PASSION アマゾン河を渡る旅
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PASSION アマゾン河を渡る旅

アマゾン河 4泊5日・ハンモックとフェリーの旅

 2月10日、船出の日。いよいよアマゾン河をフェリーで旅する時が来た。出航は12時。ハンモックのスペースを確保するためにも、少なくとも2時間前には船に乗っていたほうがいいと聞いていた。
 「ベレンまで船か。僕もやりたい。気をつけてね」
 日伯協会会長の木場さんに挨拶をし、港へ行くバスに乗り込んだ。バックパックを背負ってのローカルバスは辛い。乗車口に備え付けられている回転ドアは、体型のスマートな人以外、みんな体をくねらせなければ通れない。バックパックなどまず入るわけがなく、いったん下ろして持ち上げる必要があった。
 ブラジル人は困った人がいたらすぐに手を差しのべる。ブラジルでは何度も親切にしてもらってきた。ここでもまた、男性がバックパックをひょいと持ち上げてくれた。
 桟橋付近は貨物車やフォークリフトの行き来で混雑していた。大きなフェリーが目の前に停泊していて、桟橋とをつなぐはしごに“AMAZON STAR PARA BELEM”(ベレン行)との横断幕が付けられていた。私が乗るフェリーを発見。
 乗り口からドアを開けると、そこはもう客室だった。客室というより何もない空間、すなわちハンモックスペースだ。床には荷物を置くためのスノコがいくつも敷かれていて、天井にはハンモックが吊るせるように何本も金属の棒が通っている。このときはまだ乗客は少なくて、どこにでもハンモックを吊るすことが可能だった。場所を決め、バックパックを下ろしてハンモックを広げると、女性スタッフが近づいてきて慣れた手つきでハンモックを吊るしてくれた。 
 船尾には、男女別のトイレとシャワー、食堂があり、食堂の入口には冷水機が置かれていた。
 少しずつ乗客が増えていった。大荷物を抱えた人々が色とりどりのハンモックを次々と吊るしていく。無機質な船内がカラフルに色づけされた。

 出港予定の12時を過ぎてもいっこうに出航する気配がない。私は何もすることがなく、ハンモックに揺られていた。しかし、前にも後ろにも左右にも、50センチくらいしか隙間がないほど埋まっていく船内。ハンモックによる影で、思いのほか船内は暗くなってしまった。読書もしづらい状態に。私の左右の乗客はブラジル人のおばあちゃんだ。
 時間が経つにつれ、どんどん乗客が増えていった。
 出航はまだか、まだかと思っているうちに、とうとう日も沈んでしまった。辺りが外灯に照らされた18時すぎ、船がやっと動き始めた。客室を出て階段をのぼり、デッキへと行ってみる。そこには小さな売店がオープンしていて、ビールを飲みつつ笑いあうブラジル人たちがいた。
 暗やみのなかに光る夜景を横目に、船は少しずつマナウスを離れていった。


 イモムシになる

 密集した船内だから自分のハンモックへ戻るのも一苦労だ。体をかがめて、這いつくばって動きを取る。
 隣にいるおばあちゃんがとてもキュートで毛糸の茶色い帽子とピンクの帽子を短い時間で代わる代わるかぶる。
 私はポルトガル語がほとんど話せない。そんなことはすぐにわかっていたはずなのに、私の顔をジーッと見つめて、時折アッハッハと大声で笑ながらずっと何かをしゃべり続けた。シャワーも浴びて満足したのか、小さな体のおばあちゃんはハンモックに包まるとイモムシみたいになった。だが周りを見渡せば、そんなイモムシは何人もいた。
 トイレはもちろん、シャワーや洗面台に流れる水はアマゾン河の水である。蛇口をひねると泥色の水がシャーっと出てきた。シャワーは浴びず、顔だけ洗って、私もイモムシに変身した。

 あたりはまだ暗かったが、5時すぎに目を覚ました。熱帯アマゾンも夜は冷えるらしく、寒さで一度目が覚めたものの、ハンモックは思っていたよりも心地良い寝床だった。
 5時45分、食堂の入口に列ができた。プラスチックのコップとお皿を持って並ぶ人々。朝食の時間を待っていたのだ。
 6時になるとドアの鍵が開けられて、続々と人が入っていく。乗船チケットの確認があり、チケットには星マークのサインがひとつ記された。
 砂糖たっぷりのコーヒーとパンひとつという侘しい朝食かもしれないが、あたたかいコーヒーがぬくもりをくれる。朝食後、デッキへ行った。デッキには私ひとり。上空は薄曇り。少しだけだが、朝の光を受けて水面がキラキラしていた。
 デッキの上で日記を書いて、読書をして、風景を眺める。だがその風景はちっとも変わることがない。いつまで経ってもミルクコーヒー色のだだっぴろい水面だけ。
 客室は、狭くて暗くて嫌なので、私は一日の大半をデッキで過ごしていたのだが、自分のハンモックで悠々と過ごしているブラジル人が多かった。ラテンなブラジル人にはそれが意外だ。
 「することがないのなら、じっとしていればいい。
 だってここはアマゾン河だよ。
 人間なんて小さい、小さい」
 そんな声でも聞こえてきそうだった。

