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大藪裁判第5回公判リポート

大藪大麻裁判の第5回公判が開廷された


令和4年11月8日
令和3年から始まった大藪大麻裁判の第5回公判が開廷された。
当日は快晴。この一連の公判は、多少の雨模様もあったが、今のところすべて晴れ。おかげ様で気分よく前橋へと向かう。
今回の公判は、押収された植物片を「大麻である」とした認定人である科捜研の滑川氏を証人として尋問する。
この公判は8月31日に予定されていたが、鑑定人の関係者がコロナに感染したため、弁護人が開示を求めている証拠の整理などが遅れるとの連絡が検察官からがあり、11月8日に延期された。
尋問するのは、同弁護団として参加している、石塚伸一弁護士だ。
石塚弁護士は、龍谷大学法学部の教授であり、数々の刑事事件も担当している。和歌山ヒ素カレー事件や、光市母子殺人事件などの難しい事件を担当した。薬物依存問題などへアプローチしているATA-netの代表でもあり、大麻問題に大変詳しい人物である。
今回の公判では、大藪さんから押収した植物片がどのようなプロセスで「大麻」と認定されたかについて、しっかりと確認する。そのため、今回の公判のための準備に数か月間を要した。そしていよいよ証人尋問を迎える。

第3回、第4回証人尋問の概要


第3回公判では、路肩に停車して仮眠をとっていた大藪氏に対して職務質問をした塚田警部補が、第4回公判では職務質問中に加わった窪警部補が、証人として呼ばれた。窪警部補は押収した植物片の簡易検査を行い、現場で逮捕を行った警官である。
・    どのような疑いにより、職務質問をしたのか?
・    そこで大藪さんはどのような状況だったのか?
・    どこの段階で、道交法容疑から大麻取締法容疑に切り替わったのか?
・    植物片を「大麻」とした簡易検査はどのように行われたのか?
・    なぜ、任意ではなく現場で逮捕をしたのか?

この二つの公判では主に上記について、弁護側から両警部補へ反対尋問を行った。
そして今回は、植物片が大麻であると鑑定した鑑定人への証人尋問が行われるのである。
これら3名はすべて、検察側からの証人である。検察側は、押収した証拠品の写真や取り調べ記録などの書類を公判提出記録として法廷へ提出しており、3名への証人尋問によって、その正当性を法廷で証明することが目的だ。それに対して弁護側は、それぞれの証人に反対尋問を行い、行為の矛盾点や誤りを指摘することで、証拠の信憑性を否定していく。
第一回公判で、被告人の大藪氏は、罪状認否を保留した。彼は、大麻取締法そのものに疑問を抱いたからだ。第2回公判で弁護団は、職務質問自体が『警察官職務執行法 第二条』に抵触しているのではないかと追及した。

さらに今回は、大麻であると鑑定をした群馬県警察本部科学捜査研究所(科捜研)の担当者である滑川鑑定人に対して、どのような検査方法と手順によって大麻と鑑定したのかを聞いていく。そのため、弁護人は事前資料として、検出したデータなどの提出を求めた。
弁護団は、何回も会議を行い、準備を進めていった。

いよいよ、第5回公判がはじまった


傍聴席55席に対して、傍聴人は30数名。今回は全員が傍聴できた。
法廷では前回同様、傍聴席から向かって左側には黒澤検察官。右側には、奥から丸井主任弁護士、石塚弁護士、大藪氏の順に弁護士用のテーブルに座っている。
開廷後、双方の提出書類の確認などが行われる。
その後、証人である滑川証人が入廷。橋本裁判官は、静かな口調で証言にあたっての注意事項を説明し、滑川証人は宣誓書を朗読する。
40代だろうか。紺色のスーツを着た短髪の男性だ。実直そうな印象を受ける。
宣誓が終わり、証人が証言台の椅子に着席すると、検察側からの証人尋問が始まった。
白いジャケットにグレーのパンツをはいた黒澤検察官が立ち上がり、その場で尋問を始めた。
証人の経歴や過去の鑑定数などを質疑応答していく。証人の大麻の鑑定経験は、過去に数千件から一万件くらいだという。
その後、検察官の質問に沿って、証人は今回行った検査内容について時間軸を追って説明していく。検察官と証人のやり取りは滑らかで、事前に読み合わせを行っていることが伺える。
時折、検察官が証人に鑑定書類の写真やグラフを示し質問する際には、石塚弁護士が証言台に歩み寄り、示された証拠書類を覗き込みながら、二人のやり取りに耳を傾けている。
押収された植物片の入ったパケ(小袋)は二つあり、8月8日と11日の二日に分けて鑑定した。その結果、押収植物片は『大麻』であると鑑定された。
検察官は8日の鑑定結果について詳細に鑑定人に質問したが、11日の押収物については、内容が同様のために割愛を申し出た。しかし、石塚弁護士の要望により、11日の押収物についても、その鑑定方法とグラフデータを一つずつ説明していった。
「終わります」
黒澤検察官はそういうと、着席した。

