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マネージャーとメンバーが対等(イーブン)なんて嘘でしょ?

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今回「マネジメントアドベントカレンダー2021」という企画に参加しています。ベンチャー、スタートアップのマネージャーさんを集め「マネジメント」をテーマに1年を振り返る企画です。
24人のマネージャーが1年を振り返ります。お楽しみに。

はじめに

私が経営している会社は「株式会社EVeM(イーブン)」という会社です。
このEVeMという文字にはいくつか意味が含まれているのですが、「マネージャーとメンバーは対等=イーブン」という意味も含まれています。

先日出した書籍も「急成長を導くマネージャーの型〜地位・権力が通用しない時代の”イーブンな”マネジメント」
と、”イーブン”という言葉が入っています。
”イーブン”という考え方は当社が大事にする価値観でもあり、全てのベンチャー経営者・マネージャーに大事にして欲しい考え方です。

・マネージャー(経営者)とメンバーは対等であり、役割の違いでしかない
・よって、地位や権力をテコに人を動かすことはできない
・ならば、人を動かすには「技術」が必要。その「技術」を教えます

という意味を込めて、EVeM(イーブン)という社名にしました。

では、イーブンなマネジメントとは何なのでしょうか?
「ホラクラシー型組織」「ティール組織」をイメージされる方がいらっしゃるかも知れませんが、それとは異なります。
その形式で成功したベンチャーを身近にリアルに見ることができていないので、残念ながら今はその考え方を信じられていません。

今回は、私がイメージする”イーブンなマネジメント”について書きたいと思います。

きっかけは岐阜県郡上市での出来事

前職でCOOとして仕事をし始めたころ、「イーブン」だなんて全く思ってませんでした。自分が「上」でしたし、その自分がトップダウンでどんどん物事を進めることで業績も順調に上がってきました。

ただ、その過程でたくさんの人を傷つけましたし、誰かのアイデアも削っていたのでしょう。誰かの犠牲の上に、きっと持続性に欠けるであろう短期的な業績を上げているような状態でした。

「いつもこうしてきたけど、こんなので良いのか」

いつしか、自分に違和感しか感じなくなりました。

違和感の原因がわからなかったのですが、とにかく今の自分の世界の中に答えがないなら世界を広げよう、世界を広げるためには自分が最も興味のないことをしよう、それが一番早い思い、興味のない「地域」に関わることにします。
岐阜県郡上市で「郡上カンパニー」というワークショップが開催されました。都会のビジネスマンが地域の事業家と組んで何か面白い取組を生もうというワークショップだったのですが、ここでは都会から来た3〜5人程度がチームを組み、地域の事業家のプロジェクトに従事します。

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僕が尊敬している平野馨生里さんが経営する石徹白洋品店のプロジェクトに従事することになりましたが、洋服のことなど私にはわかりません。
ですので、自分に自信が持てなくなり何も発言できずに時間を過ごしてしまいました。馨生里さんに

「すいません、価値を発揮できていなくて」

と話すと、

「も〜そういうのやめて。価値がない人なんていないのよ。関わってくれてるだけで嬉しいのよ。」

と優しい口調で、しかしはっきりと愛を持ってフィードバックされました。

そうか、いつどんな状態でも人として対等なんだ。人に価値があるも無いも無いんだ。自分らしくいればいいんだ。そんな安心感を覚えました。
同時に、自分がいかに人を一義的な価値のある無しで判断しているか、いかにそれが人に無言のプレッシャーを与え続けていたのか、痛感します。

馨生里さんからフィードバックされた後は、相変わらず洋服のことについてはわからないのですが、それでも自分のできる限り、自分はここにいて良いんだという安心感のもと、他のメンバーや馨生里さんと対等な立場で議論をつくし、アウトプットを出しました。

会社で纏っていた上司という肩書き、部下という肩書きを抜いた瞬間に、自分も自分じゃないくらいたくさん意見を出せましたし、自分じゃないくらい人の意見を受け入れましたし、そのぶつかりあいで、自分では絶対生めないアウトプットが生まれたなという感触を得ました。

対等な立場のメンバーで運営されるプロジェクトが、個々人では生めない何かを生んだということを実感しました。

▼郡上での思い出

「これ、会社も絶対こうあるべきだよな、なんでこうならないかな」

と思いました。なんでこうならないのでしょうか?

