お笑いファンになりたての時に書いた長編シナリオ

もともとお笑いは好きだったものの、2017年のM-1を見て衝撃を受け、その年の新人シナリオコンクールに提出したシナリオです。結果は二次通過、三次落選でコンクールに挑戦してから最高記録でした。



○ 都内の公立小学校・下駄箱置き場(夕)
  誰もいない下駄箱置き場。
  上履きが置かれた下駄箱の中、『くぼゆうこ』と『あべまりあ』の名札の下駄箱2つだけが、外履きが置いてある。
町内放送「5時になりました。家に帰る時間です。皆さん、気を付けて帰りましょう」

○ 同・3年1組の教室(夕)
  『ぶりっ子』『キモイ』などの落書きがされた机と、『デブ』『ブス』などの落書きがされた机が、隣り合わせに並んでいる。
  その机の前で泣いている美少女、阿部マリア(8)。
  両方の机の落書きを雑巾で消している、ぽっちゃりしたブス、久保優子(8)。
優子「こんなこと、気にしちゃだめだよ、マリア」
マリア「(嗚咽)」
優子「こんなの、アリンコみたいなもんだと思えばいいんだよ」
マリア「アリ?」
優子「そ。ゾウは、アリンコを気にして歩いたりしないでしょ。これぐらい、笑い飛ばせるようにならなきゃ」
  マリア、涙を拭いながら頷く。

○ 同・廊下(夕)
  手を繋いで歩く、優子とマリア。
マリア「優子ちゃんは、アリじゃないよね?」
優子「え?」
マリア「優子ちゃんは、マリアとずっと一緒にいてくれるよね?」
  優子、力強く頷く。
優子「ぱおーん!」
  アリを踏みつぶす、ゾウのような仕草をする。
マリア「…あはははっ!」
  優子に抱き付き、ケラケラと笑う。
  マリアを受け止めて、笑う優子。

タイトル『死なば諸共』

○ 久保家・優子の部屋(朝・9年後)
  ベッドの上、枕元に無造作に置かれたスマホから、目覚ましのアラーム音が鳴っている。
  優子(17)、まだ夢うつつのまま、手探りでスマホを探す。
  すると、別の手がスマホに伸びて、アラームを止める。
  その手の主は、優子の布団に入り込んでいた、マリア(17)である。
  マリア、あくびをして、再び布団に入り込んで二度寝する。
優子、マリアに気付いて、完全に眼を覚ます。
優子「…こいつめ」
  足でマリアを押し、ベッドから落とす。
  マリア、ベッドのすぐ脇に敷いてあった敷布団に落ちる。
マリア「きゃあ!」
優子「なにを勝手に、人の布団に入り込んでんの、マリア」
  マリア、起き上がって、優子を見上げる。
マリア「おはよー、優子ちゃん」
優子「おはよー、じゃないよ。何のためにその布団敷いてやったと思ってんの」
マリア「だって~。マリア、優子ちゃんと違ってお肉ないから、夜寒くて、つい」
優子「朝っぱらからデブいじりか、この性格ブス!」
  マリアに向かって枕を投げつける。
  マリア、笑顔で枕を受け止める。
マリア「ふふふふっ」

○ 同・ダイニング(朝)
  テーブル一面に並んだ、4人分の和朝食。
  制服姿のマリアと優子が並んで座り、その向かいにはぽっちゃりした優子の両親、久保牧子(48)、和雄(48)が笑顔で座っている。
  マリア、手を合わせて、
マリア「いただきまーす」
牧子「どうぞどうぞ、たくさん食べてね~」
  4人とも、朝食を食べ進めながら、
優子「マリアが泊まるからって、朝ごはん気合入れちゃって」
牧子「だって、こんなに細いんだもの。いっぱい食べさせてあげたいじゃない」
和雄「マリアちゃんが細いというより、うちのが太いだけなんだけどな」
優子「誰の遺伝のせいだと思ってんだ」
牧子・和雄「それは申し訳ない」
マリア「ふふふっ」
和雄「今日は何だっけ、学校の文化祭だっけか。2人は何か出し物でもするのか?」
牧子「違うわよ、ホントに何も聞いてないんだから、あんた」
優子「今日は志望大学の文化祭。ウチの学校は再来週だよ」
和雄「へぇ~。マリアちゃん、ナンパには気を付けなよ。大学生の男なんて、ろくなヤツいないからね」
マリア「はぁい」
牧子「優子、ちゃんとマリアちゃんを守ってあげなさいよ」
優子「マリア贔屓がエグすぎでしょ、実の娘の心配は?」
牧子「10キロ痩せてからね」
優子「人のこと言えないでしょうが!」
マリア「あははは!」

○ 都内の私立大学・正門
  『第四十五回 文化祭』と書かれた色鮮やかな看板が立掛けられており、たくさんの人々が構内へ入っていく。

○ 同・構内
  様々な模擬店が並び、人で溢れている。
  マリア、たこ焼き屋の模擬店でたこ焼きを買って、少し離れたところで待つ優子のもとへ駆け寄る。
マリア「1個、おまけしてもらっちゃった」
優子「得したじゃん。どっか座れるところないかな」
  辺りを見回し、座れる場所を探しながら、歩き出す。
優子「それにしても広いなぁ。移動授業の時とか、道に迷ったらお終いじゃん」
マリア「優子ちゃん、この大学に行くの?」
優子「いや、まだ決まったわけじゃないけど。そういえばマリア、進路希望決まった?」
  マリア、優子から目を逸らす。
マリア「考え中~…」
優子「考え中って…。マリア、明日面談でしょ?」
マリア「だって、別に行きたいところとか無いんだもん」
優子「もう高2なんだからさ、いい加減に将来のこととか考えないと」
マリア「…将来のこと、かぁ」
  優子とマリアの後ろから、男子大学生2人が近づいてくる。
大学生A「ねえねえ。その制服、和峰高校の子?」
  優子とマリア、足を止めて振り向く。
  大学生2人、明らかにマリアだけを見ている。
大学生B「うわ、マジで可愛い!」
大学生A「だから言ったろ? 君、何年生? 3年生?」
マリア「…」
  嫌そうな表情。
  マリア、ぎょっとしてる優子の腕を引いて、大学生を無視して歩き出す。
  大学生2人、後をついてくる。
大学生A「ごめんごめん、怖がらせちゃった?」
大学生B「俺らここの学生でさ、和峰のOBなんだよ」
優子「(緊張した声で)すみません、行くとこあるんで…」
  大学生A、優子とマリアの間に割り込み、優子を軽く押しのける。
優子「わっ…」
  バランスを崩し、よろめく。
マリア「!」
  押しのけられた優子を見て、目の色が変わる。
大学生A「もしよかったら、学校案内しよっか?」
  マリア、手に持つたこ焼きを、大学生Aの顔に向かって投げつける。
  熱々のたこ焼きが、大学生Aの顔にぶちまけられる。
大学生A「熱ぅーっ!」
大学生B「うわっ!?」
  マリア、優子の手を取って、走って逃げだす。
優子「マリア!?」
大学生B「おいっ!」
  人の波を掻き分けて逃げる優子とマリア、追いかける大学生B。

○ 同・記念会館前
  後ろを気にしながら逃げる優子、逃げ込む場所を探すマリア。
  マリア、記念会館の入り口に立掛けられている看板を見つける。看板には、たくさんの芸人の似顔絵ステッカーが貼られており、『お笑いステージの会場はこちら』と書かれている。
マリア「優子ちゃん、こっち!」
  優子、マリアに手を引かれ、記念会館の中へ逃げ込む。

○ 同・記念会館ロビー
  人もまばらなロビーに、『ホールはこちら』という看板が立っている。
  看板の案内に従い、足早に歩く優子とマリア。
優子「なんつー無茶すんの、あんたは!」
マリア「だってあいつ、優子ちゃんのこと突き飛ばしたんだもん」
優子「軽くぶつかっただけだよ! もうここの大学、怖くて行けないじゃん…」
  ホール入り口前に辿り着き、扉を開けて中へ入る。
  扉のすぐ横の壁には、出演者の顔写真が載ったポスターが貼られており、その中に『エスプレッソ』という漫才コンビ、青沼裕介(33)、藤林斗真(33)の写真が載っている。