弁護側による反対尋問


そして次は、弁護側による反対尋問である。
丸井主任弁護士が立ち上がり、証人に向かっていった。

丸井主任弁護士「この鑑定書には大麻草かどうか、その種類についての欄に何も書かれていませんね?」
滑川証人「この欄には『大麻』であるか『加工品であるか』を記入する場所なので記入していません」
丸井主任弁護士「カンナビス・サティバ・エルと書かなかったのはなぜですか?」
滑川証人「私は法律の専門家でも植物学の専門家でもありませんが、昭和57年の最高裁の判例により、カンナビス・サティバ・エルとは、カンナビス属のすべての植物が含まれるとされています。また、大麻は環境によって変化しやすいため、現在ではすべてのカンナビスを『カンナビス・サティバ・エル』であるとしています」

証人は、丸井弁護士の質問に対して、暗記した文書を思い出し、確かめるように慎重に発言していく。この質問は想定内だったのだろう。

丸井主任弁護士「どうも私の質問と食い違うのだけど、あなた、理解できてますか?」
丸井弁護士が追及していく。すると、裁判官が割って入った。
裁判官「つまり、最高裁判所や厚労省の考え方に従うと、そういうことですね?」
滑川証人「そうです」
証人は、裁判官のことばにうなずきながらそう答えた。

丸井弁護士は続けていった。
丸井主任弁護士「それが大麻取締法の大麻であるならば、『カンナビス・サティバ・エル』と書けばいいじゃないですか。書けない理由はあるのですか?」
証人が沈黙していると、裁判官がいった。
裁判官「書けない理由はありませんが、最高裁の判例により、大麻草はカンナビス・サティバ・エルということになっているので、その考え方に従って書いているということですね?」
滑川鑑定人は、その問いにうなずいた。

つまり、すべての大麻はカンナビス・サティバ・エルという種類の大麻であるという解釈は、科学的な根拠によるものではないということである。これはどういうことであろう。法律には規制される大麻は「カンナビス・サティバ・エル」と記載されている。しかし、その科学的な根拠なしに、裁判所の判例によってすべてが取り締まられるのであれば、法律自体を改める必要があるのではないだろうか。この法律によって、人生が大きく変わってしまうのだから。

丸井主任弁護士「どうなんですかね?」
丸井弁護士が裁判官に話しかけた。
裁判官「私の意見を伝える訳ではないので」
裁判官がそう答えると、法廷内に小さな笑いが起こった。丸井弁護士と橋本裁判官は9年前に、東京地裁で1年以上かけて大麻裁判を行った仲である。お互い、どこかに親しみを持っているように感じる。しかし双方、したたかである。相手の出方を注意深く観察しているようだ。

丸井弁護士は、次の質問へと移った。
丸井主任弁護士「THCの量はどれくらいでしたか?」
滑川証人「THCの含有量は確認していません」
鑑定結果に記載されているのは、大麻草の総グラム数と、その植物片が「大麻」であるとする一文だけだった。しかし、鑑定によりTHCが検出されたのであれば、鑑定結果にTHCの量と大麻草の種類も書くべきだと丸井弁護士は主張した。

丸井主任弁護士「大麻草が人体にどのような作用があるのかは調べていますか?」
滑川証人「薬理作用は専門外ですので。そのような鑑定事項があったことはありません」
丸井弁護士は、大麻取締法の一文一句を確認することで、現状の大麻取締法の矛盾点を指摘していった。

丸井主任弁護士「私からは以上です」
丸井弁護士はそういうと着席した。続いて、石塚弁護士が立ち上がった。

石塚弁護士による反対尋問~大麻鑑定は適正に行われたのか?


