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美味しさを越えた、面白さ。
先日こんな質問をいただいた。
「同じお店でも味が異なるのはどうしてですか」
くださったのは同じメルボルンに長く住む女性からだ。
このメルボルンは世界的にもカフェの街として有名で、信号機の数よりもカフェが多い、なんて話をよく聞く。
そんなカフェ文化が盛んでなのは、バリスタとしての技術やホスピタリティを磨こうとする人が多いことも理由の一つ。
僕もメルボルンというコーヒーの街に魅せられて来た一人である。
日本人も多くこの街でバリスタをしている。
そして当然日本人以外もバリスタをしている。世界中からバリスタが集まるのだ。働いているカフェでも、ヘッドバリスタはギリシア人で、僕が働く前にいたバリスタは、インド人だった。
バリスタという職業一つを見ても、様々な国籍があるこの街。
過ごしてきた環境や食文化も全く違う。
そう考えると、それぞれが作るコーヒーに多少味の違いが出てもおかしくはないと思ってしまう。もちろん技術的な面でそもそもエスプレッソマシンを正しく扱えていないとかの問題もあるが。
逆にコーヒー一つに国民性という違いが出たら面白い、なんてことを思ってしまう。美味しさにも理由があるが、不味さにも理由がある。
さらに言えば、そのコーヒーに、バリスタのストーリーが乗ってくると、美味しさを越えた面白さに出会える。
昨今生産者への注目も集まり、コーヒー農園の環境改に対する取り組みが世界中で行われている。
もちろんなくてはならない活動だ。でもそれよりももっと身近なバリスタに目を向けて、彼らのコーヒーストーリーを伝えることが、コーヒーをより楽しむ最も簡単な方法なんじゃないか、と僕は思う。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
この記事は、Stand FMというラジオで収録したものを元に書きあげました。
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