○ 同・ホール内
  客席はそこそこ人で埋まっており、ステージ上にはフリップを持った男芸人がネタを披露し、笑い声が上がっている。
  優子とマリア、音を立てないように後列の空席に座る。
  その席より前列の席に座る、優子達と同じ学校の制服を着た、小林尊(17)、2人に気付いて振り返るが、すぐに視線をステージへ戻す。
優子「(小声で)とりあえず、しばらく経ったら出て、そのまま帰っちゃおう」
マリア「(小声)えぇ~、カフェとか寄らないの?」
優子「(小声)殺人的に呑気だな、あんた…」
男芸人「以上になります、どうもありがとうございましたー!」
  拍手の音が響き、優子とマリア、ステージに視線を向ける。
  男芸人が舞台袖へ捌けていき、スタッフがステージ中央にサンパチマイクを置きに来る。
準備を終えたスタッフ、ステージの下手側に置かれためくりをめくる。
  めくりには、『漫才師 エスプレッソ』の名前。
小林「(小声)来た来た」
  出囃子の音楽が鳴り、エスプレッソの2人、青沼と藤林がステージに現れ、サンパチマイクの前へ。
青沼「どーもー! エスプレッソと申します!」
藤林「よろしくお願いしますー」
  小林が真っ先に拍手する。
  それを皮切りに客席から拍手の音、優子とマリアも拍手する。
青沼「いやあ、こんな素敵な大学の文化祭に呼んでもらって、こうして皆さんの前で漫才させてもらえて、本当にありがたい話です。ちなみに、僕らのこと知ってるよーって人、手上げてもらっていいですか?」
  小林が真っ先に手を上げるが、優子とマリアは手が上がらず、他の客もほとんど手が上がらない。
青沼「あー、皆さん『誰やねん』って顔してはりますねー。せっかくですんでね、名前だけでも覚えて帰っていってください。僕がツッコミの青沼いいまして、こっちがボケの藤林くんっていいます」
藤林「よろしくお願いしますー」
  客席から拍手。
藤林「それにしても、賑やかな文化祭ですよね。模擬店なんかもいっぱい出てて、なんだか夏祭りみたいですわ」
青沼「あー、いいじゃないですか、夏祭り。夏祭りといえば、やっぱり浴衣姿の女の子とデートなんかしてみたいですよね」
藤林「浴衣姿の女の子とデートですか」
青沼「そうそう。暑い夜、神社の前とかで彼女と待ち合わせしてて、そしたら向こうから浴衣を着た女の子がぱぁーって来て……」
藤林「(女の演技で)青沼くん、お待たせ~」
青沼「あ、フジコちゃん、こっちこっち! 浴衣、めっちゃ似合ってるやんか」
藤林「どう? いま流行りのオールホワイト浴衣コーデ」
青沼「それ死んでる人が着るもんちゃうの?」
  客席から笑い声。
優子「あはははっ」
マリア「ふふふふっ」
藤林「着付け初めてやから、ちゃんと合ってるか心配で。ねえ、浴衣って左前で合ってるよね?」
青沼「合うてない、合うてない! 真っ白な浴衣に左前って、それ完全に死に装束やんか」
  笑い声。
藤林「そんなことより、ほら見て! 出店がいっぱいあって、目移りしちゃうね~」
青沼「そんなことよりって何やねん。でも、ほんまに出店でいっぱいやね。あ、お面屋さんなんかあるで。子供のころによう買ってもらったわぁ」
藤林「へぇ~。私も買っちゃお。すみません、そこの、白い三角形のお面くださーい」
青沼「それお面やなくて、幽霊がつけてる三角の頭巾やないか」
  笑い声。
マリア「ふふふふっ」
  笑いながらも、食い入るようにステージ上を見つめ出す。
藤林「それよりほら、見て見て! あそこで盆踊りやってる!」
青沼「何やねん、それよりって。まあ、お祭りやからね、盆踊りは定番やね」
藤林「せっかくやから2人で踊ろう!」
青沼「ええっ、踊るん? ええけど、盆踊りなんて子供の時以来やから、あんまちゃんと踊れへんよ」
藤林「大丈夫、私の真似すれば完璧に踊れるから!」
青沼「そう? ほな、教えてもらおっか」
藤林「じゃあいくよ、見といてね~」
  盆踊りの振りをする。
藤林「ソラ、ヨイトコサッサノ、ヨイサッサ」
  青沼、藤林の振りの真似をする。
  藤林の振りが、次第に盆踊りから、手を前に垂らす幽霊のポーズに変わる。
青沼「待て待て待て、振り付け変わっとるやないか!」
  笑い声。
優子「あははは」
  マリアの方をちらっと見る。
  マリア、笑いながらも、前のめりになってステージ上を見つめている。
優子「マリア?」
  マリア、優子の声に気付かない。
  優子、不審がりながらも、ステージ上に視線を戻す。
藤林「ごめんごめん、間違えっちゃった」
青沼「その見た目に更に幽霊感足してどうすんねん。まさか本物の幽霊なん?」
  藤林、目を見開いて驚く演技。
藤林「ぎくぅ!」
青沼「…え、まさか、ほんまにそうなん?」
藤林「そそそそそ、そんなワケないやん!」
青沼「いや絶対にそうやろ、その反応!」
  笑い声。
藤林「…バレたか。私ね、このお祭りに来る途中、車に引かれて死んじゃったの」
青沼「えっ…」
  優子とマリア、展開に驚いている。
藤林「でも、どうしても青沼くんと、お祭りに行きたくて。それで、精いっぱい生きてる人のフリしてたんだ」
青沼「…全然できてへんかったやん」
  笑い声。
藤林「ごめんね、せっかくのお祭りデートやったのに、幽霊なんかが相手で」
青沼「フジコちゃん…」
藤林「私、あの世に帰るね。…さよなら」
  去ろうとする藤林の腕を、青沼が掴む。
青沼「待ってや! まだ、花火見てへんやんか。フジコちゃん、花火めっちゃ楽しみにしてたやん!」
藤林「青沼くん…」
青沼「幽霊でもええよ! 真っ白な浴衣、ええやん、オシャレやん! 俺、フジコちゃんと一緒におりたい!」
マリア「…」
  マリア、目をキラキラ輝かせて、ステージ上を見つめる。
  藤林、俯いて、泣く演技をする。
藤林「ありがとう、青沼くん…!」
青沼「泣かんといてよ! …あっ、ほら、フジコちゃん!」
  真上の方を指差し、藤林の肩を叩く。
青沼「花火、上がっとるで!」
  藤林、青沼の指の先を見る。
藤林「ほんまや! うわあ、めっちゃキレイ! なあなあ、2人で『たまや』って言おうや!」
青沼「当たり前やんか! ほな、次の花火上がったら、叫ぼうな!」
藤林「オッケー! あ、花火来たで来たで!」
青沼「おっしゃ、息合わせて行こうな。せーの、たまやー!」
藤林「(低い掠れ声で)たまやー」
青沼「何やその呪怨みたいなヤツ!」
  客席から拍手笑い。
藤林「こんなお祭りデート、素敵ですよね」
青沼「いや、どこが素敵やねん。もうええわ。どうもありがとうございました!」
  揃って客席へ頭を下げる、青沼と藤林。
  観客が一斉に拍手を送る。
  マリア、その場に立ち上がって、スタンディングオベーションする。
  優子、驚いてマリアを見上げ、前方の席にいる小林も、マリアへ振り返る。
  青沼と藤林、マリアに気付くと驚きの表情を浮かべるが、すぐに笑顔に変わって、客席のマリアにお辞儀しながら、舞台袖へ捌ける。
  優子、マリアを小突いて、
優子「マリア、何やってんの?」
マリア「優子ちゃん、決まったよ」
優子「えっ?」
マリア「マリアの進路希望!」
  優子の方を向いて、満面の笑み。
マリア「マリア、漫才師になる!」
優子「…はあああああああ!?」

○ 和峰高校・進路指導室
  机を挟んで向かい合って座る、笑顔のマリアと、頭を抱えている、進路指導教師の十波紗枝(40)。
  机の上には、『漫才師』とだけ書かれた進路志望用紙が1枚。
十波「阿部さん、今がどういう時かわかってるの!?」
マリア「進路指導の面談中でーす」
十波「そういうことじゃなくて!」

○ 同・進路指導室前の廊下
  優子、周囲を気にしながら、指導室の様子を盗み聞きしている。
十波の声「高校2年生のこの時期が、どれだけ大切だと思う!?」
マリアの声「だからちゃんと進路志望決めたんじゃないですか」
十波の声「こんなもの、進路志望なんて言いません!」
優子「言わんこっちゃない…」

○ 同・進路指導室
  十波、机を叩く。
十波「とにかく! このことはご両親に報告させてもらいます!」
マリア「えー。マリアの将来じゃないですか」
十波「あなたの将来だからこそよ!」
  進路志望用紙を手に取り、席を立つ。

○ 同・進路指導室前の廊下
  優子、慌てて通りすがりの振りをする。
  扉が開き、十波が出てきて、速足でその場を去る。
十波「せめて、アイドルかモデルだったならまだしも!」
  優子、十波が見えなくなったのを確認してから、進路指導室の中へ。

○ 同・進路指導室
  優子、ふてくされているマリアのもとへ。
優子「だから言ったじゃん、絶対に怒られるって」
マリア「自分の将来のことなのに、本当のことを言っちゃダメなの?」
優子「いや、それ以前に。漫才師になりたいなんて、本気で言ってるの?」
マリア「うん。エスプレッソさんの漫才を見た時、ビビッときたの」
  荷物を持って教室を出る。
優子「悪いこと言わないから、やめときなよ」
  マリアを追い、教室を出る。

○ 同・進路指導室前の廊下
  優子、先を歩いていたマリアに追いつき、並んで歩く。
優子「漫才師なんて、マリアには絶対に無理だって」
マリア「なんで?」
優子「なんでって…。だって、マリアのお父さん、めちゃくちゃ過保護じゃん。芸人なんて、絶対に認めてくれないって」
マリア「自分のことだもん、パパなんか関係ないし」
  2人の向かい側から、柊ミホ(17)と鈴木尚美(17)、談笑しながら歩いてくる。
ミホ「もう、マジでときめいた! 特進の小林くん、イケメンすぎる!」
尚美「それは好きになっちゃうわ~」
  ミホと尚美、優子とマリアに気付き、嫌そうな表情を浮かべる。
ミホ「うわっ」
  優子、ミホと尚美に気付き、マリアの腕を引いて壁側に寄る。
優子「そもそも、今まで漫才はおろか、お笑い番組すらろくに見てこなかったんでしょ? そんなヤツができるわけないじゃん、漫才なんて」
マリア「何かを始めるのに、遅すぎることはないって、先生が言ってたよ。だから優子ちゃんも、まだダイエット間に合うから大丈夫!」
優子「私をイジって話を逸らすな!」
  優子とマリア、ミホと尚美とすれ違う。
ミホ「(わざと大声で)っつーかさぁ、マジでぶりっ子な女ってキモいよねー」
  表情が固まる優子、平然としているマリア。
  優子、マリアの腕を引き、早歩きになる。
尚美「(わざと大声で)ほんとそれ! そういうヤツと友達やらされてる子、可哀想で見てらんないわー」
  優子とマリア、早歩きでその場を去る。