「弁護人の石塚です」
石塚弁護士は、やわらかい声でそう告げると、尋問をはじめた。

石塚弁護士「ガスクロマトグラフィーの波形について記録したものはありますか?」
滑川証人「検査記録はあります」
石塚弁護士「検査記録はある?検察官に、何か書かれた資料はあるか聞いたが…ある?」
滑川証人「はい」

弁護側から検察に、検査を記録した『実験野帳』の提出を事前に求めたが提出されなかった。しかし証人により、その記録の存在が明らかになった。

石塚弁護士「今までに、大麻草ではないという鑑定はしたことはありますか?」
滑川証人「あります」
石塚弁護士「何件くらいありますか?」
滑川証人「覚えていません」
石塚弁護士「よくあることですか?」
滑川証人「私の経験ではありません」
石塚弁護士「まれにはある?」
滑川証人「はい」
石塚弁護士「1回とかではありませんか?」
滑川証人「覚えていません」
石塚弁護士「経験はある?」
滑川証人「はい」
石塚弁護士「件数的には多いですか?少ないですか?」
滑川証人「まれなことだと思います」
石塚弁護士「分かりました」

「大麻ではない」ものも知らなければ、本物の「大麻」はわからない。石塚弁護士は、鑑定人の過去の経験や実験方法についての情報を、様々な角度の質問によって聞き出そうとしていく。

次に石塚弁護士は、滑川証人に証拠として提出された実験記録を覗き込みながら、それぞれのグラフが示すものについての説明を求めた。
写真やグラフなどが、カメラによって裁判官、検察、弁護人の席に設置してあるモニターで確認することができる。
顕微鏡で拡大された押収植物片の写真映し出された。石塚弁護士は、証言台の椅子に座る滑川証人の左側に立つそして、滑川鑑定人は、押収植物片の写真の剛毛部分を丸く囲んで丁寧に説明していく。
続いて石塚弁護士は、『ガスクロマトグラフィー』と『薄層クロマトグラフィー』の検査データのどの波形や変色部分がTHCやCBD、CBNを示しているのかについての説明を求めた。
データについての質問が終わり、次の質問に移る。

検出されたデータはどのような手順で検査が行われたのか?
その手順には落ち度はなかったのか?
どのような方法で検査が行われているのか?
検査方法については、全国で同じ方法が行われているだろうが、法廷で検査方法について詳らかにされる裁判は、僕の記憶の中ではいままでない。

「大麻」の標準標本は、科捜研にあるのか?


大麻に限らず、ある物質を特定する場合、特定する物質そのものと比較して判定する。つまり、押収植物片が『大麻』であると同定するには、本物の大麻と比較する必要がある。
今回のグラフを見ると、植物片の波形と比較して「STD」と記載されているデータがあった。
石塚弁護士が滑川証人に質問する

石塚弁護士「このSTDとは、標準標本のことですか?」
滑川証人「そうです」
石塚弁護士「標準標本とはどのようなものですか?」
滑川証人「別々に入手した市販のTHC,CBD,CBNの試薬をエタノールに混ぜた液体を使用しています」
石塚弁護士「市販の試薬を混ぜて?その試薬は大麻から抽出したものではない?」
滑川証人「そうです」

驚くべきことに、大麻であると鑑定するための比較対象の標準標本は、大麻草ではなく市販のカンナビノイドの試薬をエタノールに混ぜた液体であるという。果たしてこれは適正なものなのだろうか。

検査時間が違うのはなぜか?


今回は、パケ(ビニールの小袋)に入った植物片が2つ押収された。その後、それぞれのパケは8月8日と11日に分けて行われた。提出されたデータには、検査した日時が秒単位で記載されている。

①    2つの検査時間が違うのはなぜか?
②    なぜ連続して検査を行わなかったのか?

8月8日の8時53分にSTDを測定したが、押収品は約4時間後の12時41分に測定している。一方、11日には46分間で鑑定を行っている。この約4時間は何をしていたのか。正しい作業を行っていたのか。検査の一つであるガスクロマトグラフィーの検査機は、温度変化などにより敏感に反応する。二つの検体を同日に行わず、4時間も検査時間をかけることで、正確な測定ができていたのか。
8日と11日のSTDのデータが酷似している。同一データではないかという疑いを感じる。当初、検察側からは、検査に関する具体的なデータは提出されなかったが、弁護側からの請求によって開示された。石塚弁護士は、それをもとに正しい手順で行われているかを聞き出していった。

