1話

家族が寝静まるくらいに夜が更けたなら
部屋の壁に当たる光の輝きを眺めていた

理由は様々だけれど、どうにもやり切れなくて。どこか別の世界に行けたらいいのに。なんて思っていた。不満も不安もいっちょ前にあったけど解消するすべを持たなくて。希望的観測を積み重ねたような論理は殆ど占いのようでもあった。反抗期だからねと一括りにされては溜まらない。あなたは恵まれている。と言われても敵わない。永久に走り続ける事なんて出来ないと頭では分かっていても無限の考察の果てに深夜、頭上から地に落ちるのだ。


郊外の駅から徒歩でなんとか歩いていける程度の距離に立てられた14階建ての分譲マンションの5階、ファミリー向けの3LDKの共用廊下に向かい合うように僕の部屋はあって。日が暮れると階下からの照明が僕の部屋に斜めに差し込んできた。遮るものがたまたま配置されていなくて、それは直接壁に当たった。まるでドラえもんの通り抜けフープなようだった。その光の輪を眺めながら僕は魔法世界の事を思った。タイムスリップした過去の事を思った。つまり「ここじゃないどこかへ」を具体的に想像した。


そのままベッドに座り込んで光を眺めながら朝を待ちたかったけれど、地元の公立ではなく、少し離れたところにある学校に通っていたので、そこそこの通学時間が掛かる。つまり朝が早い。それでもまあ、教室に入ってから眠たければ眠れば良い。睡眠欲よりも今を逃してしまったなら明日はもう映らないような気がして、ゆらりと伸びた深くて淡い夜の時間の中を僕は泳いだ。


均一に光量は提供されているはずなのに、たまにその中で影が揺らいだりもした。少し強くなったと思ったら突然薄く弱々しくもなった。そこに誰かが通りかかっただけかもしれないけれど、それは何かの暗示のように考えた。安定して供給されるものなどないのだ。断定した方が良いような気がした。「決して」「間違いなく」というような言葉を選んで脳内で連射した。もしかしたら月の満ち欠けも関係しているのかもしれない。上下から幻想世界に挟み込まれていたと考えたなら素敵な物語が始まる可能性が高くなる気がした。


光を眺めていたら考え事をしたくなった。それは好きな女の子の事でも良かったし、友人との予定でも良かった。どうも歯車が噛み合わない家族との事を考えて、ぼんやりと宇宙の事を考えたりもした。使える魔法は当たり前に一種類もなかったけれど、逆に無限大の可能性を秘めているような、ただ今は知らないだけのような気もした。


結局は集中力が足りないので座っているのにも飽きた。それが5分だったのか数時間だったのかは分からないけれど、夜はまだ深かった。壁をすり抜けるには修練が足らないのだと、レベル上げに向かうような気持ちで部屋のドアを開けて忍び足で廊下を抜けてそっと鍵を開けて共用廊下へと出た。幸い僕の部屋は最も玄関から近かったし、他の家族の居住空間の横をすり抜ける必要がなかったからその行為自体は比較的簡単に出来た。

ドア一枚を隔てただけなのに、その先で物語が始まるような気がした。これこそが現実なのだ。旧世代のロールプレイングゲームで言うなら物語の冒頭、最初の街で目を覚ましたようなものだ。無限の冒険が広がり、そこで僕は必要としているものを掴めると思えた。共用廊下を数十歩歩けばエレベーターがある。1階へのボタンを押してエントランスに出れば、そこはもう外の世界だ。装備品は何もなくても近い将来手に入るだろう。財布すら持っていなくても構わない。モンスターを倒せば良いだけだ。

朝が来るなんて遥か彼方の事のように思えた

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