○ 同・階段
  優子とマリア、階段を降りていく。
優子「大丈夫、マリア?」
マリア「何が?」
優子「いや、何がって、えっと…」
マリア「なんか、アリさんたちがワーワー言ってたねー。うふふふっ」
優子「…そうだね、うん」

○ 同・1階廊下
  優子とマリア、階段から降りてきて、下駄箱へ向かう。
優子「それより、どうすんの? 先生、きっともうあんたの家に電話かけてるよ」
マリア「やだも~…。優子ちゃん、今日うちにご飯食べにこない?」
優子「自分が気まずいからって私を巻き込むんじゃない!」
  掲示板の前を通りがかる。
  掲示板に貼られている、文化祭のポスターの中央には『全学年合同パフォーマンスコンテスト』という項目があり、下の説明文に『持ち時間は4分、パフォーマンスはジャンル不問』と書かれている。

○ 阿部家・外観(夜)
  庶民的な住宅街の中でひときわ目立つ、モダンなデザインの一軒家。

○ 同・ダイニング(夜)
  テーブル一面に並ぶ、4人分の夕食。
  真面目な表情で座っている、マリアの母、真由美(46)と、マリアの父、譲司(50)。
  その向かいの席に、居心地悪そうに座る、優子とマリア。
譲司「絶対に駄目だ!」
マリア「なんでよ! マリアの人生でしょ!」
譲司「お前の人生だからだ! 世の漫才師で、漫才だけでちゃんと食べていける人たちなんて、ほんの一握りなんだぞ!」
マリア「そしたら、旦那さんとか見つけて結婚してもらうから、いいもん」
  譲司、興奮して立ち上がって、
譲司「結婚なんてものは一番駄目だ!」
  真由美、譲司の袖を引いて座らせる。
優子「だから言ったでしょ。マリアのためにも、諦めたほうがいいって」
マリア「…パパ、夢は絶対に諦めるな、って、いつも言ってたくせに」
譲司「(バツが悪そうに)それは、真っ当な夢のことを言ったのであって…」
マリア「『漫才師になりたい』っていうのは、真っ当じゃないの!?」
真由美「やめなさい、マリア。パパは、あなたのことが心配なのよ」
譲司「そうだ、全てはマリアのことを思ってだな。第一、娘が笑いものになるのを喜ぶ親が、一体どこにいると…」
  マリア、立ち上がって、
マリア「馬鹿にしないで!」
譲司「え……」
マリア「漫才って、とにかく、とにかくすごいんだから!」
  唖然とする優子、譲司、真由美。
  マリア、速足でダイニングを出て、音を立てて扉を閉める。
優子「マリア!」
  優子、慌ててマリアを追う。

○ 同・マリアの部屋(夜)
  勢いよく扉が開いて、マリアが部屋の中へ入り、クローゼットを開けて服を引っ張り出す。
  続いて優子が入ってきて、
優子「ちょっと、なにしてるの!?」
マリア「家出!」
優子「は!?」

○ 同・階段(夜)
  階段下で、譲司と真奈美が心配そうに2階を見上げている。
  荷物を持ったマリアが階段を駆け下り、優子がそれを追う。
譲司「マリア!?」
  マリア、すれ違いざまに譲司を睨んで、玄関へ。

○ 同・庭(夜)
  玄関扉が開き、マリアが出てくる。
  しばらくして優子が出てきて、マリアを追う。
  譲司と真奈美、マリアを追って出てくるも、呆然とマリアの背中を見つめる。

○ 住宅街(夜)
  速足で歩くマリア、それを追う優子。
優子「マリア! マリアってば!」

○ 同・リビング(夜)
  固定電話で真奈美と話す牧子。
牧子「ええ、優子と一緒よ。心配しないで、うちは大丈夫だから」
マリアと優子が並んでソファに腰かけて、マリアはむすっとしている。
優子「何でそんなに頑固なの、マリアは」
マリア「パパが悪い、マリアは悪くないもん」
優子「…本気なんだ、漫才やりたいって」
  マリア、深く頷く。
  牧子、マリアに振り返って、
牧子「マリアちゃん、お母さんから」
マリア「…」
  牧子のもとへ行って、受話器を受け取る。
  心配そうに見守る、優子と牧子。
マリア「…ママ?」
真由美の声「マリア、落ち着いた?」
マリア「…うん」
真由美の声「あのね、パパもママも、マリアのことが心配だから言ってるのよ。それはわかるわよね?」
マリア「でも」
真由美の声「わかってる。あなた、頑固だから。でも、簡単に賛成できることじゃない。だから、これはママからの試練よ」
  マリア、背筋を伸ばす。

○ 阿部家・リビング(夜)
  真由美、ソファに座りながら、携帯電話で電話をしている。
  譲司、険しい表情であたりをうろうろしている。
真由美「もしも、マリアが本当に漫才師さんになりたいのなら、マリアの漫才で、パパとママを笑わせてみて」
  譲司、真由美の言葉に驚く。
マリアの声「パパと、ママを?」
真由美「ええ」
譲司「おいっ、ママ!?」
  真由美、口元に指をあてて、譲司を黙らせる。
真由美「それができたら、すごく心配だけど、素直に応援できないと思うけれど、マリアの夢を受け入れる」

○ 久保家・リビング(夜)
  深く頷くマリア。
マリア「…うん、わかった」
真由美の声「…じゃあ、優子ちゃんたちに迷惑かけないようにね。明日はちゃんとうちに帰っていらっしゃい」
マリア「うん。おやすみなさい、ママ」
  電話を切る。
  優子、マリアのもとへやってきて、
優子「なんだって?」
マリア「マリアの漫才で、パパとママを笑わせてみろって」
  優子に振り返り、じっと見つめる。
  優子、居心地悪そうに身を捩る。
マリア「優子ちゃん! あのね…」
  優子、耳を塞ぐ。
優子「あーっ、聞きたくない! 嫌な予感しかしないから、聞かない!」
  マリア、優子の手を外そうと引っ張る。
マリア「優子ちゃーん!」
優子「知らん! 私、聞かざる!」
マリア「優子ちゃんは猿っていうよりゴリラでしょ!」
優子「誰がゴリラだ! はっ倒すぞ!」
  マリア、優子の耳元で叫ぶ。
マリア「一緒に、漫才やろーっ!」
優子「ほら、やっぱりそうくるじゃんーっ! やだーっ!」
  牧子、2人を見ながら、腹を抱えて笑う。
牧子「いや、あんたら2人、どっからどう見ても漫才コンビでしょ」

○ 同・優子の部屋(夜)
  優子、ベッドの脇に布団を敷いている。
  マリア、優子のベッドに腰かけながら、その様子を見ている。
マリア「絶対にうまくいくと思うの、優子ちゃんとなら」
優子「…」
マリア「いや、むしろ優子ちゃんしか考えられないもん、マリアとコンビ組むの」
優子「勝手なこと言うな! できるわけないでしょ、私が漫才なんて!」
マリア「大丈夫! 優子ちゃんなら、ステージに出ただけでみんな笑ってくれるって」
優子「それは褒めてんのか、それとも貶してんのか」
マリア「うーん、どっちも?」
優子「こんにゃろっ!」
  優子、マリアに向かって枕を投げつけ、マリアの胸元に直撃する。
マリア「いたい!」
優子「顔に当てなかっただけ優しいでしょ」
マリア「優子ちゃんと違って、マリアはお肉で守られてないんだから」
優子「何かいつにも増して性格ブスに磨きかかってない!?」
  マリア、優子に枕を投げ返す。
マリア「ほら、やっぱり! 優子ちゃん、ツッコミにぴったりだって!」
優子「え、今のはボケてたの?」
マリア「うん」
優子「行動速いな…。っていうか、いつも通りでしょ、こんなやり取り」
マリア「だから、優子ちゃんは生まれついてのツッコミなんだよ」
  ベッドから立ち上がり、優子の手を引いて全身鏡の前へ。
  マリア、優子の右隣に立つ。
マリア「ほら、こんな風に並んで立って、ここにマイクがあって、前にはお客さんがいて、私たちが漫才したら、みんな笑って…」
  優子、鏡に映る自分とマリアを見つめる。
  どこか様になっている、2人の立ち姿。
優子「…簡単に言うけど、笑わせるって大変なことだよ? 本当にやるの?」
マリア「うん」
  真っ直ぐな眼で、優子を見る。
  優子、マリアに見つめられ、たじろぎながら溜息を吐く。
優子「一回だけだよ、こんなこと付き合うの」
  マリア、満面の笑みで優子に抱き付く。
マリア「優子ちゃん、だいすき~」
優子「はいはい」
  マリアの背中をぽんぽんと撫でる。