石塚弁護士は、その間にどのような作業が行われたのかを確認する。さらに、検査方法についても証人に質問した。すると、下記のことが分かった。

ガスクロマトグラフィーの検査手順について
①    酢酸エチルで測定器を洗い流し、何も検出されないことを確認する
②    標準品を測定器にいれて、THC,CBD,CBNが正常に検出されるかを測定する
③    酢酸エチルで測定器を洗い流し、何も検出されないことを確認する
④    押収した植物片を検査機に入れて測定する

大麻であると判定するためには、下記の3つを鑑定する。
①    剛毛の有無を顕微鏡で確認する。
②    ガスクロマトグラフィーでTHC,CBD,CBNの存在を確認する。
③    薄層クロマトグラフィーでTHC,CBD,CBNの質量を確認する。

石塚弁護士「ガスクロマトグラフィーは、一般的にどのくらいの時間がかかるのですか?」
滑川証人「約20分かかります。STDで20分、その後酢酸エチルで20分、その後、押収品の検査を行います」
石塚弁護士「STDの検査値と押収した植物片の波形が著しく違うのは、どうしてですか?」
滑川証人「押収品は個体によって成分量が違います。標準品は、それぞれ代表的な成分が入っています。その成分が検出されるかを測定します」

薄層クロマトのデータを比較すると、STDではTHC,CBD,CBNがはっきりと検出されているが、押収品のデータには、THC以外はほとんど検出されていない。
「大麻と同定するためには、この三つの成分が検出されなければ大麻と鑑定できないのか?」
石塚弁護士の問いに滑川鑑定人は、
「三つの成分が全て出なくても大麻と同定する場合がある」
と証言した。
THCとCBD、THCとCBNが検出されれば大麻と同定するが、CBDとCBNだけでも大麻と同定する場合があるという。しかし、そのような製品は一般に販売されており、それは大麻ではない。THCが検出されるか否かで、大麻取締法と麻薬向精神薬取締法の分水嶺となるが、THCが確認されなくても大麻であると判断するというのか。

現在の大麻取締法は、茎種を除く部位を規制しているが、現実的にはTHCを含むカンナビノイドの規制を行っている。そのため、鑑定方法についてもTHC濃度や量などについての正確な測定ではなく、それが含まれているか否かという簡単な鑑定によって、大麻であると鑑定しているようだ。
しかし法改正後にTHCを規制することになるのであれば、押収品に含まれるTHCの量と、それによってどのような心身への作用があるのかを、国は明確に示す必要がある。

「終わります」
石塚弁護士は最後の質問を終えると、あっさりと自席に戻った。これ以上質問を続けると、水掛け論に発展する可能性があると判断したからだ。

日本の警察鑑定は、科学的ではない


一般に、鑑定によってポジティブが出ないものは、失敗した資料とされ、検査済の検体は処分され、再検査することができない。そのため、再現性がない。これは科学的な手順とは言えないが、これが日本の警察の鑑定方法である。
日本の鑑定は、ルール上特殊なものであるので、論文として科学雑誌に掲載することはできない。科捜研では科学実験のような微視な作業はできない。捜査に必要なものを調べるのが警察である。さらにそのデータは、公判に耐えうるものでなければならない。
そのため、証拠として提出していないものの中に、重要なものがある可能性が高い。
「検出されなかった」という結果があれば重要だが、その時点で廃棄されてしまう可能性が高い。

第5回公判を終えて


第3回から今回までで、大藪さんがどのような流れで逮捕・拘留されたのかの流れがつかめた。
道交法の容疑から大麻取締法違反に容疑がどこで切り替わったのか?
現場での簡易検査方法は正確なのか?そして現場での逮捕は適切だったのか?
科捜研の鑑定方法には落ち度はなかったのか?
弁護団は、いくつかの疑問点を感じている。

「そんな細かいことを…」と思う方もいるかもしれない。
しかしこれは、一人の人生を大きく変えてしまう出来事である。法改正を行おうとしている今こそ、これらの出来事を詳細に確認し、法廷で主張していくことが大切なのだ。

今回の公判調書を見て、専門家の意見を聞きながら検討して、滑川氏の証言が科学的に正しいのかを判断し、大藪氏と弁護団は次回公判に臨む。

次回、第6回公判は、令和5年1月24日(火)13時30分から、前橋地方裁判所で行われる。

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