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その15 小説家になりたい人へ 著作権エージェント夢野律子がお手伝いします

【下読みの落とす基準の一例を教えます】


『気づいたらレベル25の中ボスに転生し、魔王様からダンジョン管理を頼まれたのでトラップを用意して勇者パーティーを追い出します』

 どういうわけだが異世界転生してしまった高校2年生の男がいた。そこはゲームの世界に出てくるRPGゲームの世界にそっくりだった。目の前には牙と角が生え、漆黒のマント身を包んだ魔王がいた。魔王から「今日からお前は伝説の勇者が武器を隠した洞窟に入って複雑なダンジョンを作れ。そこで勇者を足止めしろ」と命令された。

 自己のステータスを見るとレベル25ぐらいで、早クリア目指すプレイヤーなら強敵だが、じっくりタイプだとすぐに倒されるボスキャラに転生したと分かった。

 失敗すれば死なので、主人公はあの手この手とダンジョンにトラップを仕掛けた。幸いにも魔王から派遣された魔獣は美少女が多かった。ロリから熟女まで幅広く、かっこいい姿を見せて彼女ら仲良くなることを目論んだ。
勇者が来るまでにトラップを色々と考案しては仕掛けたが、実際に効果あるかどうか試さないといけないので自分の体を使って実験をした。ボロボロになったが、回復系魔法を使える美少女魔女の膝枕などで癒やしてくれるので、彼女にかっこいい姿を見せるために頑張った。


 やがて勇者一行が次々とやって来てが様々なトラップで返り討ちして成功した。


 しかしレベル50の美人パーティーがやってきた。パーティーには盗賊スキルを持ったメンバーがいたので次々とトラップを見破ってダンジョンの奥に進んだ。主人公は女盗賊に一目惚れした。魔王から派遣された美人魔獣は所詮魔王に惚れているので、いくら頑張っても彼女の気持ちは魔王だった。


 勇者パーティーはレベル50なのでどんどんダンジョンを進んでいった。


 勇者の目的はあくまでも伝説の武器なので、主人公は伝説の武器を持ち出してダンジョンを爆発させて勇者一行を洞窟の奥深くに葬った。しかし勇者一行は直前で脱出魔法を使ったので生還してきた。


 主人公は機転を利かせ「お待ちしておりました。私は伝説の武器が相応しい人物かどうか試していたのです。あなただったらこの武器を託せます。そして一緒に魔王を倒しましょう」と勇者に取り入り、まんまと成功した。


 魔王配下の美人魔獣は主人公の裏切りに激怒したが、勇者たちが退治した。そして主人公は勇者のサポートに入り、魔王を撃破し、主人公は英雄となって凱旋した。

「魔王を倒したから、貴族になれるな。貴族の娘と結婚できるかな」

 と夢のような妄想をしていたら、目の前が真っ暗になって声が聞こえた。

 事務的な声で「デバック、お疲れさまでした」と、ゲームのデバック(バグ発見の仕事)をしていたことを思い出した。主人公はVRゴーグルをして没入するほどのめり込んでいたので、普段の記憶を思い出せていなかった。


 楽しかったゲームライフが終わり、報酬を受け取って家に帰るとデバック処理を発注したゲーム会社から連絡を受けた。「君の行動は参考になった」と絶賛され、次は和風ファンタジーゲームのデバック処理を頼まれた。


「読み終わりました」
「どうだった?」
「話の流れはつかめました。これが梗概って奴ですか」


 間違ってブラック・コヒーを飲んだような顔を浮かべている。


「そうそう。こいつの本、売れなかったけど梗概は教材に使いたいレベル」
「こんなのがですか?」


 声が呆れていた。この手の作品が苦手なのが伝わってくる。日本一のエージェント会社を目指しているのでオールラウンダーが理想的だが、やはり人には得意不得意がある。


「この作品の特徴ではなく、この梗概の特徴を気づいた点だけでいいから言ってみて」
「梗概の特徴?」


 直美は頭をポリポリとかき、止まった。「あ、登場人物の名前がない」

「正解」
「反面教師としての教科書ですか」
「逆、逆。これは百点に近いレベルよ」
「ええっ!?」


 会議室が揺れるほどの大声。そんなに驚くことなのかと思いつつ、律子のマシンガントークの解説が始まった。


「例えばよ、この梗概を同じ内容でも読みにくくすることができるのよ。

 そうね、『新潟県新潟市に住んでいる男子高校二年生の中島君は、ある日突然大好きなRPGゲーム、『ドラゴン&タワー』の世界に入り込んでいた。


 目の前にはラスボスの魔王、アルティメットラファエルがいて、アルティメットラファエルから伝説の勇者アルデバランの墓から奪った聖剣ブラッティソードを隠しているタワーダンジョン、トーブアニマルタワーの管理を頼まれた。


 魔王のアルティメットラファエルは配下の美女モンスターを中島君に派遣した。まずはセクシーなサキュバスのリンダ。下半身が蛇のナーガのマチルダ。陸上に上がるスキルを持った、セイレーンのマリー。


 そして人間と魔族のハーフであり、十歳で最高魔法のブリザードボルケーノの使い手のレベッカ。この四匹を中心に、バルベア半島にあるトーブアニマルタワーを守ることになった』