○ 電車内(朝)
  通勤中のサラリーマンや、通学中の学生でいっぱいの車両。
車内放送「まもなく飛田給です。出口は左側です。飛田給の次は西調布に停まります」
  優子とマリア、連結部分近くの手すりに掴まって立っている。
優子「そもそも、漫才ってどんな風にやればいいの…?」
マリア「わかんない…」
優子「っていうかマリア、その辺ちゃんと考えてた…?」
マリア「…ふわふわ~っと?」
優子「わあ、前途多難…」
  電車が止まり、乗客が乗ってくる。乗客の中には、杖をついた老婆がいる。
  扉近くの座席に座っていた小林、老婆に気付くと、すぐに席を立つ。
小林「ここ、どうぞ」
老婆「あらまあ、ご親切にどうも」
  優子、小林の方を見る。
優子「はぁー。目の保養だわ、小林くん」
マリア「誰?」
優子「知らないの? 特進クラスのイケメン、有名じゃん」
マリア「知らない。もしかして優子ちゃん、その人のこと好きなの?」
優子「まさか。イケメンは観賞用でしょ」
  小林、扉付近にある、座席の仕切りに背もたれ、スマホを弄りだす。
  そのスマホケースに、エスプレッソの似顔絵ステッカーが貼られている。
マリア「…?」
  小林のスマホケースをじっと見る。
    ×    ×    ×
<フラッシュバック>
  優子とマリアが文化祭に行った大学の、記念会館の入り口に立掛けられている、お笑いショーの会場案内の看板。
  たくさんの芸人の似顔絵ステッカーが貼られており、その中に、小林のスマホケースに貼ってあったものと同じステッカーがある。
<フラッシュバック終わり>
    ×    ×    ×
○ 電車内(朝・現実)
  マリア、優子の腕をバシバシと叩き、
マリア「優子ちゃん!」
優子「え?」
マリア「エスプレッソ!」
  小林を指差し、優子もつられてそちらを見る。
  小林、2人の視線に気づき、顔を上げる。
小林「あ」
優子「えっ」
  優子、どぎまぎしている。

○ 通学路(朝)
  優子、マリア、小林が並んで歩いている。
  小林、クスクスと笑いながら、
小林「面白いね、それ。エスプレッソを見て、漫才の虜になっちゃったんだ」
優子「いや、笑い事じゃないんだけど…。でも、小林くんがお笑い好きだったなんて、なんか意外」
小林「よく言われる。叔父さんが構成作家で、よく劇場に連れてってくれたんだよ。おかげですっかりお笑いオタク」
マリア「構成作家?」
小林「テレビとか、ラジオとかの企画を考える人。うちの叔父さんは、専らお笑い番組専門で、今は深夜ラジオの作家してる」
優子「うわ、すっご…」
マリア「じゃあ、君も漫才とかできるの?」
小林「興味はあるけど、1人じゃできないからね。あと、漫才はやっぱり難しいからさ」
優子「だよねぇ…。どうすんの、マリア。漫才で笑わせるなんて条件飲んじゃって」
マリア「うーん…どうしよっか…」
  小林、少し考え込んで、
小林「まずはコピーから始めてみたら?」
優子「コピー?」
小林「プロの漫才を、そのまま真似してみるところから、始めてみたらどうかな。テンポとか、間とか、そういう感覚を掴む為にも、どう?」
  優子、マリア、お互いを見合って、
優子「それだったら、何とかなるかも…?」
マリア「うん! やろう、漫才のコピー!」
優子「うわ、めちゃくちゃ乗り気じゃん」
  小林に振り返り、
優子「小林くん、ありがとう。私たち、漫才のことなんて何もわかんなかったから…」
小林「いいよ、面白そうだし。お笑いのことで聞きたいことあったら、いつでも言って」
  スマホを取り出すと、ラインのQRコードを画面に表示し、優子に向ける。
優子「(照れ笑いで)ありがとう…」
  優子、躊躇いながらも、自分のスマホを取り出し、QRを読み取る。
マリア「……」
  マリア、優子の腕にぎゅーっと抱き付く。
優子「なに、急に」
マリア「なんでもー?」

○ 和峰高校・2年A組教室
  和気あいあいとした、昼休み中の教室。
  優子とマリア、窓際の席で向かい合って、弁当を食べながら、1つのスマホとイヤホンを分け合って、動画サイトにアップロードされていたエスプレッソの漫才動画を見ている。
優子「これ、元は彼氏と彼女って設定だけど、どうすんの?」
マリア「女子の友達同士にすればいいんじゃない? …じゃなくて、ええんちゃう?」
優子「え、なんでいきなり関西弁?」
マリア「ちゃんと練習しとかないと、本番で上手く喋れるかわかんないもん」
優子「いや、そこは真似しなくてもいいところでしょ!」
マリア「そうなの?」
優子「もー、故意のボケと天然ボケ織り交ぜてくんな!」
  スマホの動画が終わったのを、もう一度再生して、再び見始める。
  廊下側の席に座るミホと尚美、マリアのことを睨んでいる。
    ×    ×    ×
  授業中の教室で、優子は窓際の真ん中の席、マリアは一番後ろの席に座っている。
  優子、真面目にノートを取っている最中、心配そうにマリアを振り返る。
  マリア、真剣にノートを取っている。
  優子、ほっとして、前に向き直る。
  しかし、マリアが書いていたのは授業の内容ではなく、エスプレッソの漫才の書き起こしである。

○ 久保家・優子の部屋(夜)
  優子、ベッドに寝転がりながら、マリアの書いたネタの書き起こしを読んでいる。
牧子の声「優子、ご飯よー」
優子「はーい」
  ノートを置いて、部屋を出る。

○ 阿部家・ダイニング(夜)
  マリア、夕食を食べ終え、両手を合わせる。
マリア「ごちそうさまでした!」
  食器を流し台に持っていってから、急いで自分の部屋へ。
  心配そうな真由美と、険しい表情の譲司。

○ 同・マリアの部屋(夜)
  マリア、急いで部屋に入ってきて、机の上に置いてあったノートを広げ、ネタを読み返して練習する。
マリア「優子ちゃん、おまたせ~。どう? いま流行りのオールホワイト浴衣コーデ」

○ 和峰高校・外観
  校舎の時計が午後4時を指している。

○ 同・中庭
  優子、中庭のベンチに腰掛け、紙パックのジュースを飲んでいる。
  小林が、中庭沿いの廊下を通りがかり、優子に気付いて中庭へやってくる。
小林「久保さん」
  優子、小林に気付いて振り返る。
優子「小林くん、まだ帰らないの?」
  小林、優子のもとへやってくる。
小林「俺、文化祭の実行委員だから、ちょっと仕事があって。久保さんこそ、何してるの?」
優子「私はマリア待ち。十波先生に呼び出されたんだってさ」
  小林、優子の隣に腰掛ける。
小林「2人は幼馴染なんだよね」
優子「そう。変なコンビでしょ、お互い正反対で」
小林「それが面白いんじゃん。でも、幼馴染コンビか。エスプレッソと同じだ」
優子「え、そうなの?」
小林「そう。青沼と藤林、小学生の時からの幼馴染なんだよ。だから、めちゃくちゃコンビ仲が良くて、漫才も面白いんだよね」
優子「へえ~…」
小林「幼馴染同士の芸人って多いんだけど、やっぱり漫才が面白いコンビが多いから。2人の漫才、楽しみだな」
  優子に向かって微笑む、男前な小林の笑顔。
  優子、照れて顔を逸らす。
優子「(早口で)いやまあ、そんな期待されてもアレというか、アレなんだけど」

○ 同・2階廊下
  廊下の窓から、優子と小林のいる中庭が見下ろせる。
  ミホと尚美が、優子を見下ろし、睨みつけている。
小林「そうだ、前にラインで話した、叔父さんが作家やってるラジオ、今日の夜12時からだから。よかったら聞いてみて」
優子「ありがとう、聞いてみる」

○ 久保家・外観(夜)
  2階の優子の部屋の灯りが点いている。

○ 同・優子の部屋(夜)
  勉強机の上に、ココアと、勉強道具、そしてスマホ。
  優子、スマホのラジオアプリでラジオを聞きながら、勉強している。
時報「11月9日、0時をお知らせします」
  優子、手を止めて、スマホの画面を見る。
  画面には、『河島ピノの星に願いを』というラジオ番組の番組情報。
  OPジングルの後、パーソナリティーの男芸人、河島ピノ(40)の声が流れ出す。
ピノの声「時刻は0時になりました、河島ピノの『星に願いを』のお時間です。あのー、今日は午前に、劇場の出番があったんですけどね」
  スマホにラインの通知。優子、ラインアプリを起動する。
ピノの声「今日出演するメンバーっていうのが、比較的若手の子が多くて。もうね、凄いの、めちゃくちゃ殺気立ってて」
  トーク画面には、マリアからの「聞いてるよー!」というメッセージと、可愛らしいキャラクターが「ねむたい…」と呟いているイラストのスタンプ。
優子「(笑う)寝そうだな、マリア」
ピノの声「何でかっていうとね、ちょうど1週間後の木曜日、11月16日。あのM1グランプリの準決勝が控えてるんですよ。もう若手のみんながギッラギラしてて。怖いのなんのって」
  優子、ラジオを聞きながら、可愛らしいキャラクターが「ファイト!」と応援しているスタンプを返信する。
  すぐに既読マークがつき、マリアから「寝ちゃったら起こしてねー」と返信。
優子「いや、わかるか」
    ×    ×    ×
  優子、机に突っ伏して寝ている。
  スマホからはラジオの音声。
ピノの声「さて、今日のメールテーマ『文化祭の思い出』ですが、どしどしメールの方届いてます」
  優子、眼を覚まし、うつらうつらしながら、飲みかけのココアを飲む。
ピノの声「えー、神奈川県、ラジオネーム『一進一退』。『チャラい同級生が文化祭を見に来た他校の女子をナンパして、体育館倉庫でパコってたのが先生にバレて停学処分になりました。その日は最高に飯が美味かったです』」
  優子、驚いてココアを噴き出す。
ピノの声「これはスカッとするね~! 合コンとかでもいるけど、出会ったその日にパコれるヤツの神経ってどうかしてるよね、どんだけチンコに従順なんだよと」
  優子、隣の部屋への音漏れを気にして、あたふたしている。
ピノの声「チャラい上にチンコの奴隷とか、深い理由は無くムカつくから、なるべく痛い目に遭ってほしい」
  優子、慌ててラジオアプリを閉じる。

