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[短編小説] SQLが書ける少女

「わたし、SQLが書けるの」と彼女は言った。

僕はパスタをゆでていた手を少し止めて、彼女の方を向いた。わざわざそうしたのは、彼女の口から「SQL」という言葉が出たのが意外だったからだ。

昼はコーヒーとクッキーだけだったので、彼女も僕も、お腹を空かせていた。

大先生は、相変わらず、ソファーで気持ちよさそうに眠っている。大先生というのは、彼女が飼っている、年老いた猫のことだ。大先生は、夜8時を過ぎると、頻繁にあくびをする。夜行性ではないのかもしれない。

「私はSQLに救われたの」と彼女は言った。

彼女が以前勤めていた会社では、ある時期から仕事が取れなくなり、Excel要員が3人もクビになった。彼女もクビ候補だったが、唯一、彼女だけがSQLを書くことができたのだ。

「SQLが書けると言ってもね、どれくらい書けるかは人それぞれ。ピアノが弾けると言っても、プロ並みとは限らないでしょ」と彼女は言った。

そういうからには、彼女はSQLが相当書けるということなのだろう。

「あなたは、どうなの?SQL」

「そうねえ。想像もつかないな」と僕は答えた。そろそろ、オリーブオイルで、パスタを仕上げるタイミングだ。味付けに集中しなくては。

「どういうこと?想像もつかないって?」彼女が尋ねた。

「SQLが何なのか、どういうものかのか、想像つかないってこと。まあ、おおかた、プログラミングみたいなものなんだろうけど」僕は答えた。僕の人生の中には、SQLはまだ登場していない。数ある、得体のしれない、アルファベット3文字シリーズの一つにしか過ぎない。BBQみないな、親近感のある言葉とはまるで違う。

「そろそろ、ワインを開けようかというタイミングでSQLの話はつまらないわね」と彼女は言った。

「おっしゃる通り」と僕は答えた。

「でも、このワインが買えたのも、SQLのおかげだってことは忘れないでね」と彼女は言った。

きっと、大先生の高級なマグロの食事も、SQLのお蔭なのだろう。

(了)

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