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どうでもいいアカウントの話。
仕事が終わって帰宅するのが夜9時くらい。
だいたいコンビニでご飯を買ってテレビの電源を入れて、ご飯をレンジで温める。
狭くて汚いマンションの片隅の小さなテレビの中では、なにかいつも楽しげな芸人さんがはしゃいでいるけど、ミュートにしてあるのでなにを話しているかわからない。
いつもそう。
大体スマホでなにか見たりしているので音はジャマ。
じゃあつけなければいいのに。とは思うんだけど、なんとなく視野の隅っこで誰か動いていてほしい。そんなわけでお気に入りはバラエティ。見てないんだけど。
いつもスマホを眺めて、誰からもメッセージが来ていないLINEとか、広告ばっかりのメールとかチェックして、最近はもっぱらTwitterを眺めているかもしれない。
ていうか、底辺でも曲がりなりにも会社勤めしているから社会人ヅラしているけれど、それなかったら突然死して床のシミになったとしても誰も気づかないんじゃないかしら。
そんな自分にとって、Twitterで猛烈に流れている投稿をなんとなく眺めていると、まだ自分は社会の片隅に所属しているぞ。って気分に少しだけなれる。
自分のタイムラインは、ほとんどは自己主張したいんだけど言うほど主張したいことがなくて、しょうがないから他人やメディアに苦言というか独り言を吐いてみましたみたいなものが多い。
自分の趣味を披露して誰か食いついて!って仲間募集。広告、宣伝、販促。あとはできるだけ空気みたいな存在でありたいつぶやき。
時折、極論を吐いて濃い味の存在感を示したい人。
それもあっという間に流れていく。どんどん流れて、遡って見られることはあまりない。
足元を流れていく水洗自意識。
そんなふうにも思えるし、こってり味の自己顕示欲のスープみたいに見えることもある。それって悪いことじゃない。
それがあるから生きていける。
なくたって生きていけるけど、あるから生きていける。少々みっともないかもしれないけど、得難いものだと思う。
そんな中で最近ちょっと気になるアカウントを見つけた。
ちょうどご飯を食べている時間あたりで決まって流れてくるツイート。
「空」というなんの変哲もないユーザーネーム。
この人、ほとんど同じ時間に一言なにかつぶやいている。
昨日は「おはようと誰かに言いたい」だったし、その前は「コーヒーかすって再利用できないのかな」だった。「毎朝、思った気温より低い」ってのもあった。
本当にどうでもいい内容で、もちろんあっという間に流れていく。
何万だか何千万だか大量に浮かんでは消える「泡沫」ってまさにこれのことだな、と思うくらいなんでもないつぶやきのひとつ。
それが急にひっかかったのは、いつものようにコンビニの弁当を食べながらぼんやりTwitterを眺めていて、こんなツイートが目の前を流れていった。
「○○○は多分不安神経症では」
はっと顔をあげると、音の出ない画面では一日何回も見かける売れっ子芸人の○○○さんが真っ赤なオーバーオールでおどけていた。彼のことだ、と直感した。
今、同じもの見ている。
自分も以前から根拠なくそう思っていた。なんとなく自分と同じ匂いがするから。
その時、私は「空」という人を認識していたわけではなかったのだけど、丸く切り取られた中に「空」と書いてあるアイコンは見覚えがあった。
その時は一瞬の共感を覚えて、そのままだったのだけど、寝る前にベッドに腰掛けて思い出し「空」のツイートを探したときのことだった。
ない。
何時間も経って過去のツイートを探すのはめんどうなものだけど、「空」の投稿のその一つ前がいつも見ている懸賞報告のツイートで、2,3つ後が会社の同僚のツイートだったのを覚えていた。
ない。
その間には「空」の投稿はなかった。
消したのだな、と思った。
毎日ひとつづつ投稿しているからと、そこからだいぶ遡って「空」のアイコンを探したのだけど見つからなかった。
わざわざ消すほどの内容でもないと思うのだけど。
なんだかすごく気になって、それから毎日意識して見るようになった。
お。流れてきた。
「時事ニュースって日本語としておかしくない?おかしくないのか」
なんのこっちゃ。
そんなことはどうでもいい。
すかさず名前をタップしてプロフィールを見る。
案の定、そこには1つもツイートがなかった。
ついでにプロフィールもほぼなにもなかったし、彼をフォローしている人は5人しか居なかった。ちなみにそのうちの1人が私だった。フォローした記憶は一切ない。でも相互フォローしていた。