○ 電車内(朝)
  連結付近に、小林、優子、マリアが立っている。バツの悪そうな小林を、優子が睨んでいる。
小林「確かに、よくよく考えたら女の子に勧める番組じゃなかったかもしれない」
優子「よくよく考えても勧めるか、あんなド下ネタまみれの深夜ラジオ」
小林「『星に願いを』は深夜枠にしては割とマイルドな方だけど」
優子「あれで!?」
小林「阿部さんはどうだった?」
マリア「うん、面白かったよ」
優子「えっ!?」
マリア「司会の人のお話は面白かった。けど、コーナーのところは、過激なことを言っておけば面白いみたいな、そんな感じがしちゃって、マリアは好きじゃないかな。とりあえずチンポとかアナルとか言っとけば、みたいな」
  周囲の人物が一斉にマリアを見る。
  優子、慌ててマリアの口を塞ぐ。
優子「人前で何てこと言ってんだ、あんたは!」
マリア「(もごもごと)だって聞かれたから」
  小林、笑いを堪えながら、
小林「心臓強いなー、阿部さん」

○ 和峰高校・2年A組教室(朝)
  生徒たちの声で騒がしい教室。
  ミホと尚美、2人で向かい合ってペディキュアをしている。
  優子、マリア、教室に入ってきて、それぞれの席へ。
  ミホと尚美、ペディキュアを机の上のスクールバッグの中にしまい、上履きを履いてから、優子の席へ。
ミホ「ねえ、久保さん」
  優子、ぎょっとする。
優子「…なに?」
ミホ「昨日、特進クラスの小林くんと、2人で何か話してたよね」
優子「え…ああ、うん」
尚美「何、2人って仲良いの?」
優子「ええと、まあ、最近…」
尚美「まさか付き合ってるとか?」
  ミホ、噴き出して、笑いながら尚美の肩をバシバシ叩く。
ミホ「んなワケないじゃん! 久保さんなんかが小林くんと!」
尚美「それもそうだったわー! ごめんね久保さん、変に疑っちゃって!」
優子「…」
  居心地悪そうに眼を逸らす。
  マリア、ミホと尚美を睨みつける。
マリア「…」
  無言でスタスタとミホの席へ行き、机にぶつかったふりをして、上に置いてあったバッグを落とす。
  バッグが床に落ちた物音で、優子、ミホ、尚美が振り返る。
  バッグの中の物が床に散乱し、ペディキュアの瓶も転がっている。
マリア「やだぁ~。ごめんなさい、柊さ~ん」
  ミホと尚美、鬼の形相でマリアのもとへ。
ミホ「ちょっと、何すんの!?」
尚美「最低、今のわざとでしょ!」
マリア「わざとなんかじゃないよぉ、本当にごめんなさい」
  詰め寄るミホと尚美に対し、後ずさるマリア。
  その際、床に落ちたペディキュアの瓶を、わざと踏んで転ぶ。
マリア「きゃあっ」
優子「マリア!」
  慌ててマリアに駆け寄る。
  その時、タイミング良く担任の中年男性教諭が教室へ。
担任「おい、阿部? どうした?」
  マリアたちのもとへ駆け寄ってくる。
マリア「違うんです、先生! 柊さん達は悪くないんですぅ」
担任「何だって? 柊、鈴木!」
ミホ「はぁ!? なんでウチらが悪いみたいになってんの!?」
  尚美、ペディキュアの瓶を拾って、担任に見せる。
尚美「阿部さんがこれ踏んで、勝手に転んだけだし!」
  担任、ペディキュアの瓶を受け取ると、逆にミホと尚美に見せつける。
担任「化粧道具の持ち込みは、校則で禁止されてるはずだが」
ミホ・尚美「…あっ」
担任「2人とも、HRが終わったら職員室に来るように! 阿部、大丈夫か? 保健室に行くか?」
マリア「大丈夫ですぅ。ごめんなさい、柊さん、鈴木さん~」
  あざとい笑顔を浮かべるマリア。
  ミホ、尚美、悔しそうにマリアを睨む。
担任「ほら、全員席につきなさい! HR始めるぞ!」
  ミホと尚美、マリアを睨み、席に戻る。
  マリア、優子の手を借りて立ち上がり、優子にだけ見えるように舌を出す。
マリア「てへっ」
優子「…確かに心臓強いわ、あんた」

○ スマホの画面
  劇場で漫才をしている、エスプレッソの動画が、無音の状態で画面に映っている。
  その動画に合わせて、優子とマリアが漫才の練習をするが、棒読みでぎこちない。
優子の声「じゃあ、次の花火上がったら、2人で叫ぼっか」
マリアの声「オッケー! あ、花火来た来た!」
優子の声「よし、息合わせて行くよ。せーの、たまやー!」
マリアの声「(低い掠れ声で)たまやー」
優子の声「何その呪怨みたいなヤツ!」

○ 久保家・優子の部屋
  漫才の練習をしていた、学校終わりで制服姿の優子とマリア、鏡の前に並んで立ち、スマホの画面を見ている。
優子「結構、良い感じなんじゃない?」
マリア「…うーん」
優子「なに、なにが不満なの」
  マリア、スマホの画面を消す。
マリア「ねえ優子ちゃん」
優子「ん?」
マリア「優子ちゃんとマリア専用の漫才、できないかなぁ?」
優子「は? …まさか、オリジナルのネタ、やりたいってこと?」
マリア「うん」
優子「なに言ってんの、無理に決まってるでしょ! 私たち、ただの素人なんだから!」
マリア「でも、なんか違ったんだもん」
優子「だから何が!」
  マリア、スマホのスリープを解除する。
  ロック画面には、優子とマリアのツーショット写真。
マリア「優子ちゃんと一緒に、エスプレッソさんみたいな漫才ができたら、凄い楽しいだろうなって思ってたけど…。マリアも優子ちゃんも、エスプレッソさんの真似するだけで精いっぱいで、なんか違かった」
優子「…だから言ったじゃん、漫才なんて、大変だって」
マリア「でも絶対に楽しいはずだもん、いつもの私たちみたいにやれたら!」
  上目遣いで優子を見る。
  優子、マリアを見つめ、深い溜息。
優子「…でも、どうやって書くの、オリジナルのネタなんて」
マリア「…どうしよう?」
優子「行き当たりばったりやめろ!」

○ カフェ・外観
  お洒落な雰囲気のカフェ。

○ 同・店内
  テーブル席に、私服の優子とマリアが並んで座り、向かいに私服の小林が座る。
  小林、テーブルの上に、大量のお笑いDVDを乗せ、1枚ずつ優子とマリアに説明する。
小林「これがM1の歴代DVD。俺のオススメはブラックマヨネーズが優勝した2005年」
優子「(引き気味に)…はい」
小林「これは漫才じゃないけど、歴代のキングオブコント。2015年より後の分はDVD出てないから、俺が録画してたやつダビングしといた。俺が腹抱えて笑ったのは、2013年の天竺鼠のコントだけど、これはちょっと人を選ぶかもしれない」
優子「……」
小林「あと、俺が好きな芸人の単独ライブのDVDとか、面白かったネタ番組の録画とか」
  テーブルの上のDVDを大きなトートバッグに入れていき、優子に渡す。
小林「返すの、いつでもいいから。ネタの参考に、是非見てみて」
優子「なんか色々とありがとう…」
  マリア、興味深そうにトートバッグの中を覗く。
マリア「今夜は徹夜だねー」
優子「いや、一晩じゃ終わらないでしょ…」
小林「1週間でネタ書かないといけないなんて、大変だね」
  優子とマリア、不可解そうに小林を見る。
優子「1週間? なんで?」
小林「だって2人とも、出るんじゃないの?」
マリア「え、何に?」
小林「文化祭の、パフォーマンスコンテスト」
優子「はぁ!?」
  周囲の客の視線が優子に集まる。
  優子、慌てて周囲に頭を下げ、
優子「すみません」
小林「だって、漫才やるんでしょ」
優子「(小声)いや、やるけど、それはマリアの親の前で…!」
小林「あれ、でも確か、2人の名前の届けが出てた気がするけど」
優子「(大声)はぁ!?」
  周囲の客の視線が再び優子に集まり、近くにいた年配のウェイトレスが咳ばらいをする。
  優子、またもや慌てて周囲に頭を下げ、
優子「すみません…」