権限という差分

会社と郡上でのワークショップの違いを考えました。上司と部下の関係性を考えました。違いはどこにあるのか。

「ああ、権限か」

それに行き着きます。業務執行において、部下では決められないが私が決められることが多数存在します。
加えて、人を評価する権限も握っています。その人のキャリアにも給与にも人生にも大きな影響を及ぼすことのできる、まさに「生殺与奪の権限」を握っているのです。
そりゃ対等なんて無理だよな、と思いました。

でも、対等に議論したことで生まれた郡上でのアウトプットが忘れられません。
ベンチャーが掲げる非現実的としか言いようがないビジョン、何の根拠もない目標、それを必ず達成したいという野心、もしそれを叶えたいならば、上司と部下が上下関係にいて対等に議論できない組織ではなく、対等な立場で、全員の才能が躍動する組織じゃないと無理でしょ、と思ってしまいました。

では権限を放棄するのが良いでしょうか?

誰かが決めないと前に進めない現実

「XXまでにXXという目標を達成したい」

目標を設定することで個人・チームは創意工夫を凝らし、非現実的なものを現実にします。急成長を志向するベンチャー企業にはこれが必要です。
そして、目標と期限を設定するならば、いつかは誰かが決めないと前に進みません。

さらに、
「個人目標を設定し、努力し、その結果フィードバックを受けることで人は成長する」

評価という行為が存在する意味は、人の成長を強力に促すからです。
急成長を遂げたいベンチャーには、自分も含めた構成員の成長が不可欠です。そして、評価という行為は、評価ロボットという正確無比な評価をできるものが存在し、そのロボットがデジタルに「あなたXX点ね」と評価してくれる訳ではありません。
どこまで行っても人間が人間を評価する非合理性は拭えないわけで、そう考えると評価に「正解」はなく「納得解」が存在するのみです。
そのような納得解ならば人に依存するわけで、議論は尽くしますが最後は誰かが決めなければなりません。

急成長を目指すならば、やはり業務執行権限と評価権限からは逃げようがないのか・・・と、悩みます。

オーナーシップの比率

さらに考えたのが、持株の比率です。創業者である社長の持株比率がXX%で、取締役の私は0%でストックオプションが付与されているのみ。

「ああ、社長はいつでも僕をクビにできるんだな」
「そうか、会社の重要なことは全て、社長の独断で決められるんだ」

そう考えると、自分と部下の間だけではなく、社長と僕の間にも圧倒的な権限の差があることに気づきます。

う〜ん、権限の差もあるし持株の差もあるし、これで対等に仕事するなんか無理でしょう。郡上でのワークショップとの違いに愕然とします。

合同会社を作った

悩んでいるうちに、答えは見つからず疲れました。

「人が人を使う」

権限の差というのは結局そういうことであり、もうそういうのは疲れたと心の底から思いました。自分らしくない仮面を被って人を資材として使う人生ってなんなんだろうと思いました。
それが仮に正しかったとしても、もともとそういうことをしたい人間ではないので、自分のメンタリティ的にちょっと合わないなと思いました。
会社を辞めたのはそういう理由もあったのでしょう。
会社を辞めたら何をしようかと、何度も何度も考えました。

「オーナーシップも権限も完全にフラットな仕組みにすれば良いのでは!」

そう思い、前職を辞め合同会社を作ります。
4人が代表で、完全にフラット。誰が株を何%持ってるから何権があるとかそういうのも発生しない、理想の形態でした。
そして、自分が一番一緒に仕事がしたい思える人だけ集めて合同会社を作ります。

「このメンバーで完全にフラットな立場で仕事をし、ここで生まれたビジネスは株式会社にして、合同会社の下にぶら下げて行こう」
「株式会社というのは人が人を使うよくない世界だけど、せめて合同会社だけは理想のモデルで」

そんなことを考えます。EVeMは実はこの合同会社の出資で生まれた会社です。

しかし、この合同会社もしっくり来ませんでした。一緒にやった4人は今でも本当に大事な友人ですし、今でもいつでも一緒に仕事がしたいと強く思います。

ですが、この形態では「誰かが何かを決めて推進する」ということをやるには非常に難しいことにも気づきます。もし急成長を志向するビジネス、社会を大きく変えるビジネスを立ち上げたいなら、それには向いてなかったのでしょう。
ビジネスの進捗は遅々としてなかなか進みません。メンバーが良くても、形態が心地よくても、やはり取組むべきプロジェクトが進まないというのは辛くもあります。一緒にやった4人が悪いのではなく、急成長を目指すならそれには不向きな構造なのです。結果的には清算することになります。

仕組みではなくマネージャーのあり方の問題

構造上は権限の差も発生するし持株の比率も異なる。その上で、なお対等=イーブンな関係で何かを生むというのは無理なのだろうか。

これを考える上で非常に参考になったのが、キャリアSNS「YOUTRUST」を運営する株式会社YOUTRUSTでの勤務経験です。代表の岩崎さんはDeNA時代、私の部下だった方です。
前の会社の退職が決まり、株主総会での退任待ちの状態になりましたので出社するのも少し気まずく、仕事をする場所もなかったので「じゃあオフィスどうぞ使ってください」と岩崎さんがおっしゃってくださり、お世話になることになります。

