見出し画像

【短編小説】アイツの口癖(#青ブラ文学部)

《約1400文字 / 目安3分》


「死にたい」

 それはアイツの口癖だった。

 けれど、その口癖は俺と二人きりのときだけだった。

 アイツはみんなの前では明るく振る舞っていて、そのときは死にたいなんて言うような人間には見えない。それが不思議でたまらなかった。


 深夜、俺はユーチューブとツイッターを行き来していた。

 シャトルランは34回しかできない俺だが、ユーチューブとツイッターなら永遠に往復できる自信がある。

 何も苦労がいらないし、嫌なことも時間もすべて忘れられる。こんな娯楽、やめろと言われても不可能だ。

 時計を見ると、三時になっていた。少しため息をついて、俺はまたスマホに目を戻した。

 そのとき、丁度よく通知が入り、それはアイツからのものだった。

「どうせ起きてんだろ。公園で待ってるわ」

 そういえば、と思った。何分か前に、アイツから公園で会おうと誘われていたのだ。

 面倒くさいが9割だったが、俺はベッドから起き上がり、そのままの格好で家を出た。


  外は少し肌寒かった。

「よお。今日も辛気臭い顔してんなあ」とコイツは言った。

 俺は無視してブランコに乗った。

「それはオレも同じってか」とコイツは鼻で笑い、ブランコを漕いだ。

「何の用だよ」

「別に、なんでもない。というのは嘘で、寝れなくて死にたくなったからお前に会いたかったんだよ」

「それだけで死にたくなったのか? しょうもないな」

 重病だな、そう思った。

「しょうもなくねえよ」とコイツは言った。「そんでお前は、なんで死にたいんだよ」

「死にたいなんて一言も言ってないだろ」と俺はむきになって言った。

「お前なんて、達筆で死にたいって顔に書いているようなもんだろ。そんな暗い表情してたらわかるんだよ」

 俺は何も言えなかった。

「俺、ずっと気になってたんだけど、お前はどうしていつもそんな明るい表情ができるんだ?」と俺はついに聞いてみた。「俺の前では死にたいなんて言うくせに、死にたいようには見えないんだ」

 別に、俺の顔に書いてある文字を消したいわけではなかった。コイツはどうしていつも明るい表情ができて、それなのに俺の前では死にたいなんて口に出すのか、純粋に気になったのだ。

 無理をしている、嘘をつける、どうせそんなことを言うのだと思ったけど、返ってきた言葉は思いもしないことだった。

 コイツはブランコを漕ぐのをやめて、少しためらったように、口を開いた。

「お前のためだよ」とコイツは下を向いて言った。「ほっといたらお前、ほんとうに死んじゃいそうだろ。ほら、仲間がいると安心するだろ? だから、お前といるときは死にたいって言うようにしてんだ」

 考えてみれば、コイツは昔から世話焼きなところがあった。

 小学校のとき、グラウンドで転んで泣いていた俺を、コイツは保健室まで連れて行ってくれたときがあった。他にも俺の相談に乗ってくれたりと、いろいろ世話になったものだ。

 高校三年生にもなって、まだ俺の世話を焼いてくれるなんて馬鹿だなと思った。同時に、俺も馬鹿だなと思った。

「俺が死ぬわけねーだろ」

「ほんとうか?」とコイツは疑心暗鬼に聞いた。

「ほんとうだよ」

 そう俺が言うとコイツは、はにかむように笑った。

「なんか安心したよ」とコイツは言った。「ところで、お前はどうして死にたいなんて思うんだ?」

「彼女に振られたからだよ」と俺は言った。

「しょーもな」

 俺らは声を出して笑った。

 空を見上げると、星たちも笑っているかのように輝いていた。

 夜の空はこんなに綺麗なのか、このとき初めてそう思った。





◆長月龍誠の短編小説

◆メンバーシップ「長月のすっぽんぽん日常」

【初月無料!!】
長月の日常や、考え事、悩み、進捗状況、を日記として毎日更新しています。 また、掲示板で質問やリクエストなども可能です。


気が向いたらサポートしてみてください。金欠の僕がよろこびます。