閉鎖病棟日記「女性ホルモンを打ちに行く。エクステを付けに行く」「継続しているカウンセリングを受ける」

 今日は女性ホルモンを打ちにジェンダークリニックに行った。片道一時間半を超える道をバス電車徒歩を駆使して行く。
 毎回定期的に通っては無断でサボって行かなくなってしまうその病院にまた顔を出した。行かなくなる理由は面倒臭さだったり、ホルモンが通販で買えることだったり、待合室にいる美女や擬態の上手い人を見るのが辛いことだったり、受付に話す患者のその作られた声が苦手だったり、待合室にいる女装したおじさんが僕に見えたり……様々だ。
 今日だって笑われているのだろうという被害妄想を堪えながら、なんとかゲロも吐かずに診察室に辿り着いた。診察室では久しぶりの受診となった理由を躁鬱のせいにして乗り切る。その後、採血ののちホルモン注射。久しぶりの注射は痛い。けど僕をそこまでは変えはしないだろう。

 帰り道に初恋の女の子に似てる患者に出くわす。彼女はバス停がどこにあるのかで迷っていた。僕が並ぶ病院までのバスの列の、前に並んでいたおじさんに話しかけているのを発見した。
 そこから二人、同じバスに乗り、かと言って話す内容もなく、『卒業』のラストシーンと重ねるのは気持ちが入りすぎているかもなと思った。

 病棟に帰れば新たな患者がいて、その人もやっぱり苦手だ。体育系で、男らしさを顕示している感じが怖い。それに憂鬱ではなさそうだ。社交的で、憂鬱でも狂人でもなさそうだ。おそらく他害で措置入院なのだろう。入院患者のタイプは大別できる。そのくらい病歴は長い。
 おそらく人をぶん殴って入れられたであろう彼は、嬉しそうに傷害の慰謝料を知ってるとアピールして、中学生女子がエーッと声を上げる。なぜかそれが僕には下卑たものに見える。

 次の日、僕は初恋の女の子に似てる患者に勧められたエクステを付けに行く。鏡の中の髪の長くなった自分は、少しだけ自信があるような顔に見えた。



 カウンセリングがある。以下カウンセラーにした話(太字はカウンセラー)(もちろんこれは全てでも音声の書き起こしでもないから要約)

……入院しましたけど、入院する前に比べてどうですか?
 入院したことによって少しは憂鬱から離れて気分も明晰になってきたかなって感じですね

……憂鬱だと気分がぼんやりすると前仰られてましたけど、それは風邪薬とかお酒を飲んでないからって理由ですか?
 憂鬱って終わるともう忘れちゃうので、あまり比較はできないですね。それに最近は困ったら酒を飲むって生活をしてたので。でも憂鬱だと脳が動かない感覚があるんですよ

……今はぼんやりしていないのは何か理由がありますか?
 単純にお酒とか風邪薬を飲まなくなったっていうのも大きいですし、朝起きて夜寝て……って生活をしてるってのもあると思います。


しばらく最近の調子について話す


 憂鬱を忘れたくないんですよ。ずっと直視し続けるのもキツいと思うんですけど、夜めちゃくちゃ死にたくて、朝ケロッとしてる日があるとするじゃないですか。そうすると、夜の自分を軽視してる感覚があるんですよ。罪悪感というか。だから形に残るリストカット……まあ久しぶりにしましたけど……という手段に出たのかもしれないですね。

……形に残しておこうっていう?
 まあそういうのもあると思うんですよ。でも、病人として見られたいからって理由があるのかもしれないですね。僕にはまあ様々な理由で……まあ言葉は悪いですけど、偽物のキチガイをやっている感覚があるんですよ。人は信用できないから、僕の憂鬱を軽視してくるだろうっていう。

……病気の症状だからお酒飲んだりリストカットしてると?
 まあそれはわからないですよ。例えばリストカットが有名になる前かリストカットなんて情報が入らない人ら……どっちか忘れましたけど(笑)、憂鬱な人らが何も知らないのにリストカットを選びとることがあったって本で読みましたし。それはパラレルワールドの話になってくるじゃないですか(笑)リストカットやオーバードーズの情報がなくてもリストカットしてたかどうかっていう。

 先程、「自分は偽物のキチガイをやっている感覚がある」ということを言いましたけど、他人への不信感があるんですよ。例えば言葉なんて「つらい」って言ってもそいつが本当につらいかなんてわからないですよ。僕は言葉だと自分が他人に軽視される自信があるんです。だから覚悟とかを見せるためにリストカットしなきゃいけないっていう。
 例えば言葉って、信用できないと信用できるの量によって選び取る言葉が違うじゃないですか。僕はなるべく指す範囲が狭い言葉を使うし、そのせいでこういう言葉遣いをしてしまいますけど、それは先生が信用できないからなんですよ。でもこの言葉は理解してもらえるだろうって言葉を使ってる。例えばグラフで、Aという言葉が指す範囲とBという言葉が指す範囲と重なる範囲があるじゃないですか? それならAとBの重なる範囲が狭ければ狭いほど自分の気持ちの点に近いところだけ話せるじゃないですか。
 僕は難しい言葉を使うあまりこういう喋り方をするし、でもこんな言葉を使いたくないんですよ。本当は「つらい」と言いたいし、それで本当の気持ちを察してもらいたい。それは単に幼児性で片付けられることだと思いますけど、人が信用できないから難しい……あまり会話で使わない言葉を先生に使ってるんです。もちろん信用できないわけじゃないですよ。信用できるから話してるわけですし。

