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『負け』を『喜び』に変える言葉の凄さ

今年は小学校の運動会が中止になった。それは仕方のないことだが、運動が大好きな三男にとっては、とても残念で悔しいことだった。

それでも、体育参観日が設けられ、2学年ごとに2時間と区切って、保護者も観覧ができるミニ運動会が行われることになった。

「僕ね、クラスの白組リーダーになったから、お父さん絶対見にきてね!」

平日開催に懸念したのだろう。前日まで何度も確認するように、夫にそう言い続けた。

その度に夫は、「絶対行くから、1位とってこいよ!」と発破をかけていた。

「じゃあ、かけっこ1位だったらアイス買ってね」

こういうところが、ちゃっかりしている。夫がアイスぐらいお安いもんだという顔で頷くと、三男はニコニコしながら「明日が楽しみ!」と言って、いつもより早く寝た。


そして体育参観日当日。天気は汗ばむほどの快晴だった。

子供達の椅子も、場所を確保されたシートも、もちろん入場門も退場門もない。広々とした運動場を低学年の保護者が密にならない程度で取り囲んでいる。

そんな光景、去年は想像していなかった。

私は今年もお弁当を作り、人の間に割り込んで写真を撮り、声が枯れるまで声援を送る予定だった。

それが一年でこんなに変わるなんて、思ってもみなかった。

お弁当を作るために早起きしなくていいし、ベストポジションで写真も撮れる。マスクをしているので、苦手な保護者とも挨拶程度の会話で済む。

そう考えると悪いことばかりではないけれど、それでもやはりガランとした運動場を見ると、去年の運動会が懐かしいと感じた。

今年も普通の運動会が見たかったな、そう思い小さく溜め息を吐く。

しかし、子供達が校舎から出てくるのを待ちながら、今まで思っていた『普通の運動会』とはなんだったんだろうと考える。

数年前から組体操のピラミッドが廃止され、あちこちで流行った二分の一成人式はいつの間にか消滅していた。長男が小学校に入ってからたった数年で、行事のあり方も徐々に変わってきている。

ピラミッドも二分の一成人式もその時代の流れと共に変わっていったように、来年にはまた『普通の運動会』という概念が変わっているのかも知れない。

そんな事を考えていると、今年は変化の年であって、その変化に自分がついていけていないだけなんだなと思った。子供達の方が、よっぽど柔軟で逞しい。

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ミニ運動会は、徒競走と玉入れが行われた。

一年生の玉入れ以外、どちらも紅組が勝利した。三男自身は徒競走で1位になったものの、チームとしては負けてしまったので、小さなリーダーは悔しそうな顔をしている。

そして、あっという間に閉会式となり、結果発表が行われた。

もうみんな結果は分かっているので、ワクワク感もなくその時を待っていた。三男に至っては、興味がないとばかりに大欠伸をする始末。おいおい、ちゃんと聞けよ!と怒りビームを送るが届かない。

「本日の結果発表!」

先生が一際大きな声を出した。白組の子達は先生の顔をじっと見つめ、どうせ紅組でしょって顔をして聞いている。

そんな白組の子供達の方を向いて、先生は右手を大きく広げながら言った。

「準優勝、白組!!!」

その瞬間、保護者からはどっと笑いが起こり、子供達は「わー!!!」と歓声を上げた。

そうだ。確かに準優勝だ。

優勝はできなかったけど、準優勝したんだ。

白組の子達は「じゅんゆうしょうだー!」と喜び、中にはガッツポーズをしている子までいる。『準』がついても優勝できたことに、身体中で喜びを表現しているようだった。

言葉の力って凄い。

一瞬で『負け』を『喜び』に変える。

その瞬間を目の当たりにして、私の心は躍った。


「そして優勝は、、紅組!!!」

そう先生が発表すると、紅組の子達は「やったー!」と声をあげ、白組の子達は大きな拍手を送った。どの子もみんな眩しいくらいの笑顔だ。

そのキラキラの笑顔を見ながら、私はとても満たされた気持ちになった。

来年の運動会はどうなるか分からない。でも、どんな形であれ子供達の笑顔が見られれば幸せだ。

そう思うと、今から来年が楽しみになってきた。




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