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一本の樹の価値をどれだけ下げられるのか、という考え方

ワイナリーで仕事をしていると、たぶん、多くの人が意外に思うくらいには頻繁にブドウの樹がダメになる場面を目にします。目にする時の立場はいろいろで、当事者であったり、傍観者であったり。

ダメになる、と聞いてもなかなかピンとは来ないかもしれないので、ちょっと具体的に言えば、ブドウの樹がへし折れてしまったり、抜けてしまったり、枯れてしまったりする、ということです。原因は様々で、仕事のミスなどの人為的なものからブドウの樹にとって致命的な病気に感染してしまったりというような、人の手ではどうにも出来ない自然なものまであります。

ただそうはいっても、圧倒的に多いのがやはり仕事中の何らかの作業が原因となるもの。
人為的なミス、と聞くと、働いている人間の力量不足を疑いたくなるかもしれません。しかし実際のところはこの中にも避けられたミスと、避けようがなかったミスとがあって、少なくとも私がよく出会うのは後者、避けようがなかったミスによるものが多くなっています(我々はプロなので、避けられるミスは避けるのが当然、というのが前提となっていることも大きいです)。避けようがなかった時点でそれはミスではないような気もしますが、一応、大事なブドウの樹をへし折っているのでそこはきちんと責任を感じる、という意味で、ミス、といっています。

ブドウの樹がダメになる瞬間

避けようがないミスでブドウの樹がへし折れる、もしくは抜ける、といわれても想像がつかないかもしれないので簡単に例をあげてみると、トラクター作業中に起きるミスにこれが多いです。

例えば、ブドウの列の中を走行中にタイヤがスリップしてブドウの列に突っ込んでしまった場合。これは急斜面で作業をしているとどんなに気を付けていても起きるときは起きるので諦めるしかありません。回避する方法はトラクターで作業しない、というものしかありません。

例えば、トラクターに付けている作業用の装置のサイズがブドウの列の幅とほぼピッタリなのに、ブドウの列が尻つぼみで狭くなっている場合。これは平地であれば頑張ればバックで列から出られるかもしれませんが、急斜面などで作業をしているときには場所によっては列から出るために何本かの樹を犠牲にする覚悟を決めなければならなくなります。出来る限り、バックで出ますけれど。

装置の幅も列の間隔も分かっているだろ、と思われるかもしれませんが、数センチの世界で起きることなのでそうそうきっちり割り切れないのが実情です。またそうはいっても作業はしなければいけない、という事情もあります。危なそうなのでやりたくない、でもやらざるを得ない。で、やってみたら案の定だった、というパターンです。
このような事故は特に新しく導入したばかりの装置などでは起きやすいです。しかも起きたときには最悪、1本、2本の話ではきかなくなってきたりします。まさに悲劇のパターンです。

ちなみに私は今日、まさにこのパターンにハマりました。新しく導入されたトラクターの車幅が従来のものよりも3~4cm広く、しかも構造上、車体の横に装着する器材の設定幅が狭くなっていてギリギリ行けるかどうか、とは思っていたのです。同僚ともその話をしていたのですが、理屈上はギリギリ行けるはずだ、ということになり作業をしていたのです。実際ほとんどの列で本当にギリギリながらなんとか行けました。が、とある畑の中の1列だけ、ダメなところがありました。ものすごく頑張って頑張って、本当にミリ単位でトラクターを操作して、それでもどうしても避けられなかった樹が一本、その役目を終えました。

トラクターは馬力があるので、どちらの例でもブドウをひっかけてしまったが最後、簡単にへし折るか、引き抜くかしてしまいます。
そして冒頭に書いたとおり、こうした事故は意外に多いです。世の中の交通事故よりも確率的には頻繁に起きているのではないでしょうか。

せっかく植えて育てているブドウの樹をへし折ったり、無用に引き抜いたりしてダメにしてしまうことは当然避けるべきこと。そんな事故はないに越したことはありません。でも事故は起きてしまいます。今日の私のように。ではそのような悲劇が起きた結果、どのようなことが導かれるのでしょうか。

ブドウの樹の価値を測る単位

ドイツでの場合で単純計算をした場合、ブドウの樹を1本ダメにすればワインが1本造れなくなります。つまりワイン1本分のお金が入ってこなくなるのです。
ブドウの栽培家にとってブドウはわが子も同じ、という感傷的な面もないわけではありませんが、もっとリアルな話があります。お金です。ないものは売れないのだから当然です。そしてワイナリーはワインを売らなければお金は一文も入ってきません。まさに死活問題です。

年間30,000本生産しているワイナリーにとっての1本と、年間300本しか生産していないワイナリーにとっての1本は大きく意味が変わります。つまり、この時には否応なく起きてしまう事故のリスクの重さが全然違うわけです。

そうはいっても、それが避けられないミスであったにも関わらず、影響が大きいからといってミスをした作業者に責任をとれ、なんて糾弾をされてしまっては作業者は委縮してしまって働けなくなってしまいます。避けられなかったんだからそこは妥協して欲しい、そう思うのが働く立場。貴重な300本の内の1本をダメにしておいてふざけるな、というのが雇う立場。どちらの言い分も分かります。自分が働く立場で、時にはこの事故の当事者になっている身からすれば、働く立場の側の意見はより分かります。では、この両者の間を少しでも埋めるにはどうしたらいいのだろう、と考えたときに思ったのが、植えられているブドウの樹1本あたりの価値を下げることなのかな、と思ったのでその話を植栽密度、という観点から見ていきたいと思います

ブドウの樹一本の価値とはどの程度なのか

先程、ドイツの例としてブドウの樹を1本ダメにするとワイン1本がダメになる、という話をしました。まずはこの点を解説していくことにしましょう。

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ワイン用ブドウ栽培とワイン醸造の専門家。 ガイゼンハイム大卒/ドイツで800年続くワイナリーの中心メンバー。元ワイン無関係の会社員で決断力のある方向音痴。醸造用葡萄の栽培醸造エンジニアの視点から、ワインにまつわるブログ(https://nagiswine.com)も書いてます。

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