 ……とここまで聞いて疲れない?」


 律子は少しだけ微笑みながら直美の顔を伺った。彼女は嫌いな食べ物を間違って食べてしまったような表情を浮かべている。


「まだ話が三分の一も進んでいないのに、息が詰まりそうです」
「固有名詞、特に人物の名が許せるのは四名かな? 私はそれ以上出ると落とすと決めている」


 他、男性の名前は苗字表記で、女性の名前は下の名前表記が基本。


「本文だったら別に構わないのよ。女上司に下の名前はあまり見かけないし。とにかく登場人物が100人出ようが、梗概に固有名詞を多く入れるのは悪手」


 さらに下読みは運要素が強く、変なマナー講師のように「ノックを2回しているのはトイレに使うから、この作品はなってない」でだけで落とす下読みもいる。「原稿を綴るタブルクリックは横向きがマナー」とか根拠のないマナーを元に、縦綴じしている原稿も落とす。


「……下読みって運ですね」
「下読みに関しては基本を守っていても運だから」
「やっぱり一ノ瀬さんの作品はしっかりしていました?」
「そうねえ。一ノ瀬さんに限らず、出版化した作品は封筒からオーラが出ていた」


「武道の達人みたいですね」
「5000作品ぐらい下読みしたからね」


 様々なクソ原稿を思い出す。


 その説明を直美にしてやった。梗概を読んだらまっさきに落とすバカ原稿を教えてやった。


 自伝は読む価値がない。既存のヒット作品の二次小説やスピンオフも却下。


「新人賞に二次小説やスピンオフが送られてくるんですか!?」
「そう。オリジナルを考えずに、既存の作品を工夫もなしに土台するバカが一定数いる」


 漫画「鬼亡の剣」が大ヒットした灸英社は今、その二次小説やスピンオフが多く応募されていると聞く。


「大ヒット漫画の二次小説やスピンオフは作者公認で出版社がよく出すけど、実力も確かじゃない新人で出すわけ無いじゃん、まして小説の新人賞に受かるわけないじゃん。とにかく梗概の段階で読んで疲れるのは読まなくてもいい」


「ドライですね」
「クソ原稿を下読みで通過させたら評判が落ちるからね。そして本文を読むがどうかはオリオン文学賞の過去作の流れを調べて。直近、五回と被らなければ読む価値があるから」


 乱暴な梗概審査に合格しても前回の受賞作品と似ているのは却下。新人賞は新人を欲しているのであって、似たような作品はいらない。四番バッター以外にも必要。


「それで過去五回の作品とかぶらなかったら読んでもいい。つまりオリジナリティで勝負する気概があるってことだから」
「なるほど。だいたい分かってきました」


 直美は大きくうなずいた。吸収しやすい子で助かる。


「そして本文にようやく目を通すんだけど、登場人物表が入っている作品はハズレが多いから読まなくてもいい」

「何でですか? 私、 ろくに小説読まないですけど、登場人物表が載っている作品、いくつか見かけましたよ」
「登場人物表にも良し悪しがあって、事細かな登場人物表が載っている作品は読まなくていい」


 女の子の身長や、髪型や髪の色。中にはスリーサイズや目の色まで説明しているのもある。アニメの企画書じゃあるまいし、そういったステータスは本文に反映させればいい。


「履歴書のような登場人物表がある作品は読まなくていい。覚えました」
「二行程度の登場人物表は私の中でも許容範囲だし、編集者でも許容範囲。でも下読みして受賞や最終選考まで行った作品はどれも登場人物表が無かった。このへんの理由は作家に聞いた方がいいかも」


 一ノ瀬のデビュー作も登場人物表は書いていなかった。


「先輩の話を聞いているとますます下読みが楽そうで助かります」


 直美はひまわりが咲きそうな笑顔で言った。不安が消えたのだろう。


 すると、律子の眉毛がピクリと動いた。


「5000作以上読んで自分なりの奥義を見つけただけよ。まあ、この辺は寿司屋の専門学校はありかなしか論争に近いから、次に行きましょう」


 冒頭に外国の翻訳書のように謝辞が書いてあるのは却下。ノンフィクションのように「はじめに」や「あとがき」が書かれているのも却下。


「編集は『許容範囲』ていうけど、選考に残るのはそんなの書いていない作品が多数だから」


 あとがきなんぞ出版が決まってから載せるか、どうかを編集者が決める。それすら分からない作家志望者が多すぎる。どうせネットでしか情報を得ないんだろう。出版社の文芸誌を買って雰囲気を読み取る努力すらしないんだろう。


 どこぞのチンピラインフルエンサーのように「文芸誌を買うのはコスパ悪い」とか思っているんだろう。狙っている賞の文芸誌を買わないなんて、国家資格の例題集を買わずに試験に挑むに等しい。

 度し難い。


「基本、下読みは脚切りでいいから。落とすことを目的に下読みして。出版化されそうな名作を編集部に送るんじゃなくて、作品になっていないのを落とす『作業』だと思っていいから」


 そして最初の10行で判断する。10行以内におかしいのがあれば落としてもいい。


「厳しすぎません?」


 もっともな反論だ


「作品の冒頭は遊園地の入り口だと思って。さながらタイトルは遊園地の名称よ」

次回【下読みさんは、こういう序盤だと最後まで読みません】

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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