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#44 ジャンケン
古い友人の沢村敬治と久しぶりに会って、二人で酒を飲んでいるときだった。沢村が不意に言いはじめた。
「ちょっとジャンケンをしないか」
「なんだって?」
「ジャンケン」
と沢村は手をグーの形にして構えた。
「ジャンケンポン!」
声をそろえて、手を振った。チョキを出して、私が勝った。
「もう一度」
と沢村が言った。
五回ジャンケンをして、五回連続で私が勝った。沢村はなさけない顔になって、ふうと息を吐いた。
「なんでジャンケンをしたんだ」
私は訊いた。
「悩みを聞いてくれるかよ」
沢村は言った。
「いいよ。聞いてやるよ」
「実はいまのが悩みなんだ。ジャンケンで勝ったことがない」
ものごころついて以来、一度としてジャンケンに勝ったことがないのだ、と沢村は言った。
「一度も?」
「一度もだよ」
「アイコになったことは?」
「それもない。かならず負ける」
もう一度試してみた。5回やって、5回とも沢村が負けた。おもしろくなって、もう5回試した。同じ結果だった。
ときおり思い出してはジャンケンをしながら、その夜は遅くまで飲んだ。沢村は負けつづけた。
それから数日して、突然、私は沢村の凄さに気づいた。
必ず負けるのは、必ず勝つのとまったく同様に凄いことではないか。
私は知人を介して、沢村をテレビ番組に売りこんでみた。おもしろ半分ではあったけれども、沢村を元気づけてやろうという気持ちもあった。
テレビの制作会社から反応があって、沢村はヴァラエティ番組に引っぱりだされた。奇人変人を紹介する短時間のコーナーで、みごとにジャンケンに負けつづけてみせた。
それをきっかけに、他局の似たような番組のいくつかに、沢村は出演した。そのうちの一つではけっこうな額の賞金を獲得したりした。話題になり、雑誌などからの取材も受けるようになった。
彼がいかにしてジャンケンに負けつづけるのか、その秘密を探るというような企画番組までつくられた。
「予知能力か読心能力が彼にはあって、相手の出すものがわかるのでしょう」
実験を担当した超能力研究家と称する人が、もっともらしくそんなことを言った。彼はいまや超能力タレントだった。
が、その種のタレントの消長は速い。半年もするとあきられて、沢村がテレビに出る機会はぱったりなくなってしまった。
「やっぱり負けるのじゃ恰好がつかないんだよな。勝つのなら、恰好もつくし、役にも立つんだけど」
久しぶりに会った沢村は、あいかわらずなさけない調子で言った。
「まあ、いいじゃないか」私はなぐさめた。「短い間でも世間の注目を集めたんだから」
「しかし、それはそれだけのことだよ。これから一生、おれはジャンケンに負けつづけるんだ。憂鬱になる。実際に損をすることもあるし、ジャンケンで何か決めようとなったときには、何の希望も持てないんだ」
「予知能力とか読心能力があるなら、勝つ方を出すように努力してみたらどうだ」
「それがだめなんだ。別に頭のなかに相手の出すものが浮かぶわけじゃない。ただ手が動くだけだから。何か希望が持てるようになる方法はないかな」
「一つあるよ」
と私は言った。
「ジャンケンのルールを変えればいいんだ。パーがチョキに勝つ。チョキがグーに勝つ。そういうルールにすれば、おまえはいつでもジャンケンに勝てるわけだ」
「それならいいんだがなあ」
沢村は浮かない声で応えた。
「ちょっとやってみようじゃないか」私は提案した。「いまここだけのルールで、パーがチョキに勝つということにして」
沢村は気乗り薄に応じた。
声をそろえて手を振り、私はパーを出した。沢村はチョキを出した。
「超能力とかそんなんじゃないんだよ」沢村は溜息をついた。「ただ、負けつづける男なんだ、おれは」
(了)
芸生新聞1998年5月25日号
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