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vol.12 リリィシュシュと床屋の話

映画「リリィシュシュのすべて」のネタバレを含んだ文章になっております。

また、今回に限って、
過激な内容を含んだ文章になっています。
苦手な方は"閉じる"を押してください。すみません。
不快にさせてしまう様でしたら、すぐに削除致します。
予めご了承ください。

子供の頃、床屋に行く時間がとても嫌いだった。
(髪を切って、変な髪型になったら嫌だなあ。失敗したらどうしよう。)とか、
そういう事を想像してしまって、とても憂鬱だったのを覚えている。
髪の毛が段々と伸びていくと、「もうすぐ床屋に行かなくちゃいけないんだ。」と思って、ブルーな気持ちになる。
髪を切られる時間は、もう世界の終わりのような気持ちだった。
なんで皆平然とした気持ちで床屋に行けるんだろう。
と本気で疑問だった。

思春期特有の憂鬱な気分というのは、私限らず、皆に平等に必ず訪れるものなのだろうか。

そんな思春期をある程度脱した高校三年生の頃、
「リリィシュシュのすべて」という映画を観た。
2001年公開。岩井俊二監督作品。

映画の内容は、とある地方都市で過ごす中学生たちが"万引き"や"いじめ"に興じてそれぞれの人たちの
鬱屈とした感情を一人の少年の目を通して
繊細な描写で描く作品。

過剰ないじめや万引き、レイプや援助交際の様子など少年犯罪を描いた過激な内容になっていて、とてもじゃないけど人に勧めることはできない。
ただ、そんな悲惨な内容にもかかわらず、流れているクラシック音楽や
田園風景の映像美が見惚れるくらいに美しくて、不思議とその世界観に浸りたくなる魅力がある。

この映画の主人公は若き市原隼人さんが演じる「蓮見」という少年。
蓮見は、昔、仲が良かった「星野」という男から凄惨ないじめを受けていて、弱くて物静かなイメージがある。

この一人の少年をずっと見ていて、床屋で髪を切られていた当時の自分と不貞腐れ方が似てるなと思う。

蓮見という少年は劇中、
暴力を受けたり、
大事なCDを割られたり、
仲間の前でオナニーをさせられたり、
凄惨ないじめを受ける。
しかし彼は、感情を表に出さず、
泣いたり、喚いたり、自分の苦しみを誰かに相談したりという事をしない。

ただ一つ、劇中に出てくる架空のアーティスト「リリィシュシュ」のファンで、自らが運営するファンサイトで承認欲求を満たす事を生きがいとしていた。
この少年には日々の鬱屈を晴らす"手段"がそこにはあって、彼女の音楽に身を預けるしかなかったのだと思う。

いつも下を向いていて黙ったまま。

髪を切ってもらってその仕上がりにイマイチ納得ができていない私も
不貞腐れながら、顔を見られないよう下を向いたまま。
そんな風景を、この映画を観て、度々思い出す。


「久野」という女の子が出てくる。蓮見が密かに思いを寄せる女の子。
劇中で流れるドビュッシーのクラシック音楽は彼女がピアノで弾いている。
クラスのいじめっ子にレイプされて、その現場に居合わせた蓮見が劇中で初めて涙を流す。

背景の空が皮肉なほど青くて、不謹慎だけど、ため息が出るくらい綺麗なシーン。
流れる音楽が不思議と心地よいのが憎い。

映画のラスト。一人でピアノを弾く久野に蓮見が声をかける直前、
画面が急に暗転してピアノの音色だけが残って映画が終了する。

鬱屈とした救いようのないシーンの繰り返しで、
この二人の行く末を残したまま終わるその結末に、
当時高校3年生だった私は言いようのない気持ちになった。——


時が経ち、今は、何食わぬ顔で美容院に行き、
偉そうに「最後にワックスお願いします。」とか言って満足気な顔で帰る。
あの頃はなんで床屋に行くのがあんなに嫌だったんだろう。
いつから平気になったのか。何をきっかけに変われたのか。
ということが頭からすっぽり抜けている。

でも、「リリィシュシュのすべて」の"蓮見"という一人の少年を通じて
何だかあの頃の途方もない”憂鬱”が少しだけ戻ってくる気がするのだ。
ひたすら下を向いて歩いていたあの頃と、被ってて。
時々、振り返って観ないとあの時の”憂鬱”を忘れてしまう。
忘れていいはずなのに、忘れようとする自分に対して罪悪感を感じているのかもしれない。

25歳になり、この映画に関してはもうこの人生で数えきれないほど繰り返し観た。
何度も観れるというのは、あの時の"憂鬱"をある程度乗り越える事ができた証明だと思いたい。
あの時と比べたら、自己を肯定できる自分になれていてよかったと感じる。

時々、振り返って一人の少年の行く末を想像する。
久野さんと蓮見くんが対峙するあのラスト。
どうかお願いだから、二人とも幸せになっていてほしいと切に願う。

オススメは絶対にしない、大好きだけど大嫌いな一本の映画の話でした。
(2022年12月現在)

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