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「英会話できます」じゃないバスツアー#5

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
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事前の案内ではこの次が、待望のボノロング自然保護区だった。でもDさんのアナウンスを聞いていると「Richmondに行く」という。今日は動物には会えないのだろうか。でも乗っているしかない。芝居のタイトルではないが「バスは動き出した」。

橋を渡り、空港へ続く道からそれて、山の方に向かう。川の上流に向かっているイメージだ。道の雰囲気としては、首都高から大きなジャンクションを経由して中央道、しかもいきなり信州あたりの田園風景にワープした感じ。山とも言えない小高い丘に、広い放牧場に点々と、ひつじや、馬がいる。あまり数は多くない。はじめ、なんてカラフルな動物がいるのだろうと思っていたら、それは馬にかけた布地だった。雨除けなのか、寒さ除けなのか、ちょうど馬の背を物干しざおにするように、ばさっと大きな布地がかけられている。馬はそれが「ふつー」なのか振り落とすでもなく背にかけたまま、のんびりと草を食む。あるいはこうした動物の「守り方」がこの土地の放牧の方法なのかもしれないが、「人」目線で言うとよい干場を借りているような気持にもなる。デニムのような藍や、深い紅色の布地は、近くで見たらどんな模様なのだろう。遠目には華やかな、けれども馬にとても馴染む色しかわからない。

放牧地の間に果樹園が増える。葡萄だ。まだ若い樹木が多く「老舗」という感じはない。ワイナリーに適した土地なのだろう。「信州」の空気感は、あながち見当はずれでもないらしい。町中を観光していたタイムラインからすると、のっぺりした景気が続いたせいか、ずいぶん間延びした感じで、ようやくRichmondに到着する。

ガイドブックさえも目を通さずに到着したその町は、歴史的に古く、そして宗教的に意味のある場所だった。わたしの中の比較選択肢はそれほど多くないのだが、日本で言えば清里、それもバブルの頃のにぎやかしい感じではなく、清泉寮に真摯な信者が集った時代の清里が「似ている場所」になるのかもしれない。あるいはそれに伴い発展した軽井沢のような。

バスは町の中を一回りして、あらかたの観光名所を案内してくれる。古い教会と、そこに連なる、小さいが(おそらく)信念の強い教育方針を持つ教育機関。そこに集う人々と家族のための商店が並ぶ、大通り(ここだけが、やや観光地化されている)。
大通りには観光客と思われる車が行き交い、「それなりに」人もいる。一本、裏通りに入った駐車場(ぬかるみの多い空き地)にバスを止めると、Dさんはまた集合時間を伝えた。乗客は三々五々バスを降りていく。

「このあと動物に会いに行けるのか」と尋ねたかったのだが、うまく聞けない。念のため、バスに戻るべき時間を1450とメモして確認するが、すこし呆れられた(ように感じてしまった)。たぶんわたしのエネルギーも尽きかけていたのだろう。教会を含め、町中を歩いて回ろうという気力がなかった。名物と思われるアイスクリーム屋にも、パンケーキ屋にも、そのボリュームを考えると入る気にはなれなかった。洒落たカフェにまざった「町の商店」(スーパーマーケットと言ってよいのか、いわゆる田舎の万屋さん商店)にこそ、入りたかったのだが、逆に土地の方々の出入りが多すぎて、「紛れ込む」には勇気がいった(通りの向こうから眺めてやめた)。

面倒で、駐車場から離れる気になれなかった。路地をはさんだ店舗まわりをぐるりとまわって、いくつかの店舗が、小さな中庭を囲む、この一画にいようと決める。中庭一面の垣根がワイナリーの宣伝になっている。積み重ねたワイン樽を看板にしたこの構造は、それこそ信州エリアでよく見かける景色だ。
店舗のひとつは「試飲できます!」の看板を掲げるジンの店、せめて一か所だけは、という気合で店内に足を踏み入れる。

「こんにちは。おみやげにひと瓶、ジンを買いたいのですが、お勧めはありますか」と会話文定型のような質問をしてみる。若い元気なお兄さんが「こっから(壁の端を指さし)ここまで(カウンターの少し手前をさす)全部ジン!そんで、全部オススメ!」と楽しそうに答えてくれた。
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