 夕刻時、モーターボートに乗った黒い服を着た集団がフェリーに接近してきた。警察のようだ。彼らは船に乗り込んで、客室のドアは締められた。緊張感で包まれる船内。ひとりずつ荷物審査が始まった。
しばらくは、私もハンモックの上でじっとしていたのだが、荷物審査が進まない。飽きてしまい、ハンモックから降りて窓辺を覗く。 
銃を構えて船を囲む警官ボート。視線を上にずらしてみれば虹がかかり、下にずらせば水面からピンクイルカがジャンプした。船の周りにはイルカが数匹いるようだ。デッキに出て写真を取りたい。悔しい思いを抱えていた。
 ポン、ポン。
 背中をたたかれた。
 「日本人、こっちに来い」と言われて警官についていくと、私の荷物がすべて開けられていた。リュックに入っているパソコンまでケースから出されている。言われるままにパスポートを見せると「OK」サイン。ヒヤリとしたが、すぐに怒りが込み上げてきた。荷物の開け方にもほどがある。ぐしゃぐしゃではないか。たまたまなのか、フェリーに乗っていた外国人旅行客と思わしきは私ひとりだった。乗客リストに日本人の名前があり、目立ってしまったのかもしれない。
 警察が去ると客室は穏やかになり、小さなまちに停泊した。桟橋にはフェリーの到着を待っていた人たちが大勢いて、物売りがやってきたり、新たな乗客が入ってきたり、客室が賑やかになった。
 夕日を見ながら美しい声で歌を口ずさんでいた女性の姿がまぶしかった。
 太陽が水平線に沈んでいった。

 夜がきて、あたりが闇に包まれた。船首へ行くと、数人が黙って進行方向を見つめていた。私は空を見上げてみた。
 「あ…」
 空には無数の星があったのだ。河風が心地よく肌に当たる。小さな船が通り過ぎる。遠くにあるまちの灯りが見える。
 人は口を開かない。河面、星空、ほのかな明かり、エンジン音。
 私はいま、アマゾン河を旅している。

 マナウスとベレンの中間に位置するサンタレンでフェリーはしばらく停泊していた。チリン、チリンと鈴を鳴らしてスタッフが起床を呼びかける。外はまだ真っ暗だが、アマゾナス州からパラ州へと変わり、マナウスとは一時間の時差が生まれた。
 フェリーでの旅も3日目。汗はかかずとも、シャワーを浴びたくなってくる。河の水でシャワーを浴びるのは気がひけていたのだが、サッパリしたい気持ちが勝った。
 小さな蛇口をひねってみると、思ったよりも透明な水が出た。気持ちよくシャワーを浴びた。

 昨晩星が見えたから、この日の空には期待を寄せていたのだが、やがて雨が降ってきた。デッキのなかにも降り注いで来るほどの激しい雨。デッキはブルーシートで覆われて、客室の窓も閉められた。
 つまらない。ハンモックでゴロゴロしてもまだ10時。それなのに、食堂付近をぶらつく人がいた。そうだ、時計を合わせなければ。実際はもう11時なのだ。
 隣にいるキュートなおばあちゃんは小さなリンゴを見つめていた。
 「ナイフを持っていないかい?」
 「持ってるよ」
 バックパックから折りたたみナイフを取り出して、私はリンゴの皮をむいた。おばあちゃんにリンゴを渡すと半分くれた。
 止まない雨に、寂しさを感じ始めた。雨は気分を落とさせる。
 昼寝をして、音楽を聞いて、また窓辺へ。
 「アルゼンチーナ?」
 振り向くと、背の低いおじちゃんがニンマリしていた。
 「いいえ、日本人です」
 そう答えると、窓の近くのハンモックにいたおばさんもハンモックから降りてきて
 「パパとママは?」
 この質問は船に乗って3度目だった。家族のことを見ず知らずの人にも真っ先に質問するのがブラジルらしい。
 「パパとママはベレンであなたを待っているの?」
 そう聞かれ、頭をなでられたのは今朝のことだった。
 眠るにはまだ早い夜。私は折り紙を取り出して、折り鶴を折っていた。その様子をじっと見つめていた子ども。折り鶴をプレゼントした。
 「オブリガーダ!」(ありがとう)
 別の子どもが私を見て、ウインクをした。
 私はブラジル式に親指を立てた。

