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「英会話できます」じゃないバスツアー#6

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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ジンは、ジュニパーベリー(日本語では「ねずの実」)という乾いた木の実を濾過材に混ぜ込んで香りづけをする蒸留酒であると、かつて「蒸留酒製造論」の講義で教わった。ロンドンジンと、オランダジンが有名だが、その土地、土地の実の風味が、その酒らしさをつくると。(余談だが、このジンの種類を「日本人」「アメリカ人」と同じ発音で授業をされていた先生を今も懐かしく思い出す)
最近では、日本のねずの実に、山椒の実などを加えた「ジャパニーズジン」も売られているようだ。この島には特産にしたい「風味」があるのだろうか、いや、やはり水のよい地域だから、余計な風味はそぎ落とすものなのだろうか、など質問したいことはたくさんあるが、その気力がない。異国語を話すエネルギーのあまりの低さに我ながら呆れる。

今日は運転の必要もないし絶好の試飲日和だというのに一滴も飲む気になれない(なっていたら、たぶん動物には会えずに爆睡してしまっただろう)。試飲せずに購入を決めるなど、蒸留酒のことを学びながらいくらでも飲めた時代には、考えられなかった。
あまたある酒瓶の中に、ガラス薬瓶の形状をした、「Apothecary」という名称が目に入った。こういう遊び心が好きだ。ほんとうに誰かにとっては「薬」のような効き目が期待できるのかもしれない。風味云々はこの際、気にするのはやめた。薬剤師を生業とする姉への土産物にしよう。形状と雰囲気で即決して、支払いをする。もう少し店員のお兄さんとの会話が楽しめればよかったのだけれど。

中庭を通り、並びのカフェに入る。観光客向けというよりは地元のご家族向けの、パンと、デリと、ちょっとおやつ、という品揃え。テーブルとイスが並ぶ部屋には、会計後に自分で品物を運ぶ、フードコート形式の造りだ。これが一番、気兼ねしない。軽い「おかずぱん」と、コーヒー、そしてとてもカラフルな砂糖菓子のびっしりついたクッキーを買ってみる。間にはジャムがはさまって、ずいぶん大きい気がするがその名札には「mini」とある・・・ 

隣の席ではおじいさんがひとり、なにか、もぐもぐしている。むこうのテーブルでは親子連れとおばあちゃん、という構成でおしゃべりが止まらない。その隣には黙ってお茶をすすりあう老夫婦。「日常」が感じられて、少しだけ気持ちを回復する。
予想よりボリューミーで、案の定、クッキーは持て余してしまう。紙にくるんで、かばんにしまった。わたしが席を立つ時も、おじいちゃんはまだもぐもぐしていた。なんだかそのテーブル周辺だけ、時間の流れが違うようだった。別段、目があうこともないのだが、おじいちゃんに一礼して店を出る。

集合時間までは、並びにあった「謎の」工芸品店のウインドウを眺めた。木工や彫金、なにがしかの手工芸品が所せましとならんだウインドウは、飽きなかった。銅色の骸骨や、蝙蝠や、ピエロ、よくわからない物体が並んだ彫金作品はちょっとゴスロリ感もあって、しかしそれなりのお値段もした。手工芸品にはそれなりの値をつけるべきであるとわかっていても、軽く買う値段ではないと判断してしまう。なにかにつけてエネルギーがなかった。衝動買いすらできずに、ぼんやりと景色を眺めて、バスに戻った。

がやがやと乗客が戻ると、やがて「ボノロング自然保護区に向かいます」と案内があり、バスはさらに山に向かう。やったー、動物だぁ、と内心はしゃぎながらも、気持ちがどんどんぼんやりしていった。もともと体力がない上に、ちょっとの疲れが、加速度的に体力気力どちらも奪っていく。いつものことながら眠くなる前の赤ん坊みたいだと、我ながら呆れる。
先程よりも、バスの乗客数が減っている気もしたが、確かめる気力もなかった。
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