見出し画像

嫉妬の奥のコントロール


嫉妬は字面をみてもなんか
もちゃねちゃとしてるなー


嫉妬は誰かを妬ましく思うこと

もしくは誰かに執着すること
ストーカーになっちゃうよ
怖ーいて


誰かに嫉妬をすることは
あなたの部分であり
そうなりたい
そうしたいて思ってるんですよ
言われて
ふーんて思った最初

そして
アクセスリーディングでは
嫉妬のポジティブ面を
感謝としている

ある方は
身体が弱いと動きが
制限されることが多くて
だからこそ学んだり
他の人にも身体のことを
聞かれたり教えることが
できるようになりました
お話しされた時

それはすごい
そうなんだと
他人の体験で納得していた
時期もある。


私が関わったところにて
3年で
見事に変化を遂げた人たちは
コツコツと向かいあい
コツコツと成果をあげている

それに気づいた時
何もできてない私に
呆然としてた年末

もちろん嫉妬の嵐。

そして年明け
まず1つ目は比較して
私は自分を下げている
そして自分否定と
そうじゃないと他人否定も
裏でやってる
責めたり批判してる私に
どっちでも
愛してると伝えたら
緩んだ。

そこにはきっと嫌われる
居なくていいて
言われるのが怖くて
防衛してる自分がいた。

つまり最初は疑いだった。
偏りができてるから
どんなに後で肯定しても
嘘っぽいて感じてる。

車のブレーキとアクセルを
同時に踏んで進まないて
決めたのは私なのに
なにかのせいにしてる。
勝手に不安を煽る
脳内劇場
自作自演のドラマだったのか。

自分の中から
最初に
出てきた気持ちは
素直に受け取ってみようと
し始めた
そこにジャッジしない

さらに
他人の意識に乗っかる
他人がしてることが
できるはずの私が
無自覚にもいたことに気づいた。

かなり横暴な私だった。

他者への極端な
依存から
自動的に
他者の意識に合わせるから
見返りに
私もそこに
連れていけて思ってる。

どこか一緒であることが必要
相手をコントロールしたい欲求
が含まれて
好きだから縛りたい、
いや好きだから
良いでしょうて
変な思い込みもそこにあった。

それに、気づいたら

当然ながら
誰も自分の目的や
意識があって当たり前だね


好きだけど
手放すて
こんな感じなのかなと
思ったりした。

身体を動かすことに
気持ちが向くようになった。


自分や
他者との関係性でてくるものは
ネガティブもポジティブも
どっちもみないと片手落ち


わたしとあなたで
一つの愛だから

自分だけで
見えないふりして
わかったふり
できるふりしても
無理なのねと実感中
独りよがりになるからね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?