見出し画像

【憂う人間へ問う。これから為すべきことを為せよ】(短編小説)

 


奇妙な現象が起きている。

 どうも私の住んでいる世界線と現実の世界線はほぼ似ているようで、時間軸も7月7日を表している。
 私はどうやら二つの世界線の狭間にいるようだ。
 この世界線のことを『狭間の世界』とでも呼称しておこう。
 もう一つの世界は、どうやら街の様子らしい。時間帯もこちらの世界と同じ昼である。
 しかし、私は事態を飲み込むのに最初驚いたくらいで、なぜかすぐに見慣れた景色へと変わっていった。
 どうやらもう一つの世界は、食文化や伝統芸能、歴史、経済の仕組み、言語など多くの点において、私たちの世界と一緒である。だから、今からそちらの世界に行ったとしてもすぐに順応できそうな気がしている。
 『狭間の世界』にいることに少々驚いたが、私は夢でも見ているのかも知れないと思った。ただ、夢でないことはすぐに気づいた。
 なぜなら、ほっぺたをつねって痛かったからだ。
 戻る方法も探しながら少しこの『狭間の世界』を楽しんでおこうと思う。
 こういった経験は二度とできないと思っているからだ。だったら、夢でもいいから少し現実逃避をしたいと。そう私の心が、体が言っているように思えた。
 
 話は変わるが、7月7日、そちらの世界では面白いイベントが行われているのではないか。「東京都知事選」というイベントではあるが、不思議な響きである。私の世界に「東京」は無いが、「都知事」という言葉には既視感がある。おそらくこの土地のリーダーのことだと思っている。
 そのイベントを俯瞰してみると、心底、国民はこの「東京都知事選」に注目しているように思える。車はたくさん往来しており、その車の上で人間がマイクを持って何か訴えている。また、近いところではマイクを持った人間が罵倒している様子が見え、またあるところでは「ヤジ」が起きていた。一部の人間が「やめろ」と言っているようにも見えた。
 各地でこのような動きが活発化しているのを見て、私は少し驚いていた。
 

政治へ興味関心を抱く国民が多い。

 そういった現象は真に素晴らしい働きかけで良いことだと思うが、同時に多少の心配事も孕んでいることを忘れないよう、私の独り言でも言っておくか。
 大まかに挙げるとするならば、まず、当選した候補者が結果的にダメだったとしても責任転嫁をしてはいけないということだ。達成できなかった為政者は責任を取ることは勿論、その候補者を選んだ国民も責任の一部を担う「重責」を仰せつかっている。
 「民意」というものはとても都合がいい。それは、候補者にとっても支持者にとっても重要な要素だ。
 全ての国民の意見が集まるわけではないから、候補者は自分を支持してくれる有権者に呼びかけをする。支持者もお目当ての候補者に当選してもらいたいからどのような方法を使ってでも一票を投じる。
 結果的にどれだけ投票に自分の息がかかったものを行かせるかの勝負をしているのである。そのために全力を尽くすのは、それはそれで否定しない。
 勝負というものは「勝つか負けるか」で、選挙においては「なれるかなれないか」として置き換えることができる。そうやって勝者は権利を手に入れる。いつの時代もそうやって覇者は、その土地を統治してきたのだ。
 今更、この制度に物申す奴はいないだろう。『勝てば官軍』という言葉が私たちの世界線には存在する。通じるかどうか分からんがそういうことだ。
 
 

次に、報道の統制。

 いわゆる、「臭いものには蓋を閉める」その究極版をしていることだ。この世界線は見たところ、私たちの世界線よりも豊かではないかと感じる。その理由として、赤い三角塔よりも高いものがそびえ立っている建造物がある。私たちの世界線にはない建造物だ。あれは、どんな役割を担って建造しているのか、別の方で興味が湧いている。あれは、人間が本当に立てたのか……?
 すごく不思議な建物だ。観光名所として利用されていると思うが、なにかあの「ツリータワー」から人間の生活に影響を与えているのか?
 その話題は、さておき。つまるところ、国民はものすごくいい暮らしをしているのではないか?と思う。まさかとは思うが「この国に未来はない!!」なんて断言している人間はいないのではないか?
 だから、さぞかし報道も平等で、公正・公平な扱い方をしているのではないだろうか?
 まさか、政治に対する偏向報道や人間の不祥事を隠す隠蔽行為、はたまた国民の不安を煽るフェイクニュースなどをしているのか?
 報道に自由があっても良い。ただ、その相手を陥れるような報道や人様のプライベートまで覗き込むような報道には、何かしらの規制をかけても良い。例えば、私たちの世界では、数十年前くらいに「超有名アスリート」の熱愛報道があった。その時に報道陣がこぞって自宅まで無断で駆け込み、取材しようとしていた。
 結果として、事態を重く見た所属チームが取材パスを軒並み破棄したといったニュースが起きていた。これは、私たちの世界で起きた。
 それらを見ていたため、なんか同じような匂いを感じたが、果たしてそれが本当に行われているのかどうかは、私には当然分からないのである。
 