……本当は「つらい」という言葉で理解してもらいたい?
 単に僕は幼児性があるんですよ。赤子は泣いて、「うんこしてるから不快で泣いてるんだ」とか「驚いてるから泣いてるんだ」とわかってもらいたい……。

 関係ない話をしていいですか? 最近読んだ本……と言っても途中ですし、理解できてないところもあるんですけど、最近読んだ本の話をします。
 その本は映画文化の発達について話してて、最初は無声映画だったじゃないですか? それが声のある映画、さらにテレビ、最近はPVとかもある。それに対抗してレコードとかもある。
 赤子は最初に聴覚を獲得するらしいんです。視覚は外出てから。その本ではそれを理由に、レコードは幼児性の現れだと。それにホームシアターは胎内の再現で幼児性だと。
 対して演劇というのは参加と一回性と社交の場で、まあつまり大人の場だと。
 二十世紀以降の我々はレコードや映画で繰り返し同じものを体験してるわけじゃないですか……やばいなこれ(笑)どんどん本題からずれていく(笑)ただ話したいことを話してるのはオタクすぎて嫌になりますね。
 まあ、僕は幼児性があるんですよ。だからライブは行かないしレコードを聴く。映画も観る。

……(何を言いたいのか理解をできないという顔)
 そうだ。その本では二十世紀以降、アメリカやソ連といった王も貴族も廃止した国が出てきて、通過儀礼がなくなったって言うんですよ。『一回生き死にのところまで行ったから大人です』みたいなのがなくなったと。だから1980年代の日本では「大人になれない自分と向き合おう」という言論が流行ったと。僕は完全に大人になりたいか、僕は完全に幼児になりたいんですよ。まあ、生き死にのところは何回も行ってますけど(笑)でもそれは今の社会では無理じゃないですか。どっちかになれたら楽と思うんだけど……でもそれは『男になれ』的なヘミングウェイ的な感覚で、それを成し遂げようとしたら自殺まで行くしかない。
 言葉は大人の分野だと思うんですよ。行動は幼児の分野で。だからまあ自殺も完全な幼児性だと思うんですけど。行動で理解してもらいたいっていうのは幼児じゃないですか。あーよかった(笑)本題になんとか戻れた(笑)

……(完全に理解できないという顔)
 やばいな。泣きそうだ。自分が完全に意味不明理論言ってる狂人すぎて……。
 僕はとにかく、幼児の欲求もマキシマムだし、大人の欲求もマキシマムで、その間で悩んでるんですよ。しかもレコードや映画みたいな、大人が幼児性を獲得するというずるい……中間のやり方も大好きで、だから楽になれなくて死にたいんですよ。劇にも行きたいし、レコードも聴きたいし、言葉じゃなくても理解してもらいたい。

……あー(苦笑)……たなかさんの言ってる言はわかる時もあればわからない時もあるんですよね。あまりに理論立てたり例えを用いすぎて、逆に理解できないというか。単純に「つらい」と言うのが理解されないというのはわかるんですけど……。そういう理論や例えを除いてたなかさんの本当の気持ちを知りたいというか。
 (やはり伝わらなかったという感情で半泣きになりながら)いや、でもそういうものじゃないですか? 例えば「椅子」という言葉があるじゃないですか。それは四本足の物もあれば三本足の物もある。人が座れるのが椅子なのかというとミニチュアの椅子も椅子だし物を置いても畳んでるパイプ椅子も椅子でしょう? 辞書を引けば適切な答えが出てくるのかというとそういう物でもない。つまり、人間は言葉に仮託する時点で脳内の概念AをA'にしてるんです。それを批判するなら言葉使うのやめます? カウンセリングっていうのは言葉や例えを使って、相手に伝える作業ですよ。

……そうですね。すみません。
 でも信用できたらもっと簡単な言葉を使えると思うんですよ。僕は先に言った通り、わかってもらえないという自信もあるからこういう理論立てた話し方になるわけです。例えば言葉が数式だったら別ですよ? 数式は絶対この式だったらこうなるというルールの元やってるわけじゃないですか。
 行動ってのは数式に近いのかもしれない。行動すれば精神科学によって類型に分類されて、簡単に本当の類型までは行けるじゃないですか。だからリストカットしてるのかもしれない。わかります?
 それに先生は信用できる部分もあるんですよ。だからこんな話をしているし、他の人だったらこんな話しないですよ(笑)
 例えば恋人とかそれになりそうな人に、「行動の幼児性がさ〜」みたいなことを言ってたらキチガイじゃないですか(笑)

 かといって脳が全てを決めるのも嫌なんですよ。脳波測って全てを理解してもらえるならそれは完全な幼児性じゃないですか。でも、医者すら信用できないし、自分は偽物のキチガイをやってる自負があるから、きっと脳で全てをわかるようになったら福祉とかからこぼれ落ちて「お前は病人じゃないから帰れ」って言われる自信がある。だから言葉を使って伝えるしかない……人を信用できないから完璧な幼児にも完璧な大人にもなれなくて中間でずるくやっている……ダメな大人だ僕は……死にたい……

時間が来たので終了

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