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クラシック音楽の歴史 #007「ルネサンス音楽誕生を生む原動力となった古代ギリシア・ローマ」①古代ギリ̪シア編

こんばんは。名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassicca)です。クラシック音楽の歴史を、時代様式に分けてそれぞれのヨーロッパの歴史的な文脈の中でご紹介する「クラシック音楽の歴史シリーズ」

5回にわたって中世西洋音楽を取り上げてきた「クラシック音楽の歴史シリーズ」は前回から数回にわたり次の時代様式であるルネサンス音楽を取り上げていきます。

前回は「ルネサンス音楽の概要と同時代のヨーロッパの時代背景」についてお届けしました。クラシック音楽に限らず、美術や文学、哲学などはその時代の社会情勢などのマクロな時代的文脈の上に成り立っていますので、これらを最初に知っておくとその時代の芸術の理解にとても役に立ちます。

そして、今回はルネサンス音楽の第2回。テーマは「ルネサンス音楽誕生を生む原動力となった古代ギリシア・ローマ」①古代ギリシア編です。

前回もお話ししましたが、ルネサンス期というのは、ある意味中世にヨーロッパ中の政治・宗教・文化・芸術を、一神教的基準で牛耳ったキリスト教社会へのアンチテーゼとも言えます。

キリスト教が普及する以前は、各地域に土着の宗教があり、多神教社会でした。また科学や芸術、哲学、政治という概念が発達し人間社会の基盤が出来上がった時代。それが古代ギリシア・ローマという時代でした。

ルネサンスは、あらゆる芸術が古代ギリシア・ローマの文化を復興しようとした文化運動です。

古代ギリシアが紀元前8世紀頃でルネサンス期が15~16世紀なので、2000年ほど時代を遡ります。

古代ギリシアとはどんな時代だったか。

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古代ギリシアは紀元前8世紀頃のギリシア各地にいくつもの独立した都市国家(ポリス)が出来た時代。アテネやスパルタが有名です。

商工業が発達して、平民や兵士などの特権階級による民主政治が行われた時代です。また演劇や建築、物語、哲学、数学なども発達し、アリストテレス や ソクラテス 、ヘロドトスなど多くの学者を生み出しました。

紀元前4世紀ごろにはギリシア各地のポリスが統一され、マケドニアのアレクサンドロス大王によって、ギリシアは統一されエジプト、ペルシアなどオリエントまで領土を拡げました。

紀元前323年にアレクサンドロス大王が死ぬと帝国はプトレマイオス朝エジプト、セレウコス朝シリア、アンティゴノス朝マケドニアに分裂します。

文化面では、オリエントとギリシアの文化が融合しヘレニズム文化が生まれます。自然科学が発達し、幾何学の父と言われる数学者のユークリッドや、 物理学者・機械工学者のアルキメデスなどを輩出しました。

美術も発達しラオコオン、ミロのヴィーナス、サモトラケのニケ、瀕死のガリア人などの彫刻が各地で制作されました。

古代ギリシアの音楽とは?

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それでは、古代ギリシアの音楽とはどんなものだったんでしょうか。

まず、音楽という学問は

現在Musicと言われる言葉の語源は、詩・音楽・舞踊が統合したMousike(ムシケー:ギリシア語)です。そしてこの更なる語源はMousaというギリシア神話の芸術や学問を司る9人の女神を指します。

そしてこの語源があらわすように、古代ギリシアの音楽は詩・音楽・舞踊が融合した総合芸術でした。オペラの原型と言ってもいいもので、後に言語芸術と音楽芸術との総合としての楽劇を生み出したワーグナーが提唱した言葉に「総合芸術」があります。

また音楽は、祭事、生贄の儀式、スポーツ競技、祝宴などにおいて重要な役割を果たしていました。

ピタゴラスやプラトンと音楽

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ピタゴラスの定理で有名な数学者ピタゴラス(紀元前582年 - 紀元前496年)は「万物の根源は数なり」と唱えて、心地よく響く2つの異なる周波数の音(=協和音)は整数比で表すことができるとし、オクターヴ(2:1)、完全5度(3:2)、完全4度(4:3)などを発見します。

また天体の運行が人間の耳には聞こえない音を発しており、宇宙全体が一つの大きなハーモニーを奏でているとする「天球の音楽」論を打ち出しました。

哲学者として有名なプラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)は、音楽を魂の調和をもたらすものとして教育に取り入れました。理想国家の為政者を育てるために設立された「アカデメイア」でも算術、平面幾何学、立体幾何学、天文学と並んで音楽理論が必須科目でした。

これは、中世以降のリベラルアーツ(人間が生きて成長していくための実践的な知恵)として設定された、文法・修辞学・弁証法の3学と算術・幾何・音楽・天文学4学科の自由7科の元となっています。

プラトンが特に重視したのは音楽が持つ良いハーモニーとリズムが、人間を調和のとれた神々に近い存在に近づけるための理論としたからです。

古代ギリシアで使われた楽器は?

古代ギリシアでは具体的にどんな音楽が、どんな楽器で奏でられていたのか気になりますよね。そこで古代ギリシアを代表する2つの楽器をご紹介します。

イギリスのオックスフォード大学のアルマン・ダンゴール教授らによって再構成された古代ギリシアの楽譜を元にした演奏にも登場するのは、古代ギリシアで使われた2つの楽器、「アウロス」という2本笛と 「キタラ」 という竪琴です。

世界最古の楽譜として石碑に残された「セイキロスの墓碑銘」

1882年頃、トルコで鉄道工事中に発見された墓石に歌詞と旋律が刻まれているもので、紀元前100年頃の現在残されている最古の音楽です。この曲の演奏にも「キタラ」が使用されていますね。

古代ギリシアは滅び、古代ローマの時代へ

古代ギリシアは、実は一つの統一された国ではありませんでした。この記事でご紹介してきた古代ギリシアの音楽の歴史というのは、実は地中海エリアに千以上存在した都市国家(ポリス)のうち最も栄えたアテナイという都市国家で発展した文化です。

そして、このアテナイがペルシア戦争で確立したギリシア世界での盟主としての存在に反発する空気が、もう一つの代表的な都市国家スパルタとそれに加勢する諸ポリスの間で高まり、紀元前431年にアテナイを中心とする同盟(デロス同盟)とスパルタを中心とする同盟(ペロポネソス同盟)の間でペロポネソス戦争が起こります。

そして紀元前404年にはアテナイが降伏する戦争が起こる中、イタリア半島のローマや北方のマケドニアが国力を増強し、紀元前338年のカイロネイアの戦いでギリシア同盟がマケドニアに敗れ、さらにイタリア半島を統一した共和政ローマは前215~前148年の間に4度にわたるマケドニア戦争でマケドニアを制圧して前148年にギリシアがローマの属州になることで、古代ギリシアの時代は終結する。

まとめ:古代ギリシアという時代

今日は、ルネサンス期に憧れともいえる対象として復興を目指した古代ギリシア・ローマ時代がどんな時代だったかを振り返ってみました。

普通、クラシック音楽の歴史でルネサンス期が紹介される時は、「古代ギリシア・ローマ時代の音楽を復興しようという動き」という一文で片づけてしまうことが多いですが、古代ギリシア・ローマ時代がどんな時代だったのか知らないと理解も難しいですよね。

クラシック音楽の歴史とは直接かぶらないのでちょっと歴史の授業みたいになってしまいましたが、歴史の流れをマクロ的に把握するのもクラシック音楽を理解するのに役立つと思いますので次回の古代ローマとともにどうぞお付き合いお願いします。

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