○ 和峰高校・多目的教室
  私服のままの優子、マリア、小林のみがいる教室内。
  小林、棚の上に置かれた、鍵のついた引き出しを開け、希望届を取り出し、優子とマリアに見せる。
  届には、『出場者』の項目に優子とマリアの名前、『団体名』の項目には『ぶりっ子と可哀想な子』、『パフォーマンス内容』の項目には、『漫才』と書かれている。
優子「なにこれ、こんなの出してない!」
小林「え?」
  マリア、希望届をじいっと見て、はっとする。
マリア「優子ちゃん、これ柊さんの字だ!」
優子「はあ!?」
  マリアから希望届を奪って、睨むように見る。
優子「提出日、昨日じゃん! あんのクソ外道、私たちへの嫌がらせにやりやがったな!」
小林「そっか…。ごめん、こっちの確認不足だった。これ、取り下げるように言っておくから」
優子「そうしておいて! ったく、なんつーはた迷惑な…」
  小林に希望届を返そうとするも、届を持つ腕をマリアが掴んで、止める。
マリア「いいじゃん! 出ようよ、文化祭!」
優子「はぁ!? なに言ってんの、マリア!?」
マリア「パパとママを文化祭に呼んで、そこで見てもらえばいいじゃん! 優子ちゃんのお母さんたちにも見てもらえるし!」
優子「よく考えなよ、文化祭ってことは、全校生徒に見られるんだよ!?」
  希望届をマリアに突き出し、
優子「こんなことしやがった奴らにも、見られるんだよ!? 嫌だよ、私!」
マリア「だからこそ、だよ!」
  優子から希望届を受け取り、団体名の『ぶりっ子と可哀想な子』の項目を指差す。
マリア「あの人たち、マリアと優子ちゃんのこと、面白くないと思ってるんだよ。だからこんなことしたんだよ」
  眼が据わっているマリアに、優子がたじろぐ。
マリア「マリアのことはともかく、優子ちゃんのことがそんな風に思われるのは絶対に許さない。優子ちゃんがどれだけ面白いツッコミさんなのか、笑い過ぎてお腹が裂けるまで、思い知らせてやるんだから」
優子「いや、別に私、面白いと思われたくはない…っていうか例えが物騒!」
  小林、クスクスと笑い出す。
小林「じゃあ、これはこのままでいい?」
マリア「あ、待って! このコンビ名は、いくら何でもあんまりだから」
  鞄の中からペンケースを取り出し、赤いボールペンを取り出すと、『ぶりっ子と可哀想な子』に斜線を引く。
  マリア、少しの間考え込んでから、団体名の上に『優子とマリア』と書き直す。
マリア「これでオッケー!」

○ 久保家・外観

○ 同・優子の部屋
  テレビ画面に、M1の映像が映し出されている。
  それを、ベッドに並んで座り、笑いながら見ている優子とマリア。
  次々にテレビ画面に映る、様々な漫才コンビたち。

○ 同・外観(夜)

○ 同・優子の部屋(夜)
  DVDデッキから、M1のDVDが出てくる。
  優子、DVDを取り出すとケースにしまい、ベッドに座るマリアに振り返る。
優子「なんか、普通に笑っちゃった」
  マリア、ベッドから降りて、床の上にノートを広げる。
マリア「漫才って、色々あるんだね。ずっと喋ってたり、お芝居みたいになったり、歌ったり、踊ったり」
優子「歌と踊りはダメだね。マリア、リズム音痴だし」
マリア「でも、下手な方が面白かったりするんじゃない?」
  優子とマリア、ノートを挟んで向かい合う。
マリア「マリアが歌ったり踊ったりして、優子ちゃんが「下手くそじゃん!」ってツッコむ、とか」
優子「あ、いいかも! マリア、如何にもアイドルっぽいのに、実はすっごく下手なの、そのギャップが笑えるというか」
マリア「うんうん。なに歌えば面白いかな?」
優子「うーん、ギャップがありそうな曲って考えると、欅坂とかいいんじゃない?」
  マリア、熱心にノートにメモを取る。

○ 同・優子の部屋前の廊下(夜)
  牧子と和雄、微笑まし気に部屋の中の様子を盗み聞きしてる。

○ 同・風呂(夜)
  浴槽に浸かりながら、スマホで漫才の動画を見ている優子。

○ 阿部家・マリアの部屋(夜)
  全身鏡の前で、欅坂のダンスの練習をしているマリア。

○ 和峰高校・廊下
  優子とマリア、漫才の話をしながら、移動教室の最中。
  その少し後ろを歩く、ミホと尚美、2人を見てニヤニヤしている。

○ 同・進路指導教室
  プリントをまとめている十波、ふと窓の外を見る。
  窓の向こうにある教室棟の窓から、真剣そうに会話する優子とマリアが見える。
  十波、2人を見て、心配そうな様子。

○ スマホの画面
  優子の部屋で、漫才の練習をする、優子とマリアの映像。
  下手側に立つマリア、ぎこちない動きで欅坂46の『不協和音』の振り付けを踊り、歌っており、その隣で上手側に立つ優子がマリアの様子を見ている。
マリア「(歌)不協和音を僕は恐れたりしない、嫌われたって僕には僕の正義があるんだ」
優子「そんなアイドル並の顔なのに、歌とダンスめっちゃ下手じゃん!」

○ 久保家・優子の部屋
  真顔でスマホの画面を見ている、優子とマリア。
マリア「なんか…面白くない」
優子「うん…。アレだ、マリアの下手さが中途半端だからだ、多分」
マリア「ええっ、そうかなぁ? マリア、頑張って練習したんだけど」
優子「いや、頑張っちゃダメでしょ、そこは。ちょっと上手くなっちゃってるじゃん」
マリア「あ、そっか。やっちゃったー」
  後ろ向きに倒れて、そのまま寝転がる。
優子「はぁー…。めっちゃ頑張って考えたのに、また一から考え直しか…」
  脱力して前のめりに倒れる。
  マリア、起き上がって、優子の背中にのしかかる。
マリア「大丈夫だって! マリアと優子ちゃんなら大丈夫!」
優子「そんな能天気なこと言って…。文化祭、明々後日なんだよ!? どうすんの、こんな調子で」
マリア「だって、優子ちゃんと一緒なら、マリア、なんにも怖くないもん」
  優子、頭を抱える。
優子「…私はあんたのその、根拠のない自信が一番怖いわ」
マリア「も~。怖い怖いって、優子ちゃんの顔には負けるよ~」
  優子、マリアの頭をはたく。
マリア「いたい!」
優子「あのさあ、言い出しっぺはあんただって、わかってる!? 私はあんたに付き合ってやってるだけなんだから、ふざけてる暇あったらちゃんと考えろや!」
マリア「はぁ~い…」
  口を尖らせて、ネタ帳に向かい合う。
  優子、頭を抱えて、深い溜息。

○ 和峰高校・2年A組教室
  静まり返った、英語の授業中の教室内。
  教卓の前に立つ十波、解答用紙を掲げる。
十波「それじゃあ、先週末にやった小テスト、返していきます。相沢さん、東さん」
  呼ばれた順に生徒たちが解答用紙を取りに行く。
十波「阿部さん」
  マリア、解答用紙を取りに行く。
十波「…憎たらしいことに、本当に英語は得意ね、阿部さん」
マリア「ありがとうございまーす」
  解答用紙を受け取り、自分の席へ帰っていく。
十波「伊藤さん、江中さん、大島さん」
  優子、マリアの解答用紙を遠目に覗く。
  30点満点のうち、28点を取っている。
十波「久保さん」
  優子、十波のもとへ行き、解答用紙を受け取る。
  点数は、18点。
  優子、渋い表情で自分の席へ戻る。
    ×    ×    ×
  チャイムの音が鳴り、授業が終わる。
女子A「きりーつ、れーい」
  ばらばらに生徒が起立し、礼をする。
  優子、英語の教材をバッグの中にしまう。
  十波、優子のもとへやってくる。
十波「久保さん」
優子「はい?」
十波「放課後、ちょっと進路指導室へ来てほしいんだけど、いい?」
優子「…はい、わかりました」
  マリア、遠目から優子と十波の様子を伺う。
  廊下側の席で、ミホと尚美がほくそ笑む。

○ 同・進路指導室
  机を挟んで向かい合って座る、優子と十波。
十波「パフォーマンスコンテスト、阿部さんと一緒に出るんですって?」
優子「ああ、まあ、はい…」
十波「…あのね、久保さん。あなたが阿部さんと仲がいいのはわかるけれど、何でも言うことを聞くのが友達じゃないと思うの。友達が間違ったことをしていたら、それは間違ってると指摘する、それが本当の友達だと思わない?」
優子「どういう意味ですか、それ?」
十波「…はっきり言うわね。久保さん、本当は漫才なんて、したくないんじゃない?」
優子「え…」
十波「阿部さんに無理やり巻き込まれて、でも友達だから断れなくて、仕方なくコンテストに出ようとしてるんじゃない?」
  真剣な眼で、優子を見てくる。
  優子、目を逸らす。
優子「いや、だって、あの子頑固ですもん。言ったら聞かないし…」
十波「久保さん。嫌なことを無理やりさせられるのは、いじめと違わないわよ」
優子「いじめって、そんなんじゃないです! マリアは私のこと…!」
十波「久保さんの志望校、第三志望まで一通り見たけれど…。久保さんの今の成績だと、少し厳しいっていうのは、わかってるわよね?」
  優子、黙り込んで、扉の方へ目を向ける。
  ミホと尚美が、扉の窓から中の様子を盗み見しており、優子と目が合う。
  ミホと尚美、慌てて顔を隠す。
十波「阿部さんへは、私からも注意しておくから。久保さんも、ちゃんと断る勇気を持って、今は勉強を頑張りましょう?」
優子「…」
  優子、スカートを握りしめる。