そこで見た景色はまさに衝撃でした。誰も岩崎さんに遠慮もせずはっきりものを言ってるし、岩崎さんはそれを受け止めしっかり議論をしている。岩崎さんが地位や権力を振りかざすシーンなど全くない。そして、「岩崎さんのYOUTRUSTを運営している」のではなく、「自分のYOUTRUSTを運営している」という強い当事者意識をみなさんから感じました。

「あ〜これこれ!」

心の底から感動したのを覚えています。

一方、岩崎さんは議論はするけどなかなか決められてないな、と思ったので「リーダーは最後は決めないと」と偉そうにアドバイスしたことも覚えてます。そのアドバイスをしながら

「ああ、なるほど。それで完璧。」

なんて、自分の中で合点がいきました。

・岩崎さんのメンタリティ、あり方が議論しやすい、参画しやすい土壌を作っている
・最後は岩崎さんが決めたところで、岩崎さんは人を使っているのではなくみんなの叡智を集めて、最後役割として決めた。それが言動からよくわかる。

これであれば、構造上は権限を持つ者/持たざる者、株を持つ者/持たざる者、で別れていたとしても、郡上のワークショップのようなイーブンな関係での取組ができ、その先に大きなアウトプットが生めるのではないか!そう思いました。

とはいえ構造上はそうはなっていないわけで、いつでも上下を発生させようと思えば発生させられる構造なのでそれが完全な正解とは言えないかも知れません。完全に郡上のワークショップと同じかと言われればそういう訳でもないのですが、少なくとも大いに納得できる「納得解」でした。
今のYOUTRUST社の大躍進は、そういう経営者・組織のあり方にあるのではないでしょうか。

急成長を目指すにふさわしい、誰かが何かを決めるというがはっきりした組織形態である。しかしマネージャー(経営者)は地位や権力を振りかざすことなくみなと対等な立場であると心の底から思い、それを言動で表現し、そして役割として最後は権限をしっかりと行使する、このように腹落ちしました

まずは言葉遣いから

頭ではわかった。

「役割として権限を行使する」

しかし、これは頭ではわかっていたとしても意味がありません
「役割として権限を行使する」という言葉そのものはありふれたものであるとも思います。
自分の頭でそう理解していたとしても、構造上周囲からはそう認識されにくいものです。そこが重要です。業務執行権限に加え「評価権限」という刃を持っているのですから。

自分が「役割として権限を行使する」ということをいかに表現するか、その表現によって部下がいかに遠慮なく自由に躍動できるか、表現勝負です。

で、もう勘の良い方ならお分かりですかね?ちょっとここまで読んで不愉快だった人もいるかも知れません。すいません。
あえて今回の記事で多用した言葉(普段は一切使いません)

「部下」

という言葉を使っている時点で、部下と呼ばれる人たちが私と対等に議論などするわけがありません。

そのほかにも「手足」とか「下流」とか、そういう言葉を多用する時点で、

「役割として権限を行使する」

これは頭ではわかっているかも知れませんが表現できていないのです。そして、表現できないならイーブンな組織は作れないのです。

「部下」というは言葉として間違っていないと思いますし、そういうつもりで使っていないこともあるのでしょうが、経営者・マネージャーがこういう表現を多用している時点でイーブンな組織、みんなが対等だと認識して躍動できる組織、その躍動から急成長の種を生むような組織は作れないのです。

頭でわかっているだけでは、論理で整理できているだけでは、何の意味も無いのです。「表現」が重要なポイントです。

言葉遣いから始まり、あらゆる言動で「イーブンである」ことを表現するのです。そうやって、構造をメンタリティで乗り越え、皆が躍動する組織を作り、真のイノベーションの生むのです。

さいごに

私の考える「イーブンなマネジメント」は、構造的にはやはりイーブンではありません。
「いつでもイーブンではない状態で運営される可能性を含む構造の中でマネジメントをする」状態です。

その中でもイーブンであろうとするとき、

■対等な関係の中でチームメンバーが躍動するから、非現実的なビジョンや目標を達成するアイデアが生まれる
■みんなが自分の仕事だと思ってそれに取り組むので、それのアイデアが力強く実行される

ということを理解し、

■しかし構造上はいつでも上下ができる組織で仕事をしている

ことに経営者・マネージャーは細心の注意を払い、

■役割として権限を執行しているのみだ

というのを頭で理解し

■言葉遣いから正していき、全身全霊全人格でイーブンを表現する

このような方法でマネジメントに臨むべきだと、強く思います。

▼参考:ベンチャーマネージャーの立ち位置・心得


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