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「晴れの日も雨の日も」#62 「青雲の志」と「一隅を照らす」

ひょんなことから「三国志」(吉川英治文庫全8巻)を読み始めた。

20歳前後の頃に一度読んだことがある。まだ血気盛んで自分の前には大いなる将来が開けていると思っていた頃だ。劉備玄徳の脇を固める張飛という豪傑や沈着篤実な関羽に惹かれたりしていた。
オレも世に出て何かを成し遂げたい、と憧れたことを覚えている。

久しぶりにこの本を読んで、その頃の6畳一間の下宿やクラブの部室の風景と一緒に、青二才のくせにまっすぐだった私が目の前に急に立ち現れてきたような感じに襲われた。

その頃私は体育会水泳部で水球というマイナースポーツに取り組んでいた。選手としては三流ながら、クラブの運営とかチーム作りにのめりこみ、そういう「青雲の志」を自分の中で温めていた。

やがて4回生になり進路を選択する時期になる。

もともと青春ドラマが大好きだった私は、教員になって熱血部活指導にいそしむことを真剣に考えていた。3年B組金八先生が大ブームだった頃でもあり、こんな先生になりたい、と思った。そうなれたら間違いなく楽しいと確信していたし、なれそうな気もしていた。

一方、教員になって、相手変われど毎年同じようなことを繰り返していく生活に一生耐えられるのかイマイチ自信が無かった。
その間一体何人の子供にどれだけのものを残してやれるのだろう。
子供たちは大人になったらオレのことなんか覚えてもいないんじゃないか。
そんなことを何度も自問自答していた。

私の中では教員になるということは、前述のような青雲の志を捨てて、子供たちにこの身を捧げつくすことだった。
自分の我欲を捨て去ること。
何年か先に同期たちが社会の前線でバリバリ活躍しているのを見ても、我は我なりを貫くこと。
比叡山延暦寺を開山した最澄の説く「一隅を照らす」ことに殉ずる覚悟。

それだけの根性が自分に本当にあるのか。毎晩毎晩酒を飲みながら友達や先輩後輩と喧々諤々やった。親身でありがたい言葉もずいぶん頂きながら、長い間「青雲の志」と「一隅を照らす」の間で行ったり来たりしていた。

そして、最終的に一生を「一隅を照らす」に捧げきる覚悟が座らず、フツーのサラリーマンになった。

で、今、「一隅を照らす」の代わりに「青雲の志」は達成されたのかというと、なかなかyesとは答えにくい。
仕事は頑張った。社内外に少なからずの信頼関係も築いた。「あんたがいてくれて良かった」というありがたいお言葉を頂いたこともある。

が、三国志を読んで「修身斎家治国平天下」という言葉に熱く胸を震わせた「青雲の志」には現実は程遠い。
修身にはまあ自分なりに取り組んだ。5人の子供に恵まれたという意味では斎家も少しは実現したのかな?が、治国平天下となると、とてもとても。現実的な話として、国を会社と読み替えても、治めたか経営したかと言われると、全然。オモロイことが満載ではあったが、凡々たる人生だったと言わざるを得ない。

で、今度はコーチングマインドを活用した御恩送りを考えるようになった。ここからはむしろ「一隅を照らす」の精神だ。
こうして考えると、なんだか結局遠い回り道をした末に、ここにたどり着いたのかという気もしないではない。なんとも結論の無いような話だが、この本をきっかけに、昔を偲びつつ、思いがいろいろ駆け巡った。

今日も最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました♬ 長井 克之
仕事のご連絡・その他ご相談等はこちらに→nagairb21@jcom.zaq.ne.jp

<予告>
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(続く)

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