 ※フェリーでの昼食 フェイジョアーダ(豆の煮込み)が美味しい。

 

 アマゾンに住む人たちの暮らしは…

 翌朝、雲は多いが雨は止んでいた。
 シャワーを浴びて洗面所で洗濯をし、ハンモックの先端についている紐を利用してピンチハンガーをかけた。ハンモック生活にはすっかり慣れて、ハンモックの周辺を自分の都合の良いようにカスタマイズする。スタッフが隙間をぬって、ゴミで散らかった床をホウキがけする。床の上でトランプをする子ども。ハンモックから顔だけをのぞかせるイモムシ老人。お弁当を広げ、食事をする家族。
フェリーのなかは、ごく普通の生活感で満たされていた。

 正午を過ぎると雲の切れ間が見えてきて、やがて大きな青空になった。
昨日よりもジャングルの陸が近い。高床式の集落があり、ボートに乗った子どもたちがフェリーに近づいてくる。物乞いだ。乗客はそれを知っているらしく、衣類やお菓子の入ったビニール袋をボートの近くに投げ込んでいく。子どもたちがそれを必死に追いかける。ボートをこぐ係の子ども、ボートに溜る水を外に出す係の子ども、袋を水面から拾い上げる係の子ども。10歳にも満たないだろうに、大人はいない。
 その後も陸伝いが続き、船の進行とともにボートで続々と物乞いの子どもたちが寄ってきた。子どもたちは、ワーワーワーと言いながら、両手をブラブラさせる仕草をひとすら繰り返している。それが物乞いのサインなのだろうか。それに応えるかのように、フェリーからは食べ物や衣類の入った袋が次々と投げ込まれていった。
 それだけではない。



 懸命に自分の船を走らせてフェリーに近づき、ロープをひっかけ乗船してくる人が多くいた。フェリーだってそれなりにスピードが出ている。ヘタしたら命を落としかねない。細身の女性が乗船してきたときには驚いた。
彼(女)らは、自分で獲った魚やエビ、ヤシの実、バナナ、麻でできた手芸品をフェリーで売って現金を稼いでいるようだ。それ以外はアマゾンの大自然に囲まれ生きていくだけ。文明社会とは縁がない。
したたかに、これからもこうして生きていくのだろう。

 スピーカーから聞こえてくる音楽に合わせて踊る人、デッキの船尾にあるシャワーを浴びる人、マージャンする人。青空に誘われて、デッキの上も賑やかになってきた。
 どこまでも広がるミルクコーヒー色をした河と湧きたつ雲。アマゾンの大きさを実感できる。物乞いに来ていたボートが遠ざかっていく。



 船上のデッキでは、青空シャワーを浴びるブラジル人たちがいた。スピーカーから聞こえてくる大音量のミュージックに合わせて踊る人やビールを飲みながらゲームに興じる人たちも。雄大な風景を目にしながらデッキにベンチを置いて日記を書くのは私だ。青空では、皆がごきげんになるのは世界共通。



 熱帯雨林の迷路に入ったかのように、フェリーは河幅の狭い場所へと入った。陸には時々家がある。高床式で茅葺きの小さな家。パンツ一枚のおじさんがイスに腰かけ、静かにフェリーを見つめていた。
家の背後は密林しかない。おじさんの毎日は、どんな風に過ぎていくのだろう。

 現代文明とはほど遠い暮らしをしているアマゾン地域の人たち。一方で、この地球の反対側、日本では全く異なる生活が営まれている。
 世界は広い。地球は大きい。
 そして、
 面白い。

 日付は2月14日。時計は深夜3時だが、船内がざわついていた。5時にもなると、荷物の片づけを始める人が多くなった。まちの明かりがすぐそばに見える。ベレンが近づいていた。
 5時45分、ベレン着。ようやく陸地に足を下ろした。

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介護、福祉、医療界隈の物書き。1983年埼玉県生まれ、香川在住。高齢者住宅新聞社にて長く現場取材。のちにフリー。 コミュニティ、まちづくり、場のチカラ、建築、空間、風景。旅と南米。organic。