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鳥籠の鷹

「刺激、っていうのは、やっぱり、僕らには、必要だと思います。なによりも。きっと僕らは、誰よりも繊細であるべきだ。」

それが佐倉の口癖だった。それがきっと佐倉にとっての世界そのものであり、ただひとつの真実なのだろう。この話をするとき、佐倉は真剣そのものである。真っ直ぐにこちらを見つめる両の目は、それぞれが固有の意思を持っているのかと思うほどに強く、真黒に澄んでいる。チラと彼の目を見るだけで、ハッキリとそれが分かってしまう。彼の目を見たものは誰一人それを忘れることが出来ないだろう。
きっと私は彼の目を見るべきなのだ。分かってはいるが、どうにも彼の目をこれ以上見つめ続けると、喰われてしまいそうな、消えてしまいそうな、そんな感覚に陥って、いつものように私は目を逸らす。目を逸らしたことへ、佐倉がなんらかの反応を示すことは一度もなかった。彼はおそらく無意識に他人を見つめていて、かつ目を合わせることそのものにはなんの価値も感じてはいない。

「そうですね。」
私が打てる相槌はせいぜいそのくらいのものだったし、彼はきっと相槌すらも必要としていないのだろう。
「自分はね、先月に、鳥籠のウタを書きまして、それから、もう、空なんです。からっぽです。ずっと、自分の中にありましたからね、書いていたものは。そういうのをね、私は全部外に出しまして、それで、鳥籠のウタをつくったわけです。」
 鳥籠のウタとは、彼がここで先月書いた一作の詩である。それは、人をじわじわと追い詰めていくような普段の彼の語り口からは想像もできないほどに優しく、優雅な詩であった。それは決して初めての出来事ではなく、彼は以前から時折詩を書いてはそれを私たちに提出していた。恐らく彼には絶対的な文学の才能がある。しかし、探せど探せど、作家活動をしていた形跡を見つけることは出来ないのだ。彼の口からも1度も聞いたことは無かった。その理由は、私たちの想像に難くないことなのかもしれない。そんな事を考えているうちにも、彼の口からはとめどなく言葉が溢れている。
「けれどもですね、ダメです。ええ、ひとつ書いて、全部、無くなるのは、いけない。私はまた次を溜めるまで、半年、いや、8ヶ月くらいはかかるのですけど、これは遅いんですよ。はい。その通りであります。あのお方なんかはね、短いものであれば3ヶ月でひとつでした。私はと言うとまた暫く耐えねばならない。」

止まらぬ彼の戯曲を他所に、私は真剣に彼の羽1本を大空へ渡す方法だけを考える。

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