 

……。否、そんなことはしないだろう。流石に。

 ただ、これだけは言っておこう。こういったものはいずれ明るみになる。
 隠しても無駄なのだ。人間がこのシステムを作った以上、人間の力があれば対処することもできるのだ。ましてAIの力を借りれば、より効率的に対応できる。
 人間というのは合理的に生きることが近道であるのに、時に合理性をなくした瞬間が訪れる。その時には、合理性を持つと都合が良くない事情を抱えていることが可能性としてある。
 隠す事情には必ず裏がある。その事に気づいている国民は、私たちの世界よりも多いことを信じている。こう信じる根拠として、私たちの世界線で裏事情を暴く行為が見つかると即刻、斬首刑が執り行われるのである。
 私たちの世界線は、あなた達の世界線と違う部分として完全な「統制社会」を敷いているということだ。だから、この世界に選挙という仕組みはない。政治は常に国家元首の指名で人事は執り行われている。
 故にマスメディアは既に淘汰され、従順に従う報道会社は統制社会の良いところしか報道できない。「選挙」という仕組みと「報道の自由」が奪われた世界が私が住んでいる世界の常識だ。
 
 
 

……おや、どうやらそちらの世界線で「東京都知事選」の結果が出たようだ。

 結果はどうであれ、それが国民の選んだ道だ。その選択に後悔するなよ。
 もし、その選択が元から望んでいるものでないならば、このような方法を取ることもできる。それは、選ばれた人間の「心」を変えることである。ここだけは、人間としての感情論になってしまうが、私はこの方法が最適だと感じる。
 その根拠は、リーダーとして重責を担う以上、国民の声は無視できないからだ。
 声を聞かないリーダーがいるのであれば、その人間に問おう。
 
 

「あなたは誰のために政治をしているのか?」

 国民の命を預かっていることは当然なのだ。完全な社会が形成できるのが政治の理想形だが、現実的に難しいことは重々承知である。
 ならば、多くの国民の不平不満を無くし、その上である程度の人間が豊かになれる策を決めるのがリーダーとしての素質である。当たり前の知識だが、権利を獲得した人間ほど抜け落ちる知識である。
 行動力と決断力。そのうち、行動力は選挙で見せてもらったから、決断力を政治では念頭に置いてほしいと思う。
 国民は、満足の行く政策には反感の声は出てこない。それは、当然の景色である。
 国民は国民で、何でも揚げ足取るようなことはするなよ。いくら民意で成り立つ世の中だからといって、有能な人間の邪魔だけはするなよ。
 声を上げることは大事だが、その内容の質だけは筋の通るように。
 国民に求められているのは、リーダーの政策を正当に評価し、共により良い社会の構築を進めること。決して、選挙で投票し、当選するよう応援することではない。それらは、あくまで過程の一つで、目的は、生きやすい社会の形成を共に行うことである。選挙も大事だが、未来を託す人物を選び、その人と心中を共にすることが選挙の意義である。
 国民にとっても選ばれたリーダーにとっても当選してからが本当の勝負である。抱える問題は人それぞれ。その問題を迅速に解決することが大事である。

 

もうそろそろ私は、この『狭間の世界』から元の世界に戻る準備ができたようだ。

 どうして私は、あなた達の世界線を俯瞰することができたのか。豊かな社会ではあるが、同時に見えない闇が各地で纏っている様子を今現在、私は見ている。
 私は、この世界を見て、気づいたことがある。
 それは、明らかに私たちの世界線よりも幸せな情景が浮かんでいるのに、住んでいる人間の顔は何処か影を秘めている。そんな表情を浮かべている。
 どうして、そんな顔をしているのか。私には到底分からなかった。分かるはずがなかった。
 あなた達がそんな顔をしているのならば、私たちは一体どのような顔をすればいいのだ?
 未来どころか今さえも源が失われてしまった私たちの世界は、どこに救いがあるのか。
 そんな顔をしないでくれ。あなた達の世界の国民よ。

 
 ……。分かった。それならば、私は元の世界に戻ったのなら死のう。
 
死んで『狭間の世界』に戻ってこよう。
 元々、住んでいる世界は私にとっては生きづらいのだ。だったら、死んだほうがいい。そして、あなた達の世界もまた、豊かではあるが何処か息苦しさを感じてしまったのも事実だ。
 であれば、この『狭間の世界』に戻ることがとても大事だと思った。私は、ここに来て、あなた達の世界を見て、決めたことがある。
 それは、あなた達の世界がどのような未来を歩むのか、それを見届けることである。
 少し興味が湧いたというのも事実だが、それ以上に未来を見てみたいと思った。五年後、十年後と言わず、もっとその先の景色を見てみたいと思った。
 人間の心が通じ合う未来を見てみたい。
 社会がより良い方向に進む未来を見てみたい。

 何よりも高度なことを実践している、高度な営みを享受している人間の進化を見てみたい。
 今まで、やるべきことを見いだせなかった私にとって、一つの至上命題が出来た。
 「この経験に感謝します、神様」
 