自慢じゃないけど私、見る専門でほとんど投稿してないんだけど。いろいろ謎。
ちょっと前にTwitterに「フリート」という一定時間で自動的に消えるツイートの機能が一瞬あったけど、他のサービスの安易な後追いで割合早めになくなった。
だけど彼は(なんとなく男だろうと思った)決まった時間に投稿しては、ご丁寧に手動で削除を繰り返しているようだった。
色んな使い方があるもんだなあ。
もっとも、それ以外の感想はなにも浮かばなかったのだけど。
それからもだいたい同じ時間に流れてくる彼のあまりにも内容がなくて哲学的にさえ見える投稿を意識するようになった。
日曜も祝日も、なんなら世間が投稿を思わず控えるそんな日だって彼の投稿は続いた。
消える時間に興味を持って、しばらく執拗に追いかけてみたりもした。
その結果、だいたい1時間から3時間位の間で「空」は手動で消しているようだった。
そんなふうに調べるのにもすぐ飽きて、じゃあ一回くらいリツイートとか返信とかしてみようかな、とワクワクしたりもした。
返信するかしら。それともブロックされるかしら。
だけどなんとなくそれはそれで彼の美学に反するような気がしてやめた。
「空」に興味を持ち始めて、不思議な感覚を覚えるようになった。
世界中に広がっている網目のような儚いネットワークの向こうに多くの人がいることを意識するようになった。
いろんな国の色んなところに色んな年齢のいろんな人生を送っている人がいて、この不安定なサービスに不穏な果実のようにぶら下がっているような想像が広がった。
そんな、ある日のことだった。
いつものように泥のように疲れ切った体を引きずるようにして帰宅して、いつものようにコンビニの、その日は弁当ではなく容器に入った冷凍のうどんだったんだけどとにかくそのままレンジにブチ込んで、シャワーを浴びた。
そしてテレビをつけてミュートして、ちゃぶ台の前に座り込んでいつものようにスマホを眺めた。
実はその日はいつもよりちょっと早く帰っていたのだけど、見慣れた「空」のツイートが流れてきた。肌触りがちょっと違う一言。
「救ってほしい。あなた」
えっ。
ちょっとゾワッとした。
明らかに私に言っている。ような気がした。
文章もなんかおかしい。「あなた」が変な位置にあるような気もする。
そのツイートもあっという間に流れていく。
あわてて追いかける。
プロフィールページを開いて、しばらく投稿を眺めた。
返信してみようかな。DMがいいのかな。
なんだかすごくうろたえてしまって、食べ残しのうどんを少しこぼした。
いやいや、私に向けてかどうかもわからない。フォロワー5人いるし。
まずもって、そんな切実なメッセージではない可能性も高い。いつものため息ほどの意味もないつぶやきといえばそうだし。
迷っている間にいつものように投稿は削除される。どうしたらいいだろう。
そんなことを考えている間に。
アカウントごとなくなった。
これはちょっとびっくりした。
油断して、30分ほど目を離している間になくなってしまった。
あせってしばらくタイムラインを遡ったり、検索したりしたのだけど完全に姿を消していた。当然誰もリツイートなんてしていないので痕跡すらない。
すごく嫌な気持ちだった。
親しくはないけれど、いつもそこに立っている人が目の前で突然、崖の下に飛び降りたようなすごく不吉で不快な気分だった。
「救ってほしい。あなた」
なんか、ものすごく悪いことをしたような気分だった。
正直、そんなに気にするようなことではない、とは思う。
でも、どんな気持ちで最後の投稿をして、どんな気持ちで姿を消したのだろう。
彼は急に居場所を放棄しても平気だったのだろうか。それともどうぜため息みたいなどうでもいいツイートに飽きただけなのか。
もちろん、わかるはずもない。
それだけの話。とくに驚く結末もない。
しばらくあれこれ考えて、酎ハイの缶を開けたらほとんど同時に猛烈な睡魔に襲われて失神するように寝てしまった。
翌朝からはまたいつもの日常が始まった。
理不尽をスルーしながら泥になるまで働き、コンビニでご飯を買って狭いマンションでミュートしたテレビの前でしょっぱい夕食を取る。
たぶん明日も。その次の日も。
ゼンゼン幸せではないけれど、決して不幸ではない。
時々「空」を思い出す。
「救ってほしい。あなた」
あなた自身を救ってほしい。という意味なのかもしれない。
最近時々そう思う。
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