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【短編小説】雪の旅

 ぼくは高い高い空の上の雲の中で生まれた。
 小さな小さな水の粒として。
 ふわふわと漂い色んな場所を旅しながら、地上の様子を眺めて過ごした。
 やがてぼくには夢ができた。
 雪になってあの地上に降り立つんだ。

 たくさんの仲間たちと日々の研鑽に励んだ。
 雪になるのは大変だ。
 油断すると雪になる前に雨として落ちていってしまう。
 実際、仲間たちの多くは雨になり雲を去っていった。
 雪になることを決意し励まし合った仲間の中には、訓練の厳しさに耐え切れずドロップアウトする者もいた。
 それでもぼくは雪になることを諦めなかった。

 努力が認められ、ある日ぼくはとうとう雪として旅立つことが許された。
 真っ白くふわふわの姿になった自分自身を誇らしく思った。
 遥か下に見える地上の世界めがけ、たくさんの雪の仲間たちと共にふわっと降下を始めた。

 せっかく雪になっても、力不足で途中で雨に変化してしまう者もいた。
「俺はここまでのようだ。お前は頑張れよ」
 そんな励ましの言葉を残し、ぼくより速いスピードで地上に落ちていく仲間を見送った。
 そのたびにぼくは負けるもんかと決意を固くした。

 とうとう地上が近づいてきた。
 森の木々や、きれいに整って並ぶ家々がはっきり見えてきた。
 いよいよ地上だ。
 夢が叶った。ぼくは雪として降ることに成功したんだ。
 地上に降り立ったら何をしようかな。
 そうだ、雪だるまになりたいな。かまくらになるのも楽しそうだな。
 これから待ち受ける輝かしい未来に期待が高まる。

 ぼくが落ちる先に、小さな子どもの姿が見えた。
 白い地面に足跡をつけながら歩いている。
 やがてこちらを見上げた。キラキラした目でぼくのほうを見ている。
 かわいいなあ。
 雪が降って嬉しいのかな?
 ぼくと一緒にたくさん遊んでね。
 これからよろしくね!
 そう思っていると、小さな子どもは上を向いたまま、
 あーん
 と大きく口を開けた。
 歯が、舌が、みるみる近づいてくる。
 あれ?これはもしかして……。

 ぼくはそのあたたかい口の中で、一瞬で溶けて水になった。

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