亡き父の思い出が生まれた〜柿の剪定〜
12月に入り、庭や畑に植えてある木々の剪定を始めた。
木々が体を休めている時期だから、来年のために伸び切った枝を切ってあげる。「今年も美味しい実をつけてくれてありがとう。来年も大きな実をつけてね。しばらく体を休ませて、また元気に成長してね。」という思いで枝を選び、痛くないようにそっと切っていった。
いちじくの木の剪定を終え、柿の木の剪定をしていたときだった。
歩道を歩いている何人もの方が梯子の上にいる私を見上げる。
ある高齢の方が立ち止まって、見上げながら話しかけてきた。
「今年はよく実りましたね。ここを歩きながら、いつも見上げてましたよ」
「来年も実ってくれるといいのですが」
梯子の上から声を返した。
「私はあなたのお父さんから、いろいろなことを教わりましたよ」
驚いた。知り合いとは思わず、話していた方は、父の知り合いだった。
「あなたのお父さんはね、あなたが今、切っている柿の木の剪定の仕方も詳しく教えてくれてね。私の家の柿の木も毎年、大きな実がなるのはお父さんのおかげですよ。それは私だけではないですよ。みんなあなたのお父さんからいろいろ教わってますよ」
私は父に柿の木の剪定を教わったことがなかった。教わろうともして私が家にいることが少なかったからかもしれない。戻すことができない大切な時間だった。
父が亡くなってもうすぐ10年、この柿の木も毎年父が剪定をして育てていた木。
声をかけてくださった方のおかげで亡き父の思い出が一つ生まれた。
私の知らないところで父はいろいろな方と繋がっていたのだ。青空を見上げながら作業着を着ていた父の姿を思い出す。