○ 同・進路指導室前の廊下
  優子、指導室から出てくる。
  盗み見していたミホと尚美、優子に駆け寄ってくる。
ミホ「ごめんね、久保さん~。ウチら、久保さんのこと、心配で~」
尚美「だってほら、阿部マリアに付き纏われてて、いつも大変そうじゃん? しかも、文化祭で漫才なんてやらされそうになってるって聞いて、可哀想でさ~」
  優子、ミホと尚美を一瞥し、黙って通り過ぎる。
  ミオと尚美、優子の後ろをついてくる。
ミホ「つーかさぁ、酷いよね、阿部マリア! 久保さんのこと、無理やり笑いものにしようとしてるんでしょ?」
優子「そんなんじゃない」
ミホ「絶対利用されてるんだって、久保さん。ぶっちゃけ久保さんって、顔はそんなでも、じゃん? そういうの隣に置いておけば、引き立て役になるからって、絶対そう思ってるでしょ、阿部マリア」
優子「そんなんじゃない!」
  ミホと尚美に振り返って睨みつけるが、鼻の穴が大きく膨らみ、ピクピク動いている。
  ミホと尚美、一瞬驚いて、すぐにケラケラ笑い出す。
ミホ「ウケる、何その顔!」
尚美「マジで草生える、変顔やめてよ~!」
  優子、すぐに顔を隠して、その場を走り去る。
  優子の眼が、真っ赤になっている。

○ 同・中庭
  ベンチに座って優子を待つ、マリア。
  優子、速足でマリアのもとへやってくる。
  マリア、優子に気付くと、笑顔で駆け寄る。
マリア「十波せんせー、なんの話だった?」
優子「マリア、やっぱりやめよう」
マリア「え?」
優子「文化祭、出るのやめよう。いや、漫才ごとやめよう」
  マリア、驚愕の表情で優子を見る。
マリア「どうしたの、優子ちゃん?」
優子「どうもしない」
マリア「どうもしなくないよ。優子ちゃん、目が赤い」
  優子、マリアから顔を逸らす。
マリア「優子ちゃん、十波からなに言われたの? なにか嫌なこと、言われたの?」
優子「どうもしないって言ってるでしょ! 馬鹿馬鹿しくなったの、全部!」
  目元を乱暴に拭い、マリアを見る。
優子「マリア、なんで漫才なんかやりたいの?」
マリア「え?」
優子「他人なんて、笑わせなくたっていいじゃん。あんな勝手なことばっか言うヤツらに、なんで笑われなきゃいけないの!」
マリア「…」
  優子、涙を流しながら、俯く。
  マリア、それを見て、悲しそうな表情。
マリア「優子ちゃんが泣いてるの、マリアのせいなんだね」
  優子、顔を上げて、悲しそうなマリアを見る。
優子「あ…」
マリア「ごめんね。でもね、優子ちゃん」
  優子の手を握る。
マリア「マリア、優子ちゃんと一緒に漫才がしたい」
優子「…なんで」
マリア「それは、優子ちゃんだから」
優子「…意味わかんない」
  マリアの手を払う。
優子「…もう、帰る」
  中庭から出ようとする優子を、マリアが追う。
優子「ついてこないで。しばらく、顔見たくない」
  マリア、その場に立ち止まる。
  優子、マリアを置いて、中庭から出ていく。
  残されたマリア、優子をじっと見つめる。
マリア「…」

○ 久保家・キッチン(夜)
  優子と牧子が並んで、皿洗いをしている。
  優子、浮かない表情。
牧子「なーに、そのぶっさいくな顔」
優子「お母さんとお父さんからの遺伝です」
牧子「あのねえ。このご時世、顔がブスなのは立派な個性なのよ。でも、表情がブスなのは、救いようがないわよ」
  優子、皿を洗う手が止まる。
牧子「マリアちゃんと喧嘩でもしたの?」
優子「…マリアは何も悪くないんだよ。いや、原因はマリアにあるんだけど」
牧子「結局どっちよ」
優子「…なんていうかさ」
  洗っている最中の箸を見つめ、1本ずつ両手に持つ。
優子「自分が好きでしていることを責められたり、貶されたりするのは、つらい」
  牧子、皿洗いの手を止め、手を拭いてから優子の頭を撫でる。
牧子「何があったのか知らないけど、しけた顔するのはよしなさい。笑顔に勝るものは無いんだから」
優子「…」
  黙って皿洗いを再開する。

○ 久保家・優子の部屋(夜)
  優子、学習机に向かって、英語の勉強をしている。
優子「…」
  机の上に置いたスマホを手に取り、スリープを解除して画面を見る。
  マリアとのツーショットが映るロック画面。
  スマホを置いて、勉強を再開する。
  すると、ラインの通知音が鳴る。
  優子、すぐにスマホを取って、通知を確認する。
  その通知は、小林からの「起きてる?」というメッセージ。
優子「小林くんか…」
  小林へ「起きてるよ」と返信する。
  すぐに既読がつき、「今日の星に願いを聞いて」と返答がくる。
優子「(嫌そうに)えぇ…」
  小林へ「下ネタばっかりだからイヤ」と返信する。
  すぐに「下ネタ激しいの1時から後だから、騙されたと思ってそこまでは聞いて」と返答がくる。
優子、しばらく考え込むも、「わかった」と返信する。
    ×    ×    ×
  椅子から立ち上がって、伸びをする優子。
  机の上のスマホからは、ラジオの音。
時報「11月16日、0時をお知らせします」
  OPジングルの後、河島ピノの声が流れ出す。
ピノの声「時刻は0時になりました、河島ピノの『星に願いを』のお時間です。いや~、先週も話題にしたと思いますが、今日は今年のM1グランプリの準決勝が、東京でありましてですね」
  優子、机の上から単語帳を持ってきて、ベッドに寝転がりながら単語帳を見る。
ピノの声「結果はもう発表されてると思うんだけど、決勝に行ったコンビもいれば、残念な結果に終わったコンビもいて。今日はそんな、絶賛意気消沈中のあるコンビを、急きょ連れてきちゃいました。本日のゲストはこちらの2人です、どうぞ!」
青沼の声「どうもー! エスプレッソの青沼と!」
藤林の声「同じくエスプレッソの藤林と申します、よろしくお願いしますー」
優子「…えっ」
  驚いて起き上がり、スマホのある机のもとへ。

○ ラジオ局・ブース内(夜)
  向かい合って座る、ラジオ放送中のピノ、青沼、藤林。
ピノ「2人とも、すごい久しぶりだよね! 3年ぶりくらいか?」
青沼「ほんまですね、多分2~3年はお会いしてなかったと思います」
ピノ「あのー、エスプレッソを知らない方の為に紹介しておくと、2人は大阪で絶賛人気急上昇中の漫才コンビで」
青沼「いやいやいやそんな」
ピノ「昔、俺が大阪の番組でレギュラー持ってた時、よく前説をやってくれてたんですよ」
藤林「ピノさんには、売れてない時にご飯とか連れてってもらって、ほんまにお世話になりました」
ピノ「いやいや。一応、俺も先輩だしね。それにしても2人とも、M1準決勝、お疲れ様」
青沼「まー、ド落選しましたけどね」
ピノ「でもさ、今年のエントリー、4千人超えたんでしょ? その中で準決勝まで残ったんだったら、相当面白い漫才師だよ」
藤林「でもまあ、敗者復活もありますから、まだ戦いは終わってないです」

○ 久保家・優子の部屋(夜)
  優子、スマホの画面を見つめている。
ピノの声「さて、今日はエスプレッソが来てくれるということで、エスプレッソへの質問メールを募集します」
優子「!」
青沼の声「あるかなぁ、聞きたいこと」
ピノの声「いや、あるでしょ。インタビューとかほとんど受けたことないじゃん、エスプレッソ」
藤林の声「そうですねー。やっぱりインタビューで話すこととかよりも、僕らの漫才を見て、何かを感じ取ってほしいというか」
青沼の声「いや、カッコつけんなや。俺らのインタビューが需要無いだけや。いやもう、聞いてくれるんやったら何でも答えます」
優子「…」
  深呼吸して、意を決してスマホに手を伸ばす。

○ ラジオ局・ブース内(夜)
  向かい合って座り、メールチェックをしている、ラジオ放送中のピノ、青沼、藤林。
ピノ「さて、募集しておりますエスプレッソへの質問メールですが。凄いよ、めちゃくちゃメール来てる」
青沼「えぇー!」
藤林「ほんまですか?」
ピノ「さっそく読んでいきましょう。神奈川県、ラジオネーム『一進一退』からのメール。青沼への質問です」
青沼「はい」
ピノ「『青沼さんは元カノがSM嬢で、家に彼女が残していったSMグッズ一式がある、という話を小耳に挟んだのですが、本当ですか?』」
藤林「はははは!」
青沼「なんつーこと聞いてくんねん!」
ピノ「(笑いながら)どうなの? 本当なの?」
藤林「本当です、見たことあります」
青沼「お前が答えんな! いや、本当にありますけど。押し入れの中に仕舞ってあります」
ピノ「あははは! 本当にあるんだ!」
青沼「コントで使いたいから貸してくれって言われて、他の芸人に貸したりしてますよ」

