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#52 同窓会

 先日、高校の同窓会があった。
 卒業後、20年ぶりの同窓会だった。
 集まったのはクラス約50人のうち、20人ちょっと。ちいさなイタリア料理店を借り切っての会だった。みんなの顔がわかるかどうかと心配もしたが、どの顔も「ああ、あいつだ」とすぐにわかった。
 みな思ったほど変わってはいなかった。

 里見美奈が姿を現したのは、半数ぐらいがそろって、あちこちで「おお、おまえか」「きゃあ、ひさしぶり」とにぎやかになってきたころだった。
 何人もが「おっ」と声をあげて、彼女に注目した。
 彼女は愛称をミミといった。
 小柄で目のくりっとした人形のような顔で、男子からアイドル的な人気があった。明朗でお茶目な性格で、女子からもマスコット的に親しみを持たれていた。愛称のもとは、姓と名の音の続き方だったが、その響きが彼女にぴったりだったから定着したのだろう。
 同窓会でミミに注目が集まったのは、彼女がまったく歳をとっていないように見えたせいだった。
 高校生そのままだった。

 ほかのクラスメイトがいくら変わっていないといっても、歳相応には見える。
 ミミはそうではなかった。もともとそのかわいらしい顔のせいで幼く見られがちな子だったが、そういうことでもなかった。
 文字通り、歳をとっていなかった。
 そのことを、ミミは恥ずかしがり、苦痛に感じているようだった。周囲のクラスメイトは、どう接していいのか戸惑った。
 が、乾杯がすんでアルコールがまわりはじめると、そのことを話題にせずにはいられなくなった。
「なぜだか知らないけど、歳をとらないの」
 ミミは言った。
 高校のときのまま、成長も加齢も止まってしまった。免許を取ったり、就職したり、それから恋をしたりするのに、年齢を信じてもらえず、ずいぶん悲しい思いをすることがあるという。

 会はしだいに打ち解け、盛りあがっていった。
 はじめは、呼び捨てで呼んでいいものか、既婚の女子を旧姓で呼んでいいものかと、たがいにためらうところがあった。しかし、それも自然にすべて高校時代の流儀にもどり、会場はむかしの教室のような雰囲気になっていった。
 会が終わりに近づいたころ、それまでなぜか心底楽しむことができないという顔をしていた鈴木文男が、妙なことを言いだした。
 ミミが歳をとらないのは、自分のせいではないか、というのだった。
 鈴木は気の弱い引っ込み思案の男で、クラスでも目立たない存在だった。それが、歳をとってほんのすこしずうずうしくなったのと、アルコールが入ったのとで、ついぽろりと白状してしまった。高校時代からミミのことを好きだったことを。卒業してからもずっと、今日にいたるまでミミのことを忘れられずにいたことを。
「ぼくのなかで、ミミはずっと高校生のままだったんだ」
 鈴木は言った。
 自分の想いのせいでミミは歳をとらないんじゃないか……。

 級友たちにむりやり腕を引っ張られて、鈴木はミミのところへ連れていかれるはめになった。困るよ、やめてくれよと抵抗をしつつ、しかしとうとうミミのまえに立たされた鈴木は、あいかわらずの気弱さで頬を真っ赤にしながら、高校以来の胸のうちをミミに告白した。
「ずっときみのことばかり考えていた。20年ものあいだ、毎日」
「ありがとう」ミミは言った。「わたしもなんだか、ずっとだれかに想われているような気がしていたの。歳をとらないのも、そのせいだと感じてた。鈴木くん、あなただったのね。もし、これで、わたしのこの苦しみが終わったら、王子様にキスされた眠り姫みたいね」
 きょうはそんなことが起こりそうな気がして、すこしばかり期待もしながら出席したのだ、とミミは言った。
 なんだか、ふたりはいい雰囲気だった。

 イタリア料理店での会はお開きとなり、鈴木とミミはふたりでどこかへ消え、半数ぐらいが二次会に流れた。
 話題はいきおい年齢の話になっていた。
 最近、無理が利かなくなったよ。徹夜をすると辛くてね。目尻の皺が増えちゃったの。あら、でも、オバサンなんて自分で言うからオバサンになっちゃうのよ。わたしは絶対自分のことオバサンなんて言わないわ。そうさ、年齢なんて気持ちの問題だからね。きょうなんか、みんな知らないうちに若返っちゃって……。
 やがてだれかが、全員の顔を見回しながら言った。
「みんな、いまだけ、ミミになってる」
(了)

芸生新聞1997年2月24日号

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