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今を楽しむ

 会社のオンライン会議で雑談中、子育て中の若い(と言ってもアラフォーだが)同僚がこんな発言をした。

「子供が小さくて手がかかるので、勤務時間外に、将来のための勉強をする時間がとれない。有効な時間管理術があれば、教えてほしい」

 参加者は異口同音に、なんとか捻出するしかないんじゃないかなどとぼんやりと答えていたが、実際に自分も子育て中という女性が一言、こんなことを言った。

「私はそういう時期だと思って諦めてます。むしろ、今しかできないこともありますし」

 実は、私も同じようなことを言おうと、発言のタイミングをうかがっていたところだった。

 そう。子育ての期間、それも本当に手のかかる期間というのは、限りがある。永遠に続くものではない。好むと好まざるとに関わらず、子供たちはいつか親を頼らずに独り立ちし、離れていく。女性の同僚が言っていたように、子育てにおいては「今しかできないこと」ばかりなのだ。

 一方、勉強について言えば、子供がある程度親離れしてからでも、十分間に合う。今のプロジェクトで必要なことは、日常業務の中で勉強していくしかないし、今後必要になるであろうスキルを身につけるのは、いつ始めても遅すぎるということはない。Eラーニングなど、勉強する環境も、以前とは比べものにならないくらいに充実しているのだし。

 それに、母親として日々奮闘しているあなたのパートナーだって、あなたと同じように、いや、それ以上に勉強時間どころか、自分のための時間がとれないという悩みを抱えているはず。

 だから、たった一度しかない人生の中で、今はがっつり子供たちと関われる唯一の時期なんだと吹っ切って、精一杯、親をやればいいんだと。

 今、仕事で家族との時間を削ってしまうことで生じる損失と、勉強を後回しにすることで生じるそれとを比べてみればいい。少し考えてみれば、前者の方が大きいということは容易に想像できるはずだ。子供たちが去ってから、「あのとき、子供たちと過ごす時間をもっと作っていれば」と後悔するのは、つらすぎる。子供が大きくなってしまってからでは、とりかえしがつかないのだ。

 もちろん、ビジネスで大成功を目指しているなら、その限りではないだろう。とにかくやらなければならない仕事が多くて、まず物理的に家族との時間を作るのが不可能な人もいるに違いない。

 だから、何が何でも家族との時間を優先すべきだ、優先しろなどと言うつもりは毛頭ない。人生において何に最も価値を置くかなんて、人それぞれだから。

 だけれど、子育てが大変と言いながらも、満面の笑みで子供のことを話す同僚を見ていると、その楽しい時間への優先順位を上げて、慈しんでほしいと老婆心ながら思ってしまう。

 私自身、子育てに関しては、後悔することばかりだ。

 まず、子育てに十分な時間と労力を使わなかった。仕事は時間外労働がそれなりに多かったし、自分の趣味に時間とお金をかけ続けていたから。育児のほとんどを、妻に任せっぱなしにしていたと言っていい。

 しかし、子供が大きくなって手がかからなくなった今、もっと幼かった子供たちとの時間を大切にすべきだったのにと、今さらのように悔やんでいる。もっとも、子供たちはそんなふうには思っていなくて、父親が不干渉だったから良かったなんて思っているだろうけれど。

 だから、なおのこと、彼には「今を楽しんで!」と言いたかった。子育ては楽しいことばかりじゃないし、楽しまなければならない訳でもない。でも、今しか味わえない喜びは絶対にある、それを逃がさないで!と。

 しかし、件の女性が私の言いたいことは言ってくれたし、私の生来の口下手もあって、言いかけた言葉をぐっと吞み込んだまま雑談会を終えた。

 そのときに言えずにいた言葉を今、ボトルメッセージとしてネットの海原に放とうとしている。ネットで話した若い仲間に届くことはないだろうけれど、もしかするとまったく見知らぬ誰かが受け取ってくれるかもしれない。そこで、ポジティブなことであれ、ネガティブなことであれ、その方が何かを感じてくれたら嬉しい。そのとき、言えなかった言葉を、供養することができるから。

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