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村弘氏穂の日経下段 #22 (2017.8.26)

男と女横断歩道の真ん中で落ち合い男の来た方へ歩く

(吹田 エース古賀)


 約束の待ち合わせ場所が横断歩道の真ん中ということは、なかなか考えにくい。そうなると様々なストーリーが浮かんでくる。本来の待ち合わせ場所に先着していたのは男だったということだろうか。果たしてどのくらい待ったのだろう。しびれを切らして帰る途中の横断歩道かもしれない。男はまた同じカフェに戻るのだろうか。メアリと魔女の花の上映時間に間に合うのだろうか。いや、エステの勧誘だったのかもしれない。初句に置かれた短編小説のような「男と女」が横断をして行く先は、読者によって何通りもあるのだ。

ほら壁のへのへのもへじ笑わずにくちづけ出来るくらい酔ってる

(横浜 橘高なつめ)

 言うまでもなく、へのへのもへじの口はへの字だ。仮に、へろへろもへじだとしてもへの字だ。もちろん、べろんべろんもへじだったとしても、への字なのだ。明らかにくちづけをする口のかたちとは程遠い形状といえよう。ここには壁だけが存在していて「私」も「あなた」も書かれていない。笑わずにキスをする二人をあえて描かない点が大人可愛い。もはや障壁は無くなっているのだ。

子羊がひしめき合って夏の雲WI-FIなんか探しちゃいない

(横浜 安西大樹)

 
 羊雲ではなくて子羊たちが成した雲らしい。そして、探しちゃいないWi-Fiの表記は全てが大文字になっている。子羊たちは迷うことなく空で繁々と集ったが、地上には無線によるインターネットの接続なしでは、繋がることが出来ない子どもたちも居ることだろう。アクセスポイントを必死に探しているのは、迷えるスマートフォン世代だ。夏空の下、川原で魚を野原で虫を追いかけている暇なんてないのだろう。

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