お盆と終戦の重なる日
台風ですね。
お盆ですね。
そして今年も、終戦の日を迎えます。
日本ではちょうど8月中旬(13〜15日頃)が古くからお盆の期間とされていて、奇しくも8月15日が終戦の日となっています。
どちらも死者を悼む日であり、同じ時期に重なっているのが、偶然とも思えないような、不思議な気持ちになります。
「お盆」の由来
「お盆」という言葉はもともと、仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」に由来します。
釈尊の十大弟子の一人・目連尊者が神通力で亡き母親を探したところ、餓鬼地獄に堕ちていることを知ります。
目連尊者が母親を救うためにはどうしたら良いか、と釈尊に伺ったところ、「母親だけでなく、同じ苦しみを持つすべての人を救うように」と説かれ、人々を供養する行事を行ったところから、「お盆」は始まっているそうです。
「お盆」の歴史
日本では推古天皇の在位時(606年)、はじめてのお盆行事が行われたと言われています。
ちょうど聖徳太子が仏教を本格的に日本に根づかせようとされていた時代ですね。
お盆は、実に1400年以上もの歴史ある風習なのです。
お盆の行事が一般庶民に広がったのは江戸時代。
それ以前は武家、貴族、僧侶、宮廷など上流階級の行事でした。
江戸時代には、庶民の間にも仏壇やお盆行事、ローソクが普及し、お盆期間中は、奉公人が実家に帰るのを許される時期となりました。
日本各地で行われるお盆行事では、各地の風習・宗派によってやや異なりますが、一般的にはご先祖をご自宅にお迎えして御供養する夏の風習となっています。
お盆の期間は、先祖の霊が還ってくると考えられています。
終戦の日
今から78年前の8月15日。
日本は第二次世界大戦において、ポツダム宣言(日本軍の無条件降伏)を受託し、降伏しました。
その前の8月6日には広島に原爆が落とされ、8月9日には長崎にも原爆が落とされるという重大な事態が起き、決断の時が迫られていました。
8月15日は、正午からラジオで放送された玉音放送により、国民にポツダム宣言の受託および降伏が公表された日。
それ以降、毎年8月15日は戦争で亡くなった人々を悼む日となっています。
8月15日に思うこと
8月15日は、日本の未来のために戦い、散っていった人々を悼む日でもあると思います。
あの戦争が間違っていたとか、沖縄戦で酷い目に遭ったとか、原爆で国民を無駄死にさせたとか、色々な意見はあると思うけれど。
戦艦大和。
道半ばで沈んでしまったけれど、片道燃料しか積まずに、沖縄を助けに行こうとした方々がいたということ。
ペリリュー島の戦い。
自分達に勝ち目がなくとも、一日でも長く持ち堪える事で、本土決戦を少しでも遅らせようと71日間も奮戦した中川州男中将のような方がいたこと。
硫黄島の戦い。
アメリカ人にすら、「アメリカ人が戦争で直面した最も手ごわい敵の1人」と言わしめた栗林忠道中将のような方がいたこと。
少なくともこのような方々の捨身の戦いにより、今の私達がいるのは事実で、そこに「愛がなかった」とは思えません。
国民を愛していたからこそ戦えたのだろうし、顔も見たことのない、未来の私達のために戦って下さったこと。
これらの努力は決して忘れるべきではないし、たとえ血が繋がってなかったとしても、お盆のご先祖さまに思いを向けるくらいには、感謝の思いを向けて然るべきだと思っています。
余談ですが私の義祖父は97才の元軍人。
出陣の直前で終戦となり、幸いにして戦死することはありませんでした。
それでも、
「あの時は生きていくのに必死だった。」
「人は死ぬまで向上心を持っていなくては」
と今でも国際情勢の勉強を怠りません。
あの時代の方達には、その世代にしか分からない大変な重圧があったことと思います。
私達もその背中を学びながら、少しでもより良い未来を創っていくために、努力精進していきたいものです。
8月15日だからこそ、思いを馳せたいお盆のこと、生命のこと、国のことを書かせていただきました。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
※「原爆の日に思うこと。」も併せてご覧いただければ幸いです↓↓
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