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パラリンピックへの道 英会話編

ウィルチェアーラグビーの表彰式を、観客席の正面から眺めていました。「congratulations!」金メダルをとったイギリス関係者に声をかけると、満面の笑みで手を振り返してくれました。

東京2020メディカルスタッフに臨むにあたり、2017年頃から選考の準備が始まりました。たくさんの研修や試験が組まれましたが、その中で再三言われていたのが、海外アスリート対応時の英会話能力でした。

大学受験が終わってからまともに英語に触れてきた記憶はありません。それでもどうしても東京2020に参加したかった私は、「日常会話レベルはできます」と常に答えていました。軽く勉強はしたものの「翻訳機も発達しているし、どうにかなるだろう」と都合よく考え、時間は過ぎていきました。

2019年9月に最終面接と共に英会話のテストが行われることになりました。1分程度の自己紹介であるとの噂を聞き、胸なでおろしましたが、特に発音に不安を感じ、慌てて準備を始めました。

その当時、子供たちのために英会話を教えに来てくれている、ロッドというナイスガイがいました。彼の母国スコットランドは、ラグビー日本代表の宿敵であり、彼とはよくラグビーの話しをしていました。その彼に自己紹介の練習を頼み込みました。

「パパ ゼンゼン ダメ」

ロッドの発したこの言葉は、私の発音や文法に対するものではありません。彼は私の話そうとする内容そのものがダメだと言いました。

「簡単な経歴と、オリンピックに行く事が夢であったことを、発音も含めて上手く伝えたいんだけど」

「ソンナ オリンピック イキタイ ミンナノユメ」

「モット パッション ダシテ!」

「あれ?なんで?」と思いましたが、彼の真剣な顔を見て、オリンピックを目指す自分に、大きな期待をしている様子が伺えました。そして、彼の熱い想いに乗ってみることにしました。彼はメールでアドバイスをくれ、私のためだけに家に来てくれました。

そうして以下の文章が出来上がりました。

I have been a PT for 7 years, specializing in elderly care. I chose this profession after being inspired by the story of a PT who had participated in the Paralympic Games.

Sports are a big part of my life.  l played rugby and American football until I was 30.  My father was also involved in sports, and now are my three sons. I want to see sports continue to be an important part of people's lives.

Many people from all over the world will visit Tokyo in 2020.  I believe that the success of the Olympic & Paralympic Games will lead to a better future for Japan, including sports and my own family.  I would like to use my expertise and love of sports to help this happen. 

私は7年間PTを務めており、高齢者を専門としています。 パラリンピックに出場したPTの話に触発されて、この職業を選びました。

スポーツは私の人生の大きな部分を占めています。 私は30歳になるまでラグビーとアメリカンフットボールをしていました。父もスポーツに関わっていましたし、現在は3人の息子も関わっています。 スポーツが人々の生活の重要な一部であり続けることを望んでいます。

2020年には世界中から多くの人が東京を訪れます。オリンピック・パラリンピックの成功は、スポーツや家族を含め、日本のより良い未来につながると信じています。 私の専門知識とスポーツへの愛情を活かして、これを実現したいと思います。


ロッドが特に強調したがったのは、親子3世代と日本の未来についてでした。内容は全て事実ではありますが、自分1人でこの内容を引き出すことはできませんでした。

「素晴らしい自己紹介ができた。テストでは、ゆっくりでもわかりやすく伝えよう。」そう思い、何度も確認しました。しかし、私の甘い考えは通用しませんでした。

「What did you do yesterday?」

面接官からの想定外の質問に、頭が真っ白になり、昨日の出来事が全く思い浮かばず、15秒くらい沈黙していました。なんとか英単語を絞り出し、面接官のなんとも言えない表情を見ながら「終わった」と落ち込みました。

どういう選考であったのかは分かりませんが、11月の終わりに合格通知が届きました。英会話はダメダメでしたが、面接ではロッドと準備した内容を織り交ぜながら、かなり熱く語ったことが良かったのではないかと思います。英会話以上の教えをくれた彼には感謝しかありません。

その後、コロナウイルスの猛威により、東京五輪の1年延期が決まり、ロッドもスコットランドに戻りました。私は1年の延期を好機ととらえ、オンラインを利用して週に3〜5回英会話の練習を続けました。緊迫した試合中のアクシデントを想定しながら、必要な単語や言い回しの確認も行いました。

2021年8月25日、ついにパラリンピックウィルチェアーラグビー試合会場にてメディカルサポート業務が始まりました。屈強な外国人アスリートが、車イスで私の前を何度も通り過ぎましたが、幸いにも、私達が英会話を用いて活躍するような大きなケガやアクシデントはありませんでした。

「どうにか英語で爪あとを残したい」と思っていたときに、目の前を金メダル国の関係者が通過しました。 

「congratulations !」

約2年におよぶ英会話学習の成果は、結局中学生レベルの単語のみでした。たくさんの準備をしただけに、物足りなさはありましたが、「価値のあるコミュニケーションであった」ということにしたいと思います。

13年越しの私の夢は終わりました。
「挑戦の終わりは新たな挑戦の始まり」「立ち止まったら終わり」最近読んだ本の受け売りです。
今回の夢の挑戦を、もう少し振り返りながら、新たな挑戦を探していきたいと思います。

nakaba ueno
上野 央


オンライン英会話学習は試合会場での対応を想定して、毎回違う先生を選びましたが、同じような自己紹介をするために
「レストランマネージャーからPTになって、オリンピックサポートするのはあなただったか。あなたのバックグラウンドは面白いから私達の間で有名だ」
とフィリピンの先生たちから言われるようになってしまいました。英会話の勉強はこれからも続けたいと思います。

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