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バイオテクノロジーを世の中の身近なものにするために全力で取り組む|七里吉彦 氏(PhD)

2005年9月卒業
現職:国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所森林バイオ研究センター 森林バイオ研究室

2005年9月にバイオドクターを卒業後、COEポスドクとして2年間勤務。その後大学、農研機構、また大学と卒業後に10年間のポスドク勤務を経て現職へ。奈良先端時代の砂漠の厳しい環境で自生している野生スイカの研究を一例に、一貫してユニークなテーマを選択して研究を続ける。それがオンリーワンの強みとなり、研究材料としてはメジャーではない針葉樹のバイテクにまつわる研究員として活躍している。現在は、特にゲノム編集で品種改良をした無花粉スギの実用化に取り組んでいる。(参考:テルモ生命科学財団 ドッキン!いのちの不思議調査隊)そんな七里吉彦さんに話を聞きました。


工学部のエンジニアからバイオテクノロジーへ

元々生物の授業にはあまり興味が持てず、学部生の時も工学部の応用化学科に進学をして化学を勉強していました。そこで出会ったのが、微生物を使って有害な化学物質を分解するバイオレメディエーションです。自然のものだったらともかく、人類が発明したナイロンなど、人工物を分解する微生物が世の中にいるということにすごく衝撃を受けました。環境に貢献したいという思いもあったので、学部生の時にはバイオレメディエーションを研究している講座で研究をしていました。進学や就職を考えるにあたって、バイオテクノロジーをもっと 勉強したいと思うようになりました。ただ、残念ながら所属していた学部では生物の勉強は十分にできないかもというところがありまして、バイオサイエンスがきっちり学べる奈良先端大を選びました。生物の勉強を十分にしたいと考えていたので、最初からドクターまで行こうと希望していました。

奈良先端大でのドクター時代に感謝、今も尚ベースにあるもの

日本ではドクターを取ろうと思うと、 少なくとも原著論文を投稿して受理されないといけません(しかも、多くは英語で書く必要があります)。そのハードルの高さは学部や修士とは全然レベルが違うと感じています。周りの先輩方をみていて、果たしで自分にそんなことができるのか?というのが最初の印象です。その後さらに何十ページにおよぶ博士論文を書く必要もあるのです。人生で、ひとつのテーマで70ページとか80ページとか、そんな文章書く機会なんてなかなかないですよね。そしてそれを、コツコツ地道にまとめていくという工程は博士後期課程じゃないと経験できないと思いますし。自分の場合は、まず論文がアクセプトされないといけないというのがすごいプレッシャーでしたし、実験が失敗したり仮説が外れた時は本当にガッカリしました。論文投稿後にレフェリーから実験3つリクエストが来て(笑)それを1ヶ月の間にこなさないといけないということもあり、すごく苦労しましたが、それでもあの時じゃないとできない経験です。本当に充実していたなと思います。日本では今、あらゆるところで博士が足りないと言われています。世界的にも求められているのは間違いないので、今の学生さんには自信を持って博士後期課程に進んでほしいと思います。奈良先端大時代を振り返ると、研究だけではなく、学内の清掃活動のあと皆でバーベキューをしたり、 講座対抗の駅伝大会を開催してその後皆で飲んで懇親会したりということもありました。そういった時に普段研究ですごく厳しい一面を見せている先生方が全く違う一面を見せてくれて驚いた、というのも良い思い出です。一度バイオ全体で淡路島に研究合宿に行ったのですが、いろんな先生方とフランクにお話する機会をいただいて、すごく良かった経験ですね。このような企画を通して沢山の交流をさせていただきましたが、積極的に議論をする、特に違う分野の方とかと話す、その大切さを教えていただいたと感じています。同じラボにずっといて閉じこもっていたら、議論の幅がものすごく狭くなっていたと思います。他の大学からいろんな先生が来られて、最新の研究成果のセミナーを紹介していただくこともたくさんありました。そういうところでディスカッションする機会をいただき本当に鍛えていただいたと、今でも感謝しています。色々な状況で、待つか、それとも自発的に動くかという選択に迫られますが、自分の場合は自発的に動く方が大抵いい結果が出たと感じています。そのような経験を奈良先端で経験でき、それが卒業してから今になってもずっとベースとして活きています。

行動し続けることで現職への道が拓けた

現職に決まるまで、私は10年間ポスドクとして各地転々としていました。早く研究者として腰を据えた研究をしたい思っていましたし、学生時代との違いも感じ、研究者として生きていくとは?という事を考えていました。ただ、自分ができることややりたいことは、ある程度固まっていましたし、学会では発表などを通じて自分の存在をアピールしていました。現職に決まる前年、学会で発表できるデータがあまりなかったため、当初参加する予定はありませんでした。しかし、やはり自分が研究者として活動しているとアピールを続けないといけないと思い、自費で参加しました。そのような行動が現職につながったと考えています。あとは、何か1つ武器を作っておくのはアピールになります。私は結果として、野生スイカやカボチャ、ジャトロファといった研究材料としてはあまりメジャーではない植物を使った研究に取り組んできました。そのような植物を用いた研究では、DNAの単離や遺伝子組換えという基本的な実験でも多くのノウハウが必要となります。そのような特別な技術を身につけているとのは、研究者としての強みになるのではないかと考えています。奈良先端時代にOne of themになるな、Only oneになりなさいと言われていたことを思い出します。

