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スキャモンを探す旅②〜スキャモンの正体に迫る〜

1.ゴールデンエイジ理論の根拠とされたスキャモンの発育・発達曲線

イギリスの古書店から手に入れた
『The Measurement of  Man』はスキャモンの発育・発達曲線の原典でした。

出版年は1930年とあり、今から90年前に出版された本で、
出版元は“The University of Minnesota Press"となっていました。

育成年代のスポーツ理論として、ゴールデンエイジ理論が隆盛を極めていた当時、
その理論の根拠として、頻繁にスキャモンの発育・発達曲線が引用されていました。

当時、ゴールデンエイジ理論を語る際によく言われていた、

10歳(ぐらい)を過ぎたら、巧緻性などの神経系の運動を習得するのもう遅い。

という言説に、私は全く納得がいっていませんでした。

なぜなら、私はゴールデンエイジを過ぎた子供たちに、授業や部活動を通して巧緻性や神経系の運動を習得させなければならない立場の人間だったからです。

もし、

10歳(ぐらい)を過ぎたら、巧緻性などの神経系の運動を習得するのもう遅い。

ということが真実であれば、私がやっていることは何なのか?
持久力だけを鍛えれば良いのか?
筋力を鍛える準備だけさせれば良いのか?

しかし、私の目の前には
今までドリブルをついたこともなかった子が上達していく姿、
シュートの打ち方すら知らなっかた子が、3ポイントを決める姿がありました。

たった3年間のバスケットボールの指導ですが、
小学校時代に体育以外でバスケットボールを経験したことがなかった子たちも
器用に自分の身体やボールを扱えるようになる姿を何度も目にしてきました。

と同時に、なかなか習得の進まない子がいたのも事実です。
そんな時、「この子にドリブル上達させるのは、もうゴールデンエイジを過ぎてるから無理だな…。」という悪魔の声が聞こえてくるのです。

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そんな時、私は一指導者として、
「これでいいのか?」と自問自答していました。

10歳(ぐらい)を過ぎたら、巧緻性などの神経系の運動を習得するのもう遅い。

この理論は本当か?
そして、その根拠となるスキャモンの発育・発達曲線とは何なのか?

これが、私が青い珍獣スキャモンの正体を追い求める源泉でした。

2.『The Measurement of  Man』を読む

青い珍獣の眠る原典『The Measurement of  Man』は、1930年に出版された、215ページのハードカバーの書籍です。この本は、数学的視点、つまり測定を通して人間を理解しようとの試みによって書かれたようです。

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全体は4つの章から成り立っており、それぞれを異なる分野の学者(植物学者・解剖学者×2名・心理学者)が執筆するスタイルをとっています。

第1章「The Measurement of  Man in the mass」(大集団の身体計測)
第2章「Normal and Abnormal Human Types」(通常と通常でない人間の類型)
第3章「Personality and Physique」(人格と体格)
第4章「The Measurement of  The Body in Childhood」(小児期の身体測定)

スキャモンが執筆したのは第4章のみで、この章にあのスキャモンの発育・発達曲線のグラフが載っています。

この章の目的は、

It is the purpose of this account to present a short summary of one phase of the measurement of mankind. This is the measurement of the body during its growing period-when the infant becomes a child and the child moves to man's estate.
               『The Measurement of  Man』p.173より引用

“この報告書の目的は、ある特定の時期における身体の計測についての短い要約を提示することにある。これは成長期(幼児が子供に成長し、子供が成人へと変化する時期)における身体の計測についての報告書である。” (引用者訳)

とされています。
スキャモンは0歳から20歳までの人間の成長を、測定を通して研究し、
この「The Measurement of  The Body in Childhood」の中で報告したのです。

そして、スキャモンは

Perhaps the simplest approach to the description of the growth of the body as a whole is through a consideration of the increments in what may be termed its general measurements.
               『The Measurement of  Man』p.175より引用

”身体全体の成長を詳しく説明するための、おそらく最も簡単な方法は、一般的な身体の寸法と呼ばれるものについて、その増加量を考察することである。” (引用者訳)

と述べています。
スキャモンの発育・発達曲線を理解する際、
これは非常に重要なワードだと思います。

後ほどわかるのですが、あのグラフにおいて%で表されていたもの、
それは、体重や身長などの増加率だったのです。

そして、スキャモンは人体を様々な角度から計測したデータを集め、
その傾向をグラフとして可視化していきます。

3.一般型とは

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さて、スキャモンは研究を進めるにあたって、
フランスの生物学者によって測定された、
男子(1758年生まれ、1777年に18歳になるまで)の身長の計測記録をもとに、まず研究を進めて行きました。

