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1984の生き様

久しぶりの投稿。少し間が空いた。。。その間、ひたすら考えるか電話してるかパソコン打ってるか。

今、ゼロ百のミッションに取り組んでいる。マジでゼロイチの100倍、、、笑

10通りのレールを用意し、そのレールそれぞれの10手先を用意し、その中から選択しながら、時に戻りながら選択し直す作業をひたすら繰り返し、一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。だから100倍笑笑

この域で取り組んでいる瞬間にだけ見えてくるものがいつもある。何か大きな学びがあるのはいつもこんな時。

特に、いや、本物の人生の先輩から学ぶことはこういう時しかない。

100倍をこなしながら、それプラス周りのメンバーとこのミッションの先に関わるヒトビトを全てを思いやる余裕。そしてなによりその余裕のフェーズに身を置くことに徹しながら自分一人にしか出来ない仕事をこっそりとやっているシタタカサともいうべき強さ。これはもう培ってこられた人としての強さとしか言いようがない。これが生き様だろう。つくづくこーゆうヒトが世の中にいたんだなぁと感心する。

それを学ぶ為に僕はこのミッションに参加させてもらっているのだと思う。多分、人生において一生モノの貴重な体験。

人は全ての思考とマス文化を『視て』ベストな選択肢を叩き出し、それを自分の意見として述べる。『流されず』に『視て』それが出来るだけでも勿論最低限レベルの上はいってるんだろうけども、そういうフェーズじゃないんだよなぁ。僕が学んでいるのは。。。

そういう調和とか背負うとか本当の意味で鬼になる、とか、そんなんを全部合わせ持って流し切れるそんな感じ。受け流しじゃなく、自然に流れるからなるように流す。みたいな。(意味分かる人すごいでしょうね笑。自分で書いててもわけわからんと思います笑笑。だってこのブログ書いてる時は基本呑んでる時なんです笑笑笑)

ともかく、だからといってその人にこびるつもりも無くて、、、自分にしか出来ない、その人には見えてないものもあるわけで。それを繋ぐというか、否定して新しいものを生み出すのが僕の役割なんだけど、、、結局未来のフェーズに繋ぐっていうか。それが1984年生まれである僕の天命なんだと思う。過去と未来を結ということ。

否定したか生み出したかはどうでもよくて、どう繋げるか、私が御仁の年齢になった時どんな答えを出すか、少なくとも今の御仁に引けを取らない生き様だけは率先したいと思ふ。

私が同じことを率先して死んだとしても御仁は天国で受け入れてもらえないだろうな、、、やっぱり後で生まれた分、御仁がビックリ口開けることしないとな、、、と、思う今日この頃、、、。







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