IPO時の米国スタートアップ企業の売上高マルチプルは2021年の24倍から足元8倍まで低下
2023年の注目IPO銘柄の一つであるインスタカートの評価額について、また直近の売上高マルチプルについて書かれた記事をPitchBookで見つけた。
https://pitchbook.com/news/articles/instacart-ipo-pricing-revenue-multiples-startups
1.インスタカートの直近の評価額について
現在、インスタカートは最大93億米ドルの評価額でのIPOを目標としているが、これは非公開市場で同社が最後につけた評価額390億米ドルを大きく下回る数値となっている。
同社の直近の年間売上高は約30億米ドルであり、この93億米ドルという評価額は売上高マルチプル法で適用された倍率は約3倍ということになる。
この売上高マルチプル約3倍という数字についてだが、足元2023年6月末のIPO企業銘柄における平均値:7.78倍よりも低い水準にとどまっている。
なお、過去10年間の売上高マルチプルのデータを見ると、過去最高は2021年3月末の24.51倍、最低は2016年6月末の4.09倍であり、インスタカートのIPO時の評価額はさらにこれより低い倍率となっている点は驚きである。
2.売上高マルチプルとは
そもそも企業評価の方法として、EBITDAマルチプルなら聞いたことがあるが売上高マルチプルは聞いたことがない、という方もいるかもしれない。売上高マルチプルはたとえばテクノロジー企業やインターネット企業のように急速な売上高の成長率を誇るものまだ当期赤字が続いていたり、EBITDAが赤字基調である新興企業によく適用される評価方法である。
仮に売上高マルチプルが3倍で、その企業の売上高を100億円、将来の恒常的な当期純利益率の水準を20%とした場合、企業評価額は300億円となる。
当期利益水準は毎年20億円になるので、もし当社に投資を行った場合、投資資金は300億円÷20億円=15年でおおよそ回収できる計算になる(割引率等ここでは考慮せず、また配当性向は100%と仮定。売上高も一定であると仮定)。
これが売上高マルチプル24倍の世界になるとどうなるか。企業評価額は100億円×24で2400億円になり、おおよそ120年(2400億円÷20億円)で投資資金が回収できる計算になる。この回収まで120年という投資を正当化するにはこの期間を短縮させるだけの高成長を遂げているか、という点がポイントになってくるのである。2021年は強気相場であったため、この24倍という水準も十分に正当化できるストーリーを投資家が納得できていた。
3.過去、自分が出会った中で最大の売上高マルチプルは80倍
余談ではあるが、まさに2021年初頭のテックバブルの時期、売上高マルチプル80倍というとんでもない評価額を見た。自分自身の経験としてはこの数字が最も高い数値だった。
それはデジタルバンクサービスを顧客に提供していた海外のフィンテックスタートアップで、主な収益源は個人・中小企業向け融資であった。しかしながら、この売上高マルチプル80倍という数字を正当化するための成長シナリオはどうしても想像できなかったことと、そもそもバランスシート上に貸出債権を計上している時点で実態は通常の銀行と同じビジネスモデルであるにも関わらず、なぜ「テクノロジー企業」と同じ分類で評価方法に売上高マルチプル法を採用していたのか理解が出来なかった。
今思い返せば、上記の80倍スタートアップに限らず、ビジネスモデルの実態は伝統的な金貸し業社や不動産業者と変わりないのに、なぜか「モバイルチャネルを使って最先端の金融サービス・不動産サービスを提供するテクノロジーを使っています」という説明の下、テクノロジー企業と同水準のマルチプルを用いて評価されていたスタートアップを2019年から2021年にかけて頻繁に見た気がする。
その中でも最も有名な企業はWeWorkだろう。テクノロジー企業と同等の評価額をつけられていたが実態はサブリース会社であると上場時に判明した途端、評価額は急落した。
話をインスタカートに戻そう。インスタカートについても、テクノロジー企業というよりは家事代行サービス業・食料配達業が実態に近いのではないか。だから今般のIPO時にその実態に合わせたマルチプルで評価がなされたのではないか、と考えている。
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