見出し画像

ノベリスト 第5話

第2章 澪 第一部

その2

私の正面には十数人の新聞記者が並んでいる。こんなに一斉に自分に他人の注目が集まることは16年生きてきて初めてで、少し緊張してるのが本音だ。

  私の左手にいる30代後半の女性がマイクを使って挨拶をする

「それでは、集談社主催、東都新聞・東都テレビジョン後援、産能産業協賛、第3回『ティーンのための文学賞』グランプリ授賞式と記者会見を執り行いたいと思います。司会進行のフリーアナウンサー、柏原と申します」

  私は司会の柏原さんに軽く会釈した。

「では、グランプリの方をご紹介します。東京都文京区からお越しの池田澪さん、16歳です」

  会場は拍手に包まれた。少し照れ臭かったが私は会場の関係者らしき人たちの方に向かって軽く会釈した。

「それでは、池田さんに、グランプリのトロフィーと副賞の10万円分の図書カードの目録を、株式会社集談社代表取締役社長、能勢弘樹より贈呈いたします」

  白髪の温和な、品が良さそうなグレーのスーツ姿の小柄な男性から、私はトロフィーと図書カードの目録を手渡された。トロフィーは30センチほどの小柄なものだった。

「それでは、池田さんから受賞の喜びの声をお聞きしたいと思います」

  私の元に柏原さんがやってきて、マイクを向けて、

「おめでとうございます。今のお気持ちはどんな感じですか?」

と、尋ねてきた。

「ありがとうございます。少し緊張してます」

「この後で、記者会見で色々池田さんのことを訊かれると思うけれど、心の準備はいいかな?」

「はい…少し緊張してます」

 なかなか緊張が取れない。

「そうですよね。でもあなたはグランプリなので、素晴らしいことですよ」

「ありがとうございます」

  私は軽く深呼吸した。

「では、主催の集談社代表取締役社長、能勢弘樹より一言ご挨拶させていただきます」

  柏原さんがそう言うと、先程の白髪の男性がマイクを執って、

「本日はご多忙な中お越しいただきありがとうございます。グランプリを受賞された池田澪さん、素晴らしい才能の持ち主です。これから日本の文学界を背負う存在になるのかな?

是非、これからも創作を続けて、素晴らしい作品を産み出してくれることを期待します」

と、挨拶した。

「それでは、記者会見に移ります」

 柏原さんがそう言って、記者会見が始まった。

   グレーのスーツを着た新聞記者らしい40代くらいの痩せた男性が手を挙げた。

「東都新聞の稲沢です。今日はよろしくお願いします。グランプリを取られた今のお気持ちを率直にお話ください」

   私はその問いかけに、少し緊張しながら、

「正直な話、グランプリを獲れるとも思ってなかったし、応募したことさえ忘れていました。だから、今でもびっくりしてるし、少し緊張してます...こんな場所も初めてだし...」

  記者の人たちが軽く笑っていた。

「そうですか...受賞作品の『平成最後のカチカチ山』で一番読者に伝えたいことは何ですか?」

  うわぁ...そういうこと、何も考えずに書いてたぞ...と私は頭を抱えそうになった。これが鴨志田さんが言ってた「意地悪な質問」なのかな...

  鴨志田さんの方を向くと、苦笑いしている。私は5秒くらい考えて、

「そう...ですね...書いてる時はひたすら気持ちよかったので、その気持ちよさが伝わればいいと思います」

  会場がどっと笑いに包まれた。私は冷や汗が出て心拍数が上がった。

「ありがとうございます。最後の質問です。これからどのような感じで創作を続けられますか?」

「しばらくは学業が忙しいので、それを優先しながらマイペースに創作しようかな...と思っています」

「ありがとうございました」

 ようやく最初の記者の質問が終わって、少しホッとしたが、まだまだ記者会見は続く。

「週刊文鳥の石田です。池田さんが好きな作家がサマセット・モームとエミリー・ブロンテということですが、イギリス文学が好きなのかな?」

「はい。父が大学で英文学を教えておりまして...」

「えーと、文京区在住ということは...東京大学かな?お父様の大学は?」

「はい。そうですね」

 少し会場がざわめいた。

「お父様には、グランプリ受賞のことはお話されてますか?」

「はい」

「どんな反応でしたか?」

「はあ。さして喜びもせず、普通の反応です」

「そうですか。副賞の図書カードでどんな本を買いたいとかありますか?」

「そうですね...英語の本とか...」

「ありがとうございました」

 私にとってはそれほど厳しい質問ではなかったので、少しホッとした。

「それでは、最後にどなたか、質問はございませんか?」

  私に向かって一番右手にいる紺のスーツの二十代から三十代くらいの女性記者らしき人が手を挙げた。

「文芸ジャーナリストの赤池と申します。

池田さんの世代もそうですが、最近若い世代の読書離れが進んでて小説を書いても読まれない時代ですが、そんな時代に物語を書く意義はどう感じられますか?」

  少し厳しい質問である。私は5秒くらい考えて、

「私の周りの友人も、本をよく読む人と全く読まない人に分かれてる感じがするし、多分、全く読まない人は私の物語を楽しいとは思わないだろう、とは感じています。読み手が面白いという物語でいいのかな?とも思います」

  赤池さんはノートパソコンに何か書き込んだ後、

「例えば池田さんの同世代とか少し年上の女流作家の方々は、半分精神を病むとか、リストカットしながらも自分の実存を晒した文学をやってる感じがありますが、そのような自分の中の矛盾や葛藤を小説で晒すことはありますか?」

「そうですね...」

 私は言葉に詰まったが、5秒くらい考えて、

「矛盾や葛藤かどうかは分からないのですが、物語を書けるということはある意味頭が変なので、これから嫌でも現実社会とぶつかりそうな気はします」

「ありがとうございます。それで最近は若い書き手はスマホから小説投稿サイトに作品を投稿して気軽に創作活動をやってますが、そのような批評性に欠けた感じの気楽な創作をやろうとは思いますか?」

「そうですね...原稿用紙とかパソコンに向かうよりもスマホから小説は書けるし、ネット越しでも批評は受けると思うのでそのような創作活動は否定しないですね...」

  骨があるやり取りだったけど、私はある意味満足できた。

「ありがとうございました。私からは以上です」

  赤池さんは柏原さんを見やって一礼した。私も会釈した。

「それでは、記者会見を終了します。これから祝賀会ですので会場の設営を替えますのでよろしくお願いします」

  そして、祝賀会のセッティングが始まった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?