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18世紀のフランス人少年の成長(身長の伸び)を表したグラフ
出典:『The Measurement of  Man』 p .176  Fig.60

そこから、身長の伸び方が
生まれてから3歳までの間に急激に伸びること(初期)
3歳から12〜3歳までは緩やかだけれども確実に伸びること(中期)
およそ12歳〜15歳の間に急激に伸びること(加速期)
その後、ゆっくりとした増加を示すこと(終末期)
の4期に分けることができるとしました。

その後、スキャモンは
座高、身体の表面積、体重など、様々な身体の測定のデータを提示します。
そして、それらが身長と同じような増加傾向を示すことを明らかにしました。

ここでスキャモンは

These structures are of diverse magnitudes, and they have been equated to a common standard in this chart by computing their weights at various years, not in absolute units but in per cents of their total gain in weight between birth and early maturity (twenty years).
               『The Measurement of  Man』p.185より引用

“これらの組織は異なった大きさがあり、この図では、誕生から成熟(20年)までの間の体重増加の総量を絶対的な単位ではなく、パーセンテージで計算することで、様々な年の体重を共通の基準として等しく扱っている。” (引用者訳)

と述べています。

スキャモンは身長(㎝)、表面積(㎠)、体重(kg)といった、
異なる単位の計測結果を増加量ではなく、増加率でグラフ化することによって
共通の傾向を見つけたわけです。

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出生後の身体全体の体重と特定の主要臓器の増加率を示す曲線=一般型
左上が体重 上真ん中が脾臓の重量 右上が腎臓の重量
左下が心臓の外郭 下真ん中が膵臓の重量 右下が肝臓の重量
出典:『The Measurement of  Man』 p .186  Fig.68

そして、スキャモンは頭と首の寸法を除く、すべての外部線形寸法、呼吸器系の寸法、および他の多くの内臓の重量、全体としての筋肉系、全体としての骨格などが、身長の出生後の増加率と同じ傾向にあることに着目し、このような増加傾向をたどる器官を合わせて、一般型と名付けました。

4.神経型とは

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しかし、ここからスキャモンは一般型のグラフに属さない臓器があることにも言及します。

Although the general type of growth is common to most parts of the body, there are other modes of postnatal increment which are followed by a number of important organs. Among these is the type characteristic of the brain and related structures.
               『The Measurement of  Man』p.185より引用
“一般型は、体の大部分に共通しているが、いくつかの重要な器官についての出生後の増加率は、他の形を示しているものがある。その中の一つに、脳に関連する器官の類型がある。” (引用者訳)

このように、スキャモンは脳に関連する器官は一般型と違う増加率を示すとして、
①脳全体の重量(6540件)
②小脳の重量(989件)
③脳橋と延髄(994件)
④眼球の重量(58件)
⑤頭囲(「ランケのデータより」と記載され件数なし)
⑥松果体(77件)
という、脳に関する器官の増加量についてそれぞれのグラフを紹介しています。

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出生後の神経系に関わる主要器官の増加率のグラフ
左上が脳全体の重量 右上が小脳の重量
中央左が脳橋と延髄の重量 中央右が眼球の重量
左下が頭囲の長さ 右下が松果体の重量
出典:『The Measurement of  Man』 p .188  Fig.69

5.スキャモンの正体に迫る

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ここまで来て、私はある重大なことに気がつきました。

それは、
スキャモンのグラフは、重さや長さ、面積といった計量可能なものを計測し、
その増加率を20歳の時点を100%として表したものであるということです。

つまり、スキャモンの発育・発達曲線と私が信じていたものは、

成長(量的増加)曲線であり発達(機能的成熟)曲線ではなかった のです。

私にとってこのことは、スキャモンの正体に迫る大きな発見でした。

「脳や神経系の成長は10歳ごろまでには、ほぼ100%になる」というのは
「脳や神経系の重さや大きさは10歳ごろまでに、ほぼ成人と同じになる」という意味であり、「脳や神経系の機能は10歳ごろまでに、ほぼ完成する。」というわけではないのです。

当然ですが、スキャモンは『The Measurement of  Man』の中で、
神経系のグラフを読み取り「10歳までに神経系のトレーニングをすべきだ」
といった論を展開することは一切行っていません。

彼は、ただ単純に人体及び各器官を
計測し、グラフ化し、分類したまでです。

日々の業務や部活指導の
スキマ時間を使いながらで、中々前に進まない旅でしたが、
ついに青い珍獣は、私に正体を見せはじめました。

次回は最終章『スキャモンを探す旅③ ーさらばスキャモンー』です。

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