 
 そう言い述べた瞬間、私は元の世界に戻っていた。
 『狭間の世界』は、一体何だったのか。私の世界にはなかったものを見せてくれた。その情景は、一生忘れることはなかった。
 なぜ、行けたのか。その方法すらも分からない。ただ、思いつく点を挙げるとすれば――。
 
 私は、「民主主義」に多少なりとも憧れがあったのではないのだろうか。
 
 その後、私は程なくして『狭間の世界』に戻る準備をしていた。
 死ぬ前に私は、知識と情報、そして未来に向かう際の指南書を書き留めていた。
 私は、あなた達とは違う世界線に存在している。ただ、面白いことに私の意見が多くの人間に見られる「ぶろぐさいと」が存在していることを知った。しかも、この「ぶろぐさいと」は、あなた達の世界にもつながっているのである。政府を始め、多くのメディアは、この存在を隠していた。
 一方で、違う世界線とつながる「ぶろぐさいと」の存在は、私たち一般社会でも都市伝説に近く、いわば荒唐無稽な情報であったのだ。故に、アクセスしようと思う人間はそう多くはなかった。ただ、私はその情報に可能性を感じ、信じてみようと思った。幸いにも、電子工学の知識はあったもので、数段階のセキュリティを突破して、遂にこの「ぶろぐさいと」へアクセスすることが出来た。
 ハッキングした罪悪感よりも私の声が全世界の人間に伝わる緊張感が私の心を満たす。どうせ私は、この世界に用はない。だから、この緊張感がメッセージを打ち込んでいるうちに高揚感に変わっていったのだ。

ここからは、後に『狭間の世界』へと向かう私からのメッセージだ。

「東京と呼ばれる土地を含む世界の人間に向けて。あなた達が為すべきことは政治を知ることである。憂う人間の顔を見てきた私にとって、今すぐにでもできることが政治の概要と知略を知ることである。決して簡単な仕組みではない。ただ、人間の作ったシステムだから理解するのにそう時間はかからない。多種多様な学問が存在している中で、政治学というものも人間の生活に関わる重大な学問であり、少しでも関心を寄せ、有意義な議論が展開されることを切に望む。その根拠として、あなた達の世界には言葉がある。自由が保障されている。ただ、高度な議論をしてほしいために相手の揚げ足を取るような稚拙な行為はしないこと。この行為は、時に扇動主義となり、政治の定義が変わってしまう可能性がある。批判する側も賛同する側も常に高尚な立場で議論が白熱することを私は望む。私が提唱するメッセージの『一丁目一番地』は、レベルの高い討論である。そのために人間は、学びの姿勢を崩してはいけない。ここまでをもって私のメッセージとさせていただく。より良い世界の実現に向けて、私は何処かの世界で常に見守っています」

 ちなみにだが、私が見た世界に住んでいる人は「国民」と総称されるが、細かく言うと「東京都民」と呼ばれていたことを後ほど知った。だから、あの選挙で恩恵を直接受けるのは「東京都民」であって、国民全員ではないことを知った。一応、全国民が注目している選挙ではあったから、全部間違っているわけではないと思うが、この話はくれぐれも見てくれた皆さんとの内緒話として寛大な心で許してほしい。

〜あとがき〜

 どうも、名古屋茉莉亜(ナゴヤマリア)です。
 最初に言っておきます。この短編小説は、ほとんどフィクションです。
 実在の人物、団体等とは関係がありません。が、それっぽいことはあちらの世界線で起きているそうです。ですが、『東京都知事選』といった言葉など、一部は実在した出来事などを用いてます。もし、引っかかったら私のただの思い出としてパソコン内に大事に大事に保存しときます。
 また、今作の題材として『東京都知事選』をテーマに選挙のあり方と国民への影響力を中心に書いてみました。
 ちなみに私は、東京都民ではないので有権者じゃありません。
 特定の誰かを応援していたわけでもありません。ただ、今回の『東京都知事選』は、今までの選挙とは、盛り上がり方が違いましたね。
 ここでは特に言及しませんが、この盛り上がりを受けて日本国民が「選挙」と「政治」を知るきっかけになればいいと思います。
 私の言葉が拙い部分もあると思います。ただ、この短編小説から伝えたいことは、あちらの世界の住人が書いたメッセージのとおりだと思います。
 主人公は自分。自分たちが暮らしやすい世の中にするために過去の人間が血で血を争い、その末に勝ち取った権利が「参政権」なんです。
 私たちの暮らしは、過去に生きた人間が遺してくれたもので形成されています。その恩恵を受け、新しいものを後世へ残す役割を今日まで、私たちが担っているのです。
 
 最後になりますが、あとがきまで見てくださった読者の皆様、読んでいただき本当にありがとうございます。
 最近、フォロワーも増え、執筆活動も不定期ですが、頑張って投稿しようと思いますので、引き続き応援の方よろしくお願いします。フォローしてくれた皆様には感謝申し上げます。
 
 では、また〜。

                            名古屋茉莉亜
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?