いところで常にリアルを肌で感じてきたヤナタケ氏。彼らの深い経験と知識が談義に奥行きを与えていることは議論の余地がないだろう。

網羅性も素晴らしかった。限られた尺の中で、各年代に起こった重要なトピックを抽出し、エッセンスをまとめ上げる手法は簡単なようで難しかったはずだ。特定の時代を定義する際、どうしても自分の経験や趣味に偏ってしまい、客観的な評価を下すのが難しいからだ。この辺りも、高橋氏から渡辺氏までキャスティングを幅広くもっていることで客観的かつ公正な結論にたどりつけているのだろう。

ひとつ、私自身の例を挙げる。私がヒップホップに出会ったのは2001年頃。本著で2000年代はサウス台頭の時代と紹介されているが、私にとっての2000年代は東海岸と西海岸が中心で、南部のラップはまだまだ遅れていたという印象があった。恐らくだが、こうした認知は当時ストリーミングサービスがなかったことに起因する。高校生であった私は、CDの入手は専らTsutayaのレンタルに依存していた。そうするとどうしても後追いになる。Nellyや後に登場するTIなどはもちろん認識していたし、聴いてはいたが、触れる作品の数は圧倒的に90年代のものが多かった。90年代は東西全盛期なのはいうまでもない。50CentやEminemの大ブームもあり、自身の記憶として2000年代は「東西の時代」と残ってしまっていたのだろう。

こうした個人の記憶や認識を超えて客観的にみて公正な、しかも限られた尺の中にまとめ上げるのは多大なる苦労があったはずだ。それらをまとめあげて放送を成功させ、さらには書籍化にたどり着いたことは日本におけるヒップホップ認知を広める上で非常に価値のあることだと思う。

一点だけ、批判をするとすれば日本語ラップの取り扱い方だろうか。日本語ラップ自体の歴史や作品数がUSと比べると浅く、少ないこともありUSのそれと比べるとインタビューが多かったり、特定のアーティストに偏っていたりと「歴史の教科書」的なニュアンスが弱く感じてしまった。

それでも、この書籍は最近興味を持ちはじめたリスナーにはもってこいの一冊であると同時に、長くヒップホップを聴いてきたリスナーにも新たな発見を与えるだろう。ありそうでなかった、良い入門書に仕上がっていると思う。

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