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神奈備(かんなび)イイ・ヤシロ・チ⑤

時折、思い出したように 無性に山の神様に逢いに行きたくなる。山歩きの体力も全く無いのに、である。

日本の名山は富士山を代表として、山容が美しく古代からの崇拝の対象となっているものが少なくない。人のタイプとして、海派か山派かとふたつに分けるとしたら、わたくしは断然山派である。

自然崇拝の古神道では、神が坐ますところとしての神聖な山を「カンナビ」と呼んで、日々見上げて崇拝したという。その歴史がはっきりと残る代表的な神社といわれているのが、奈良県の大神神社。麓のお社に何度か友人たちと参拝したけれど、ここのお山には登拝をしたことは、ない。残念ながら、このお山にお喚びではないようなのだ。わたくしの心身に感じる波動が少しく重く、招かれざる感は否めない。足を入れることも躊躇し、恐らく山頂までたどり着くことは難しいと予測する。

わたくしがこれまで登拝できたカンナビは、剣山、石鎚山、伊吹山、出羽三山など。どこのお山も美しく、素晴らしいイヤシロチだった。心身の隅々の細胞が蘇るような再生力を感じた聖処である。

さて、山の神様である。

日本の国土の八割を占める山林は、人の子に生きる為の糧を産出するところでもある。燃料、建材、道具の素材となる木材、傷病を癒やす薬草、木の実、キノコなどの食材、野生動物、鉱物や陶土、清水などあらゆる生活資材を無償で与えてくれる山。平野部に稲作が普及してからは、春に山の神が人里に降りて来られてその生命力によって豊かな稔りを与え、収穫期を終えた晩秋頃にはまた山に戻られるという信仰も発生した。山の神は生き物すべての養い親なのである。きっときりりとした女神様なのだろうと想像する。

https://watashinomori.jp/study/basic_02-3.html

しかし、山の神は、優しい母のイメージとは異なる側面も持つ。作法も知らず、安易に分け入る不埒者には手厳しい処罰が下ると考えられていることも多い。神の住まいする処は、とても神聖で護るべき場所であるため、タブーも設定され、危険で囲われた禁足地であったりする。だから、狩人であるマタギという人々は、様々なまじないやしきたりを守って山の中で活動していた。

実際、地殻変動や火山の爆発、水害の発生などの、到底人の手に負えない嶮しく厳しい災いが突然大規模にもたらされた時、人の子は何かしら山の神の逆鱗に触れたのではないかと、畏れ、すこぶる丁寧に祀るのだ。

そんな厳しさも備える山の神様に、わたくしはなぜだか魅かれて、山登りなどできるような元気印でもないくせに、山を恋しく思うのである。そして、人よりも多くの時間をかけてゼイゼイと息を荒くしながら、山を登る。山全体から発せられるエネルギーを分けてもらい、なかなかに心身に補給されていく健やかさを実感する。さらに、登頂到達のご褒美である絶景も、喜びの一つ。

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本来ならわたくしのような虚弱者は目にすることのできない風景も、リフトやケーブルカーのおかげで眺望できるのが、心底嬉しい。きれいな珍しい山野草の花畑もシーズンにうまく当たれば楽しめる。神様は此処で、きれいなものを存分に愛でておられるのだろう、とすっかり神様気分に浸るのだ。

遠くの海や街を見下ろして、世界が実に美しいことを確認する。その世界に生きて存在できる自分の幸運に心から感謝する。そして、何もかもをすべて与えられていたことを思い出す。

カンナビを神と崇めるのは当然のことだった。

わたくしは既に恵まれていて、与えられていて、愛されている存在なのだった。それをうっかりと失念していたことに、気が付けばそれだけで幸せになれるのだった。

厳しい修行も不可思議な神通力もなく、それどころか人並みの体力さえもないわたくしが、こうしてお山に登拝できる幸運たるや!

中央構造線の上に立ち、大地の磁気に全身の波動が修整されていく感触が素晴らしく心地よい。そのうちに、わたくしのいじけていた思考が素直に、歪んでいた身体が正しく整い、鈍っていた感覚器が世界の美しさを微細に感知する。大地母神が生命力を分け与えてくださるようだ。

すると、世界が十分に豊かで、愛を与えられている人の子のひとりなのだとすぐさま了解できてしまう。幸福感に満たされる瞬間、脳内に良いホルモンを発生して、日常のストレスに傷んだ心身が整うのかもしれない。山歩きの癒やしの効用は驚くほど多いと、この本を読むと納得である。

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山の神さまに、素直に感謝の心ををささげる自分にリセットするためにも、またお山(カンナビ)に行きたくなったわたくしなのである。

まさに癒やしの聖処が、この国にはいくつもあることの幸いを喜び、これからもずっとそうであってほしいと祈るために。

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