見出し画像

馬鹿みたいな旅行をしようぜ

旅に出たいと思う日はいつも夏だ。
夏に色濃い旅をしすぎた。

2017年の夏、8月の晦。
私は早朝に起き、昨日のうちに用意していた背中を覆うほどのリュックを持って家を出た。
家出というわけではなく、旅行のはずだ。
はずだ、と書くのも理由がある。

私の旅行は、ロケハン兼旅行兼執筆旅行だった。

ロケハン――とは書いたが実際は推しを吸うために聖地巡礼をしよう、というオタクあるあるだった。
目指すは遠野物語の舞台、遠野。関東圏から遠く北に向かったその場所に用があった。
旅行はそのままで、旅行である。なら執筆旅行とは何か?
そんなの決まっている。書きながら旅行をするのだ。小説を。

当時ポメラを持っていた私は、思いついてしまった。
座る。足を開く。その場所に荷物を置く。すると疑似テーブルができる。なのでそこにポメラを置くと……ちょうどよく作業机が完成する!
馬鹿の発想だが天才だった。これでどんな場所でも小説が書ける!

移動手段はすべて鈍行列車。お金がないので青春18きっぷを利用。始発駅から終着駅まで乗ることが基本なので、乗り換えの失敗も少ない。
完璧な計画だった。

とりあえず朝早くから出発をして、北に向かう。
8月のお盆も終わった頃だったので、サラリーマンが嫌そうな顔をして電車に乗るのを尻目にキーボードを叩く。
何が面白いかと言うと、普段とは違う環境に置かれているだけで筆の進みがいいことだ。環境を変えるのはとてもいい刺激になる。

それはそれとして、キーボードを叩きながら車窓も眺めず過ごしていた。
目標文字数は4泊5日で40000字だ。
もちろん旅行の名目もあるので、忘れてはいけない。
行きは体力があったから、もうとにかくキーボードを叩いていた。

宿は遠野の宿を取った。
到着すると何故か布団が2枚敷かれていて、あれ!? 同行者いたかな!? と思ったが宿側のミスだった。よかった。幽霊がついてきたわけではないようだ。
遠野の宿でも無我夢中で小説を書いた。面白いほど筆が進んだ。

さて、聖地巡礼だ。
聖地巡礼に使ったのは遠野の観光所が置いているレンタルサイクルだった。サイクリングをしつつ、遠野の車なしでは行けぬ場所にするする行こう、回ろう、という話だ。
今思えばあまりにも短絡的だと思う。けれど自転車で15分かかろうがお構いなしだった。推しへの情熱はほとばしっていた。

レンタルサイクルの景色の写真も、何も残っていない。
夢中でペダルを漕いでいたのは覚えている。どこを見渡しても緑ばかりで、本当にいい意味でなにもないのだと知り、関東の喧騒はうるさかったのだと実感した。
ポップ畑、遠野物語の博物館、なんてことのない神社、それらを回って私は大きく遠野物語を吸っていた。

さて、話は戻って旅行だ。これはロケハンも兼ねているけれど、一応は旅行だ。
旅行なので温泉宿を取った。場所は花巻で、これまた緑豊かな場所にぽつんと宿があるものだから、驚いた。
温泉は気持ちが良かった。夜に三味線の演奏を聞いて、青森じゃないのに三味線演奏があるんだ……などと思ったのを覚えている。

翌日は仙台を回った。
車窓をたまたま覗いたら松島の文字が見えたので急いで降りた。驚いたのだけれど、松島エリアは異様に広く、徒歩を選んだ私はアイスとスポーツドリンクを交互に飲み、食べながら進むことになった。
馬鹿をしたのは両手に顔ほど大きな煎餅と、山盛りのソフトクリームを持って歩いたこと。家族連れの視線が痛かった……
それから仙台で行きたかったスイーツ専門店に行き、意気揚々とマカロンを買って、そのままポケットの中で割った。最悪だった。

さらに翌日は郡山から鍾乳洞を見にあぶくま洞に行った。
これまた馬鹿なのだがあの急な勾配のある坂を徒歩で歩いた。もう本当に馬鹿に馬鹿を重ねている。徒歩一時間ちょっとを鵜呑みにしてはいけないし、タクシーを使えるなら使え、という話なのだ。もう馬鹿だ。本当に馬鹿の旅行。
でも楽しかった。鍾乳洞は涼しくて幻想的な場所だった。

その翌日は旅行最終日。
帰る――だけでは終わらなかった。
好きな漫画家の展示会があると聞いて、そのままの足で向かった。ここまでくると馬鹿を通り越してアホのレベルだ。もうやってられない。過去の自分が化け物すぎる。
体力面もそうなのだけれど、これを電車内で小説を書きながら進んでいるという事実が恐ろしすぎる。
ちなみにこの5日間で50000字ほど書いたはずだ。もう馬鹿だ。本当に馬鹿。

そんな馬鹿の、色濃い旅行をしていたから、夏は旅行が恋しくなる。
もう二度とこんな旅行はできないだろうけど、ちょっとくらいは冒険がしたい。

よろしければサポートお願いします! サポートは紅茶・活動のために使われます。