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村弘氏穂の日経下段 #21(2017.8.19)

左胸につけているけど本当にそれはあなたの名前でしょうか

(東京 榛 瑞穂)

 現代のネット社会では多くの人がニックネーム、ペンネーム、ハンドルネーム、アカウントネームなど、本名とは別に様々な異名を有している。ブログとツイッターとインスタグラムが、それぞれ違う名前だったりもする。区役所ならほぼ間違いないだろうが、オフ会のイベント会場のスタッフの名札だったらどうだろう。年齢や性別を超越したまま繋がっている世界もあるのだ。自我を見失いがちな人々への警鐘は、同時に自己へも向けられている。時として四句目の「それはあなたの」は「これはわたしの」に置換され得るだろう。形而上学の存在論が成り立たない世界もあるのだ。ポケットに忍ばせた数十種類の名札を頻繁に付け間違いそうになる私の胸を痛烈に打つ作品だった。

特大のプリンを食べて眠くなる でも着信を待っている耳

(東京 汐海 岬)

 口から目、目から耳へと移る描写が、最後に切なくも美しい心を描き出している。満たされて飽和状態の口、睡魔が訪れて閉じようとする目、しかしその顔の左右には訪れず満たされず着信を待つ耳が凛と立っているのだ。シチュエーションの詳細はあえて書かれていないが、一字あけの空間には「独りぼっちの夜の部屋」が、ぽつんと宿っている。特大のプリンは二人で分かち合いながら食べるために用意されていたのかもしれない。

ペットボトルばかり売ってる自販機に描かれた瓶の冷たいコーラ

(東京 小野田 光)

 めまぐるしく変容する街の風景の中に、やはりめまぐるしく変容する夏の飲料水がある。内側に存在しないものが描かれている外側の意味を見失わない眼力が爽快な詩を生んだ。なにより結句の「冷たい」がキーンと効いている。温度などあるはずのない平面に、確かな冷気を見出したのだ。きっとペットボトルではその冷たさを表現しきれない、女性的なフォルムのガラス瓶を滑り落ちる水滴がそこに眩しく描かれているのだろう。その一台の詩に強く目を奪われた作者の額にもまた一筋の汗が煌いている。

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