日本の国土を護る壮大な仕事

研究のスパンは5年とか、長くても10年単位になることが多いですが、 現職は針葉樹の改良ということで、何十年先を見据えたものとなります。自分の研究が最終的に日本の国土の保全に生かされると思うと、必然的にやりがいも出てきますし、気を引き締めてやらねばと感じます。現場に行き、20年前に植えた検定木の成長量等調査を補助する機会もありました。すなわち、それだけの期間実験が続いているということを意味しており、スケールの大きさを改めて感じました。実験室から現場までつながっているという点は、現職の醍醐味でもあり大きな魅力です。

研究職として自身の捉え方の変化

学生時代やポスドクの時と、現職になってからの違いはやはり失敗に対する捉え方ではないでしょうか。もちろん、ポスドク時代も失敗の原因を明らかにすることは大切だと考えてはいましたが、どこか時間が無駄になってしまった、今までの実験が無駄になってしまった、早く結果を出さないといけないと焦ることの方が多かったです。結果を出すことが全てという感じでやっていたと思います。でも現在は、もちろんこれまでとは違うプレッシャーや責任を感じたりしていますが、その失敗をもっと大切に丁寧に見ることができていると感じており、そこに研究者としての自身の捉え方の変化を感じています。

面倒だと思われている事に大切なことが隠れている

研究にあたり常に意識していることなのですが、想像だけで終わらせずに実際に試してみて、想像と現実の距離をどれだけ埋めていけるかという事を考えながら日々研究を進めています。「面倒だからやらない」という理由はいくらでも考えられるわけですが、実際にモノを世に出していくためには、そういった面倒に見える地道な工程が絶対になります。我々は現在ゲノム編集という技術を使った品種改良に取り組んでいますが、それを実際に社会に活用されるためには、地道な成果の積み重ねが必須なのです。面倒かもしれないけど一つ一つに丁寧に取り組む。結果的にそれがバイオサイエンスのへの貢献にも繋がると考えていますし、今その大切な部分に携われていることを嬉しく思っています。

今後の目標

私はラッキーなことに、成果を世間に発信する機会をいただきました。昨年は報道番組にて某熱血コメンテーターにゲノム編集無花粉スギの研究を紹介していただいたり、マンガで研究内容を紹介していただいたりしました。このような成果発信の目的は、やはり植物のバイオテクノロジーをもっと身近に感じてもらいたいというのが一つにあります。今使っている技術、すなわち遺伝子組換えであったりゲノム編集といった技術は、 我々研究者からすると馴染みがあるのですが、知らない人はずっと知らないように見受けられます。例えば、現在世に流通している遺伝子組換え作物は安全だと言われていますが、それが伝わらない、または伝えられない。「遺伝子組換え」と聞くだけで敬遠される人もいます。実際に目の前にモノを出さないといけないと思います。2021年に、 一般の方を対象にゲノム編集無花粉スギの見学会を企画しました。現地に来ていただき、作製途中の無花粉スギの実物を目にしていただくことで、一般の方の認識は変わりました。もう一例。とある場所で「ゲノム編集」って危ないって聞いたんですが・・・と質問してきた方がいらして、その方にはゲノム編集の原理など丁寧に説明させていただきました。するとこれまでの認識が変わってびっくりしたとおっしゃってくれました。実際にモノを見たり直接話しをするということは、物事を判断するのに極めて重要であると感じます。今作製しているゲノム編集無花粉スギを一日でも早く皆様の目の前に出せるように、全力で取り組むというのが当面の目標ですね。

奈良先端大の皆さんへメッセージ

研究に100%集中できる機会というのは、大学院を出たら多分ほとんど訪れないと思います。会社員でも研究員でも 研究以外の雑務が多くあるはずです。ワークライフバランスももちろん重要です。奈良先端は、設備はもちろんのこと立地も良い。朝から晩まで先生方も一緒にいて、時には食堂で 昼・夜とご飯を一緒に食べて、また研究に戻るなんて、あれだけ研究だけに没頭できる環境が揃っているのはとても恵まれていると思います。奈良先端での研究生活を日々大切にしてほしいと願っています。あとはせっかく世界遺産の東大寺とか、歴史的建造物が近くに多くあるわけですから、大学を修了するまでには研究の合間に満喫していただきたいなと思います。大学を出て離れている今だからこそ、奈良という土地の良さを感じています。

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