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村弘氏穂の日経下段 #17(2017.7.22)

お茶漬けがいいと長女が言う時は風邪を引く前幼なき日より

(春日井 斉藤清美)

 おそらくは葱や生姜や梅干しや海苔や祈りを入れた絶品。目一杯の愛情を注いだお茶漬けなのだろう。対象が風邪をひきそうだから、とはあえて言わない、そんな気遣いができる長女であるところもポイントだ。経験と血縁による絶対的な母親の察知能力は、いとも簡単に子を襲う災いの前兆を見抜いてしまうのだ。長女はまだ風邪をひいていない。きっと「母」なるものの神秘の力が、見えないヴェールとなって長女に覆いかぶさって、風邪のウィルスの侵入を防いでくれることだろう。



恋人は生まれた年の名曲をかわりばんこに聞かせてくれる

(高松 大橋春人)

 このかわりばんこは自分の生年と恋人の生年の名曲を交互にということだろう。恋人自らが歌うのだろうか、楽器を弾くのだろうか、それともオリジナルでプレイヤーに組み込んだ楽曲を部屋や車で流してくれているのだろうか。何れにせよここには至福の時が詠われていて、そんな二人の関係性が微笑ましく際立って、不思議と背景に流れている生年の名曲が幸せなラブソングばかりに感じてしまう。



コンビニのあたりめどれが大きいか袋の上から確かめて買う

(山形 うにがわえりも)

 ほとんどのあたりめは中身が見えるような透明のパックに入っているが、たしかにセブンイレブンあたりの良質な北海道産のあたりめは、品質を保持するために外光があたらないアルミパックで包装している。そのサイズを触って確かめることは決して卑しいことなんかない。乾き物だからこそギリギリ許されている行為だ。一見『引きくじのようにぶら下がっているあたりめの中からはずれめをよけて当たりを引くために一つ一つ触って選ぶのは正当な手段なんですよ』という作品だが、咀嚼するたびに日常の消費者心理を言語化したことの妙味と旨みが出てきて味わい深い。



警告のようにフレンチ・トーストを細かく切り刻まれた朝に

(横浜 橘高なつめ)

 きっと作者は丸の内あたりのとびきりお洒落なキャリアウーマンだろう。ニューヨークの朝食の女王サラベスかもしれない。危うい世界を創造しているのは作者自身だ。警告のようなものも内面から発せられるサイン。ここに細かく切り刻まれているのはフレンチ・トーストでもあり、午前中のタイムスケジュールでもあるのだ。目前のそのハイクラスな朝食もハイレベルな仕事も軽やかにこなさなくてはならない。おそらく彼女の日常には、ぼんやりとする余裕など微塵もないのだろう。

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