4月
4月1日。雨。
僕は思いついたように赤崎先輩の家に向かう。じっとりとした湿気が顔に絡みつき、大粒の激しい雨が、頭上の傘にぶつかっては弾けた。普段から家に引きこもりがちな僕にとって、雨の日の外出など死力を尽くしてでも避けたい代物だ。しかし、今日だけは違う。この大雨をモノにしない手はない。
僕は赤崎先輩のアパートに着くなり無遠慮にインターホンを鳴らした。
「なんだよ」
そう言いながら、随分と気だるそうな顔をして赤崎先輩はドアを開ける。僕が来ていると分かっているのにチェーンをしたまま。
「取り敢えずこれ開けてもらって良いですか?」
僕がそう言うと、僅かにため息を吐いて一旦ドアを閉めた。ガチャガチャと音がして、チェーンロックが外される。開いたドアの中にするりと入りながら僕は真面目な顔で言った。
「先輩、昨晩からの雨で家の裏山が崩れてしまって。そういうわけで今日泊めてください。」
先輩は神妙な面持ちになり、僕に背を向けてベランダの窓と消えたテレビとを交互に見た。予想外の間の長さにドキドキとしながら返答を待つ。やがて先輩はゆっくりとこちらを振り返りながら、噛んで含めるように言った。
「なぁ、知ってるか。エイプリルフールに吐いた悪い嘘は、1年以内に本当になるらしい。」
僕は驚いて思わず声が大きくなる。
「えっ?!」
狼狽している僕を見た先輩は、急に表情を緩めて大きく笑った。
「嘘だよバカ。」
してやられた。完全に返り討ちにされてしまった。青二才が、とでも言いたげな顔をしてニヤニヤとこちらをみつめている。そうして先輩は一通り僕を小馬鹿にした後で、くるりと僕に背を向け部屋に戻っていく。僕もその後に続いた。なぜだか先輩の表情からは、あの神妙な面持ちが張り付いて離れていないような気がした。
部屋に入るなりどかと座椅子にあぐらをかいた先輩の表情を見て、やはり彼女は何かを考えていると確信する。
「先輩、」
話しかけようとする僕に、先輩はちょっと待て、という様に掌を突き出す。一瞬だけ先輩の視線が宙を舞った。その後、しっかりと僕の両眼を見据えて、先輩は静かに語り出した。
「言霊って知ってるか。」
「はい。あの発した言葉が現実になるとか、言葉に魂が宿るとか、そういうやつですよね。」
先輩はこくりと頷いて続ける。
「そうだ。例えばの話だが、本当に君の家の裏山が今後崩れたとする。これは私たちのどちらの言葉に宿った言霊だ?そもそも言霊は私たちの念や祈りが言葉に乗ってしまうことで生まれるのか?それとも言葉を依代にする外的な霊が無作為に人々の言葉を奪ってそれを実際のこととしてしまうのか?」
先輩は早口で話した。無意味としか思えない禅問答まがいの思考。おそらく僕の意見や答えを聞くつもりはないのだろう。
窓に打ち付ける雨音を聞きながら、僕たちは結局1日中言霊について考えていた。
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