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美しい時を求めて。原美術館最後の展覧会「光―呼吸 時をすくう5人 」へ。

品川駅から徒歩15分、北品川駅から徒歩10分にある原美術館。歴史あるこの美しき美術館は、2021年1月をもって閉館する。その最後の展覧会「光―呼吸 時をすくう5人」を鑑賞するため、気持ちの良い秋晴れのある日、僕は原美術館に向かった。

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原美術館に来たのはこれが初めてだった。しかしその存在は高校生のときから知っていた。当時、僕は建築家を志望しており、日課は高校の図書室で建築関係の本を読み漁ることだった。そしてどの本にも必ずと言っていいほど登場したのが原美術館だった。

原美術館は1938年に建てられた実業家・原邦造の邸宅をもとに1979年に開館した現代美術専門の美術館だ。設計を手掛けたのは東京国立博物館本館や銀座の和光本館を手掛けた建築家・渡辺仁。白を基調に作られたモダニズム建築である原美術館はその芸術的価値を認められ、国内外問わず高い評価を受けている。

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<原美術館 美術手帖より引用>

そんな原美術館は2021年1月に40年の歴史に幕を下ろす。建物の老朽化とバリアフリーへの対応がデザインの観点から不可能なのが理由だ。展示されている作品は姉妹館である群馬県渋川市の原美術館ARCに移転されることになっている。

木曜日の14時。平日の昼過ぎということもあり人は少ない。事前予約が必要だが平日であればその場で取っても間に合うだろう。

今回訪れた「光―呼吸 時をすくう5人」展では写真撮影が禁止されている。その理由は「原美術館での時間を記録ではなく、皆様の記憶に留めていただけたらと考えてい」るから。(公式サイトより引用)


ではこの展覧会の素晴らしさを、そして原美術館の美しさを、僕自身の言葉で書き記していくことにしよう。

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僕の趣味の一つは美術館巡りだ。大学生活も終わりが近づき、ゆるゆると研究をしながらも時間が有り余る今、美術館に行くことには大きな価値がある。一方でSNSで「美術館に行こう」と発信をすると、いろんな人から「何のために行くんですか」と質問が飛んでくる。

何かをするときに理由がないと納得できないというのは現代人の悲しき性(さが)だと僕は思う。美術館に行く理由なんて、無くてもまったく構わない。「なんかいい」から僕は行くのだ。目の前にある作品の歴史的背景や、表現技法の素晴らしさにそれほど造詣が深いわけではない。しかしそんな「理解できないけど何か魅力を感じるもの」と一対一で向かう時間が「なんかいい」から僕は美術館に行く。

そしてこの原美術館には「理解できない魅力と対峙する」こと以外に、もう一つの大きな魅力がある。それは「美しい時」だ。

受付を済ませ、展示を見に部屋に足を運んだ瞬間、目が作品を捉える前に、耳に音楽が飛び込んできた。ドビュッシーの「月の光」だ。美術館に音楽が流れているのは珍しい。実はこれも展示の一つで、実写映像を忠実にトレースした独自のアニメーションを手がける佐藤雅晴の作品だったのだ。

<佐藤雅晴「東京紀行>
現実世界の動画にアニメーションが
織り交ぜられ不思議な世界観が生まれている。

同じ部屋には、どこにでもあるような日常の風景のようで、それでいてどこか人類が消えた後の地球のような物寂しさを感じさせる城戸保の写真が並べられている。

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<城戸保「影かたち」 美術手帖より引用>

そしてピアノが一台ポツンと置いてある。自動演奏でピアノ奏者の演奏を再現した「月の光」は、アニメーションとは異なるが佐藤雅晴が得意とする「現実のトレース」に他ならない。

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<この空間にピアノが置かれていた 美術手帖より引用>

ピアノが置かれた半円形の空間には西陽が柔らかく差し込み、1日の終わりが近づいていることを告げている。

秋。日差し。空気。ピアノ。アート。白。写真。

間違いなくあの空間には「美しい時」が流れていた。

昨年春に40代半ばでこの世を去った佐藤は、この空間を見て何を思うのだろうか。


そして他にも40年の歴史に幕を下ろす原美術館の最後にふさわしい作品も数多く展示されていた。ポスターにも載っているこの作品は、原美術館の中庭を長時間露光で撮影し、風景の中をペンライトや鏡を持って歩き回ることで光の軌跡をフィルムに定着させたことで生まれた佐藤時啓のアートだ。

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<佐藤時啓「光-呼吸」公式サイトより引用>

中庭だけでなく、作品が実際に展示されている展示室や、廊下、階段、至る所で撮影された写真が並んでいた。タイトルである「光―呼吸」にもあるように、写真の中で光たちが息をしているかのように躍動していた。振り返れば、そこに光が踊っているかのような、そんな気がした。

この原美術館には常設展示として奈良美智の「My Drawing Room」がある。現実離れしたその部屋は「ここ開けていいの?」と聞きたくなるようなひっそりと置かれた扉の向こう側にある。元は浴室だった場所を改修してできたこの部屋は、ついさっきまで奈良美智が絵を描いていたかのような温もりが感じられた。

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<奈良美智「My Drawing Room」美術手帖より引用>

展示されている作品もさることながら、建物の美しさも目を惹くものがある。真っ白な壁、高い天井、大きな窓。言葉にすればありきたりだが、これら全てが古いようで新しい、絶妙なバランスをとって配置されている。いつまでもそこにいたい、そう感じさせる安心感があった。

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<この階段と窓には息をのんだ 美術手帖より引用>

そして原美術館の大きな魅力の一つがカフェだ。中庭に面したそのカフェは、わざわざ入場料を払ってまで利用する人がいるほど人気だ。緑の芝生を見ながらコーヒーを嗜むのもいいだろう。この日は満席で座れなかったが、そのまま中庭に出て、屋外の展示を眺めた。

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<カフェ ダール 公式サイトより引用>

イサム・ノグチ李禹煥の彫刻が置かれた庭は、かつて訪れたデンマークの世界一美しい美術館「ルイジアナ現代美術館」を思い出させた。オーレスン海峡をのぞむ小高い芝生の丘に並べられた彫刻の数々が思い出される。

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2年前に北欧を一人旅した際に訪れたルイジアナ現代美術館

ここは東京・品川区。大都会、東京のど真ん中だ。

しかしこの中庭には、電車が走る音も、車のエンジン音も届かない。

青々と生えた芝生を、爽やかな秋風が駆け抜けていく。

芝生に影を落とす木々が風に揺られ、葉が互いに触れ合い心地よい音を奏でている。

我々を見守るかのように、純白に輝く原美術館が青空を背に、堂々とそびえ立っている。

ここには、たしかに「美しい時」が流れていた。

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<中庭 PANDA Chronicleより引用>

原美術館は1月11日をもって閉館する。そこには慌ただしい生活の中で、いつしか忘れてしまった「美しい時」がある。ぜひその瞬間を、目に、耳に、心に焼き付けに、原美術館に足を運んでみて欲しい。

それでは素敵な1日を。



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