10/24 後追いの/勝機は『守破離』/推測す
大抵の物事において、先駆者というものは圧倒的に強いものである。先駆者には多大な試行錯誤によるノウハウができる。圧倒的な成功体験がある。それらを売りに出せば、更に儲かる可能性さえ秘めている。
さて、南雲麗は問う。作家にせよライターにせよ。我々後発は後を追いかけるだけ、差し出されたものを受け取るだけで。成功までたどり着けるのだろうか?
先駆者がコアな部分を教えない可能性がある。
先駆者が見えなかった影があるかもしれない。
なにより、先駆者に金を出せば。更に彼等は前を行く。
これは自戒である。俺とてあちこちフラフラといろんなモノを巡るし、金だって出す。だが、少しずつ考え方が変化してきた。
そもそもネット世界は、暴き立てる者さえ居なければ発信者有利の現場である。発信者は情報を制御し、自分を飾り立てることができる。いわゆるキラキラなんちゃらとかインスタ映えとかだ。
そんな世界で盲目的に先駆者だけを追いかける。どうすんだ、更に儲けるために罠とか設置されたら。掛かったことも気づかずにいちいちごもっともとかやるなら、それはもう信者でしかない。
ついでに小話すると「信者」と書いて「儲」とも読める。凄いね。
さて。話を本題に戻そう。俺自身の仮説でもあるから、「勝て」とはとても言えないが、それでも勝てる可能性のある追いかけ方を推測する。すると、武道や芸事で言われる師弟のあり方、『守破離』が浮かび上がってきた。やはり歴史には学べるのだ。
守
徹底的に真似ること。全てを追いかけること。ノウハウ本よりも『これと決めた人の背中』を、徹底的に追いかけるのが最善と思われる。オンラインサロンなどにも突入し、本人の考え方を直接吸収できる場に立ってしまえばいい。
仮にそこまでできなくとも、『追跡や分析→仮説→実験→分析』のPDCAを繰り返すという手もある。文体を真似るという技もある。
真似る・研究する対象が一人で、やることが徹底的になる、というだけだ。
破
少しずつ自分の考えで試行錯誤し始めること。吸収したものを自分の中で噛み砕き、一つ一つやってみること。より自分に合った形へ持っていくこと。こうして試行錯誤することすら嫌う先駆者が居たら、距離を置いてもいいだろう。
離
最早確固たる『自分のやり方・ノウハウ』が出来上がった状態。自分自身の経験を自分のものとして理解していれば、後を追う者が生まれても相応に対応できるはずである。
仮に批判を受けても、『そいつが俺のやり方』と突っ撥ねることもできるだろう。ただし老害であってはならない。頑固であってはならない。
これは仮説である。自分自身にも突き刺す必要のある楔である。一歩でも遠くへ。一歩でも先へ。言行一致には程遠くとも、前進はしていきたい所存である。
おわれ
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