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証券アナリストジャーナル読後メモ:M&Aと日本企業の成長ークロスボーダーM&Aを中心にしてーby 宮島英昭

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証券アナリストジャーナルを2010年頃からずっと購読している。著名な学者そして経営者の貴重な講演や論文を閲覧できることができ、大変勉強になっている。年会費18,000円は維持コストとして高い、という声も周囲でよく聞くが、月にならせば月額1,500円である。月一回の外食をやめればいい程度のコストで、この水準の論文や講演が読めるのは圧倒的にコストパフォーマンスが良い、と自分は考えている。

以下は約7年前の記事だが、前職でクロスボーダーM&A業務に携わっていた際に読み、大変勉強になった記事である。本質的な部分はこの記事が書かれた頃から現在も何も変わっていないと考えている。

特に、実体験として以下の箇所は大変心に深く刺さった。特にビッド案件などだと価格が吊り上がりやすく、非常に楽観的な買収後のシナジーを描いてしまいがちで、冷静な判断がとれなくなりがちである。
「クロスボーダーM&Aの成否は、買収価格によって決定される
「買収プレミアムの源泉は、時間を買う効果、人材・ノウハウ・技術の獲得・買収後のシナジー。こうした効果によって、企業価値が買収プレミアム以上に引き上げられると言うシナリオが存在することが前提
「このプレミアムは、期待されたシナジーを超えた額になりやすく、これが多額の減損処理の原因にもなっている」


1.クロスボーダーM&A 概観

  • 国内、海外を問わず買収側が利益を取れるケースは半分程度と言われている。

  • 2010年、デロイトトーマツのアンケート調査に基づくと、自社買収の目的を達成した「成功」ケースは13%、失敗が26% と報告されている。

  • 2007年-2016年累計のM&A金額:国内企業間のM&A累計額が37.5兆円、海外企業対象M&Aは64.5兆円であった。

  • 必ずしもクロスボーダーM&Aが所定の成果をあげているわけでは無い。例えば東芝のウエスティングハウス、日本郵政のトール、キリンのスキンカリオールなどである。

<クロスボーダーM&Aの過去の変遷>

  • 2000年代は日本企業の歴史においてクロスボーダーM&Aが企業船長の重要戦略になりうると位置づけられた初めての時代となるかも知れない。20世紀後半、M&Aの果たす役割は必ずしも大きくなかった。

  • 高度経済成長期においては事業の拡大は主に設備投資の増強により実現された。

  • 1980年代:対外直接投資が増加し始めたが、それは自動車や電気産業の工場設立を伴うグリーンフィールド投資であった。一方で1980年代はクロスボーダーM&Aの小さな波が押し寄せていた。国内の資金緩慢を背景に円高で割安となった不動産、流通などを中心にクロスボーダー買収ブームが続いた(例:三菱地所による米国ニューヨークのロックフェラービルの買収)。

  • ただし、この当時のクロスボーダーM&Aは「財テク」的要素も強かった。一方でブリジストンによるファイアストン買収、パナソニックによるMCA買収など、既存事業とのシナジー効果の高い、大型案件も含まれていた。

  • 1999年:M&Aの本格化時代に突入した。国内M&Aでは銀行再編、JFE設立など大型再編案件が相次いだ。クロスボーダーM&A案件ではJTによるレイノルズ買収、NTTによるAT&T出資、NTTコムによるベリオ買収などの案件があった。

  • 2006年:エポックメイキングな年であり、武田によるミレニアムの買収、、東芝によるウエスチングハウスの買収、日本板硝子によるピルキントンの買収等、大型クロスボーダーM&Aが相次いだ。

  • 2014年:金融やサービス業におけるクロスボーダーM&Aが増加した。

  • 2016年:クロスボーダーM&Aは金額で過去最高を記録した。

2.企業成長につながるクロスボーダーM&Aのパターンとは何か

  • 一般的に、①市場シェアの拡大、②統合効果の実現、③ノウハウの移転による価値の創出、④新規事業への進出、⑤自社に欠ける人材・技術の獲得 が企業価値を引き上げる経路になる。

