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短編小説「メルボルンカフェ店長の人間観察」


オーストラリア・メルボルンの10月はまだ気候が不安定だ。
北半球での春にあたる季節なので、大陸特有で昼間は暑いが朝と夜は寒い。
いつでも寒さ対策をしておかなければ、足元から這い上がってくる寒さで凍えてしまう。

今日は平日で、店長として働くカフェは決して混雑していない。
カフェ、と言ってもショッピングモールの一階の小さなスペースで、テイクアウト専門の店だ。通勤途中でコーヒーを買い、目の前のトラムに乗り込んでいくメルボルン市民の後ろ姿を、毎日見ている。
ここは「ドッグラン」と言って、目の前には港があり、トラムの終点でもあり、オフィス、ホテル街でもある。
ここの住人たちは、さらに中心街へ向かうため無料のトラムに乗って通勤している。それでもコロナによって通勤客の数は減っているが、代わりに増えたのが観光客だ。
国内以外に、ニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパ、そしてアジアから次々に観光客がやってくる。特に春から夏にかけては、メルボルンが一番輝く季節であることを知っているのだろう。時にこの店にも行列ができることもあるくらいだ。

僕自身が観光で訪れたメルボルンに魅せられ、マレーシアから留学のためにやってきた。そもそも英語には何の問題もなかったので、アルバイトはすぐに見つかった。この店で働いているうちに、オーナーから店長をやらないか、と誘われた。
英語以外にマレー語、中国語、そして日本語も少しできるスキルが、観光が復活するタイミングと重なったのだろう。ラッキーだった。正社員として雇われるのであれば、ビザも出るからだ。
地元の若い人たちは、カフェの店長と言う仕事はあまりやりたがらないらしい。まだ27歳の僕にもその気持ちはわかる。
しかし僕は、そもそも一つの国にじっといるのは無理だな、と10代の頃から思っていた。母は中国人、父がマレー人で、マレーシアで生まれた、と言うだけでも、世界中どこに住んでも大丈夫な気がしている。両親もその点理解があり、「メルボルンに留学する」と言った時も大賛成だった。

賃金と物価が上がっているメルボルンで稼いだお金で、安い飛行機を使って旅行にもたくさん行った。
日本にも行ったことがある。それは、アニメの影響がとても大きい。日本語を習ったことはないが、アニメを見ているうちにだんだんと日本語も理解できるようになり、日本滞在中にシェアハウスで出会った日本人とも、ある程度日本語で話せるくらいにまで上達していた。

今日は昨日の雨が上がり、日差しが真っ直ぐに突き刺さってくる。
オーストラリアはオゾン層が薄くなっているらしく、日差しも紫外線も強い。

開店して少し経った頃、一人の女性がやってきた。
中年、50代くらいだと思った。
アジア系だと言うことはすぐにわかる。
黒髪、茶色の目、白人より少し白さが落ちる肌があるから。
アジア系の中でも、マレーシアやフィリピンではないのはその肌の色だけではなく、一人で
やってきたからだ。
考えられるのは、多分日本人、だと思った。

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