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過去へ誘う、懐かしい人からの電話

金曜の夜、私のスマホの着信が鳴った。
発信主は兄だった。
めったなことで連絡なんて取りあうことのない兄妹だったし、わざわざ夜に電話をくれるなんて緊急事態に違いない。
両親になにかあったのか?
胸騒ぎを覚えつつ、あわてて電話に出た。

「もしもし、お兄ちゃん? どうしたん?」

電話の向こう側はガヤガヤと賑やかしく、笑い声も聞こえる。
ああ、飲み会の最中なんね(注:コロナ禍以前の話です)。
ホッとした。

「夜遅くに悪いね、なごみ」

普段は無口で下戸の兄が、めずらしく上機嫌だった。

「今代わるからさ、ちょっと待ってて」
「代わるって、誰に?」

酔った兄は私の言うことを聞かない。
話の途切れた向こう側の、酒場の熱気に耳をそばだてていると、誰かが兄のスマホを手にする気配がした。
私は姿勢を正す。

「もしもし、なごみちゃん? 俺、誰だかわかる?」
「大江さん! 久しぶりですね」
「えっ、俺ってすぐわかるんだ。うれしいわ~」

全く変わらない、豪気な声だった。
最後に話をしたのは、十年以上前になる。

大江さんは以前、一緒に仕事をしていた二つ年上の先輩だった。
今、兄と一緒に働いているとは聞いていた。
なんとなく大江さんが電話口に出るのではないかと、心のどこかで予感はしていた。

会社の飲み会の席で、兄と大江さんの間で私の話がちょこっと出たのかな。
特に私に用事があったわけではなく、あの頃のように他愛のない話をして電話を切り上げた。

そんな気まぐれな電話が、私を過去へと誘う。

***

私の母と大江さんのお母さんは、娘時代からの友人だった。
類は友を呼ぶというか、口が悪くて言葉も選ばずにズケズケと物を言うところなんてよく似ている。
たまに白熱しすぎて、ケンカ腰の口調になることもある。
こっちがハラハラしていると、とたんに大声で「アッハッハ」と二人して高笑いしているなんてよくあることだ。

大江さんの飾り気のない性格は、母親譲りなのかもしれない。
ガテン系で近寄りがたい雰囲気だったけれども、そう思わせる暇もないほど豪快に笑い、人懐っこい笑顔で距離を縮めてくる人だった。

***

入社したての頃、私は仕事でミスしてばかりしていて上司によく叱られた。
給湯室でカップを洗いながら落ち込んでいると、決まって大江さんが鼻歌まじりにやってくる。
「ミスなんて気にすんなよ」なんてわかりやすい慰めの言葉をかけるでもなく、他愛もない話で私を笑わせてくれた。

年上のくせに、私に悪ふざけをけしかけてくることもある。
「二次会はどこへ行こうか」と夜の繁華街を右へ左へと歩いていると、背後から私の胸をわしづかみして、奇声を上げながら走り抜けて行ったこともある。
突然の出来事で「ガキかよ。あほか」って呆れるどころか笑ってしまった。

空になったビール瓶が、そんじょそこらに転がっている。
「写真撮るよ~」
すっかり出来上がったみんなも、座敷に転がっている。
もみくちゃにされた私の頬に、大江さんがキスしてきたこともあった。
それが発覚したのは、出来上がった写真を見た時だった。

セクハラ?
うーん、別にイヤではなかった。
じゃあ、大江さんが好きだったの?
そう聞かれれば、確かに好きだった。
慕う気持ちもあった。
けれど、それは恋愛感情ではない。

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※ぼかし加工済みですが、画像の持ち出しはしないでね※

20~30代がメインで働いている若い会社でした。
休日にわざわざ集まって、一緒に海に行ったりスキー旅行に行ったり、楽しかった。
若い会社故、恋バナが飛び交っておりました。
社内恋愛&結婚 congratulation!
とにかく賑やかな会社でした。
My GLORY DAYSだったな。
私に浮いた話はなかったけれど。

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