  • ①のケース:日本企業におけるM&A戦略として重要度が高いのがこの市場シェアの拡大である。市場規模の大きい北米、欧州、新興市場において、グリーンフィールド投資を通じては創出が不可能な、生産拠点・ブランド・販売ネットワーク(顧客基盤)を獲得する狙いは、M&Aの支配的な動機である。これを主要動機とするケースではサーベイを行った90社中45社と50%を占める。当該ケースでは生産設備の再配置、集約による統合効果が期待できる。

  • この典型例はブリジストンによるファイアストン買収、JTによるレイノルズおよびギャラハーの買収である。その他、電通のイージス買収、サントリーによるビームの買収も挙げられる。

  • ②、③のケース:自社の事業を補完する製品、技術の獲得を目的として買収を行うケースもある。

  • コマツによる鉱山用機械の大手ジョイの買収がその良い例である。同社買収により、製品のフルライン化が実現し、また両者の技術を融合し安全性と生産性の向上、遠隔操作・自動化を強力に進めた。

  • ④のケース:自社の資源では進出不可能な分野への新規事業を開始する手段として、M&Aが利用される。

  • 旭化成はヘルスケア部門拡大のため、ゾールメディカルを1,800億円で買収した。

  • ただし、デロイトのアンケートでは新規事業を目的としたM&Aの成功例は19社中2社にとどまっている。

  • その他:自社の競争優位にある移転可能な無形資産(ノウハウ、スキル)を海外ターゲット企業の有形資産(機械・設備、販売ネットワーク)に移転、することが考えられる。

3.クロスボーダーM&Aのリスク

  • 冒頭で述べた通り、国内、海外を問わず買収側が利益を取れるケースは半分程度と言われている。

  • 2010年、デロイトトーマツのアンケート調査に基づくと、自社買収の目的を達成した「成功」ケースは13%、失敗が26% と報告されている

  • 一方で元KPMG・現東工大教授の井上光太郎氏によると、株式市場のクロスボーダーM&Aに対する反応は国内M&Aに比べて好意的であり、積極的にリスクを取りに行く姿勢が市場からは評価されるとの見方もある。

4.クロスボーダーM&Aの成否を握る要因

  • クロスボーダーM&Aの成否は、買収価格によって決定される

  • 買収プレミアムの源泉は、時間を買う効果、人材・ノウハウ・技術の獲得・買収後のシナジー。こうした効果によって、企業価値が買収プレミアム以上に引き上げられると言うシナリオが存在することが前提。

  • このプレミアムは、期待されたシナジーを超えた額になりやすく、これが多額の減損処理の原因にもなっている。

  • 2005年−2015年の500億円以上の買収案件のうち、買収プレミアムの判明する35社の代表的ケースの買収プレミアムは平均48%、中央値は43%であった。

  • 買収プレミアムの国際比較(デロイトトーマツ)では、米国:38%、英国:29%、ドイツ:34%、フランス:29%、日本:39%と、日本は高いプレミアムをつけがちである。

  • 過大な買収価格を伴うM&Aの抑制手段として現実的なのは、独立取締役の関与である。

5.ディールブレーカーの制度化(具体的事例を交えて)

  • 企業内に、「待つ」「撤退する」の選択ができる意思決定の仕組み整備が必要である。

  • クロスボーダーM&Aを繰り返す企業ではグループに置ける投資・組織再編に関して審査・評価する組織を設置するケースが多い。

  • C社の事例:社内に執行役、常勤監査役からなる投資委員会を設置、M&Aが意思決定機関に起案される事前に、必ずこの投資委員会を開催し、M&Aの戦略的な意義・目的・手法の適切性、十分な投資収益性が確保されているかを確認。その他、投資基準として国内基準のハードルレートを110%に設定、それに各国のインフレ率とカントリーリスクを勘案、地域毎のハードルレートが設定されている。

  • 買収シナジー効果を過度に織り込むことを避けるため、対照企業のスタンドアローン価値を基準とする方針を採用する事例もある(あまり多くはないが)。

  • 電機メーカーD社の事例:入札で価格が上昇したため見合わせ、2年後に良好な条件で実現。

  • 大手メーカーE社の事例:買収候補先に対し、継続的にコンタクトし買収意思表示。買収条件が合わなければ実行に移さない、買収意思を対象企業に意思表示してから実現まで5年を要したり、16年を要したケースもあった。

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