○ 久保家・優子の部屋(夜)
  ベッドの上に正座で座り、目の前に置いてる、ラジオアプリが開かれたスマホの画面をじっと見つめる優子。
ピノの声「あ、凄い、めちゃくちゃ真面目なメールきたよ。えー、東京都、ラジオネーム『ゆうこ』さんから」
優子「きた!」
  慌ててスマホを引っ掴み、音量を上げる。
ピノの声「『エスプレッソさん、こんばんは。私の友だちが、お二人の漫才を見たことがきっかけで、急に「漫才師になりたい」と言い出し始めました』」
青沼の声「えっ! 僕らがきっかけで?」
藤林の声「めっちゃ見る目あるやん」
ピノの声「『色々あって文化祭で漫才をすることになり、私が友達の相方をすることになったのですが、私はそこまで漫才に真剣になれず、そのことで友達に酷い態度を取ってしまいました』」
  スマホの画面を見つめる、優子の真剣な表情。
ピノの声「『それでも友達は、私と一緒に漫才がしたいと言ってくれます。正直、どうしてそこまでして漫才がしたいのか、私にはよくわかりません』」
優子「…」
ピノの声「『漫才って、一体なんなんでしょうか。私はその子の相方として、一体どうすればいいんでしょうか』」
  一瞬の沈黙。

○ ラジオ局・ブース内(夜)
  メールを読みながら、真面目な表情になる青沼、藤林、ピノ。
青沼「うーん…。重たい質問やなぁ…」
ピノ「そういえば、2人はコンビ仲良いほうだと思うけど、喧嘩とかするの?」
青沼「漫才のことで熱くなることはありますけど、大きな喧嘩は滅多にないですね」
藤林「あの時ぐらいやない? コンビ組んでから、3年くらい経った時の」
ピノ「なになに、何で喧嘩したの?」

○ 小林家・尊の部屋(夜)
  お笑いのDVDや本でギッシリ詰まった棚のある、シンプルな部屋。
  小林、ベッドに腰掛けて、スマホでラジオを聞いている。
藤林の声「ちょうどその頃、賞レースとかで同期がどんどん結果出してて。俺らは、所属してた劇場でも二軍からなかなか上がれなくて、ホントにどん底で」
ピノの声「うんうん」
藤林の声「そんで青沼の方がすっかり参っちゃって、『もうやっても無駄やから漫才やめる』って言い出して」
ピノの声「ええっ、あの青沼が?」
青沼の声「ちょっとノイローゼみたくなってたんです、あまりにも売れなさ過ぎて」

○ 阿部家・マリアの部屋の前
  譲司、閉ざされた扉の前で、心配そうに佇んでいる。
藤林の声「そんでカッチーンきて、殴り合いの喧嘩して、1週間ぐらい口も利かんかったことがありましたね」
ピノの声「へえ~。それはどうやって仲直りしたの?」
青沼の声「それはですね、フジが、藤林が俺に電話してきてくれて」

○ ラジオ局・ブース内(夜)
青沼「『他の人なんか、最悪どうだってええねん。俺が一番笑わせたいのはお前なんやから、お前を笑わせられればそれでええねん』って言うてきて」
ピノ「えぇ~! 何ソレめっちゃ熱いじゃん!」
青沼「もー、聴いてるこっちは小っ恥ずかしくてたまらんかったですわ」
藤林「そっから2時間くらい話して、最後は青沼も『悪かった』って言うてくれて」
青沼「それまで自分のことばっかりで、相方のこととか考えたことなくて。喧嘩した後、改めて漫才とかやってく中で「ああ、こいつの面白いとこ、ちゃんと世間に知らしめたいな」って思えるようになって、そっから徐々に結果も出てきたんですよね」
ピノ「うわぁ~、いいなぁ、青春って感じ。それじゃそんな体験も踏まえて、ゆうこちゃんにアドバイス、言ってあげて!」

○ 久保家・優子の部屋(夜)
  優子、正座しながら、ラジオを聞いている。
藤林の声「任せてください。えー、ゆうこさん。めっちゃ真剣に答えるんで、よく聞いてください」
  優子、背筋を伸ばす。
優子「(緊張した様子で)ハイ」
藤林の声「漫才って、一体なんなのか。それはね、泥船です」
優子「…泥船?」
藤林の声「漫才に限らず芸事なんて、ウケるかスベるか、生きるか死ぬかの二者択一です。俺ら芸人はみんな、泥で出来た船に乗り込んで海に出て、何とか生き残ろうともがいて、でもほとんどの奴らはそのまま沈んで死にます。ハッキリ言って、自分から『漫才師になりたい』なんて言うその友達、ちょっと頭おかしいです」
青沼の声「お前、いきなり不安にさせるようなこと言うなや」
藤林の声「最後まで聞き。でもね、何でわざわざ好き好んで泥船に乗りに行くかっていうと、それは泥船に乗らなきゃ手に入らないモンがあるからです。それは、笑いです」
優子「…」
   ×   ×   ×
<フラッシュバック>
  真剣に漫才の練習をする、マリアの姿。
藤林の声「誰かを笑かせたい。バカみたいにデカい笑い声を聞きたい」
  ×   ×   ×
  中庭での、マリアの悲しい表情。
藤林の声「その一心で、俺らは好き好んでわざわざ泥船に乗りに行くんです」
<フラッシュバック終わり>
   ×   ×   ×
  俯く優子。
藤林の声「なので、ゆうこさんにお願いしたいんは、その友達の相方を続ける気があるんなら、どうぞ一緒に泥船に乗ってやって、一緒に死んであげてください」
優子「え」
  顔を上げる。
青沼の声「お前、一般の女の子に何てこと言うねん」
藤林の声「漫才でコンビを組むなんて、そいつと心中するも同然やからな」
青沼の声「(笑いながら)ちゃうって。物騒なこと言うなや」
藤林の声「え、知らんかったん? 俺、お前と一緒にやったら死ねるで」
ピノの声「あはははは!」
青沼の声「(笑いを堪えつつ)何を言うとんねん。やめてや、恥ずかしい」
優子「…」
  優子、スマホのロック画面を見る。
  笑顔を浮かべる、優子とマリアのツーショット写真。
ピノの声「愛されてるじゃん、青沼~」
青沼の声「俺は今、なんて言ったらええねん」
藤林の声「え、じゃあお前は、俺と一緒には死ねへんの?」
青沼の声「アホか、お前! 死んだらあかんねん! 生きて漫才し続けるんやろ!」
ピノ・藤林の声「あはははは!」
  スマホがスリープになり、真っ黒な画面に、優子の泣きそうな顔が映る。
ピノの声「いやいや、いいよ! うちの番組らしからぬ、感動的な展開だった!」
藤林の声「あっ、ちなみにゆうこさん、ネタで躓いたりしたら、ツイッターでDMとかくれたら、いつでも相談のりますよ」
青沼の声「それ、フォロワー欲しいだけやろ、お前」
  優子、顔を上げて、決意の表情。

○ 和峰高校・2年A組教室(朝)
  騒がしい朝の教室。
  優子、教室へやってきて、室内を見渡す。
  マリアの姿はまだ無い。
  優子、自分の席へ座ると、ミホと尚美がニヤニヤ笑いながらやってくる。
ミホ「おはよー、久保さん」
尚美「今日は阿部さんと一緒じゃないんだー」
優子「…ちょっとね」
  ミホと尚美には目もくれず、教材を机の中にしまっていく。
ミホ「ほんと、久保さんって優しいよねー。あんなぶりっ子女と友達やってあげてるんだから」
尚美「ほんとほんと、よく耐えきれるわ。なんであんなのと付き合えてんの?」
  優子、教材をしまう手をピタリと止めて、顔を上げる。
優子「決まってるじゃん、可愛いからだよ」
  ミホと尚美、きょとんとして優子を見る。
優子「顔が可愛くて、私のことめちゃくちゃ好きで、全力で甘えてくるのが可愛いからだよ」
ミホ「えっ」
尚美「久保さん?」
優子「それが何か問題ある!?」
  机をバンッと叩いて立ち上がり、ミホと尚美を睨みつける。
  クラスメイトたちの視線が、一斉に優子に集まるが、優子は気にも留めない。
優子「私はマリアのことが、眼に入れても痛くないほど、可愛くて可愛くて仕方が無いわけ!」

○ 同・教室前廊下(朝)
  廊下を行きかう生徒たちが、優子の声を聞いて、教室の中を覗き見している。
  登校してきたマリア、教室には入らず、優子の声を聞いている。
優子の声「あの子のお願いは聞いてやりたいし、あの子に頼まれたら嫌とは言えないの、私は!」

○ 同・2年A組教室内(朝)
  詰め寄る優子と、後ずさるミホと尚美。
優子「だって、そしたらマリアが笑うんだもん! あの子は笑ってる顔が一番可愛いの、この世の何よりも!」
  ミホと尚美、優子の剣幕に慄いて、涙目になっている。
優子「他の誰かなんて関係ない、私はマリアを笑わせたいの! 誰に何と言われようと、私は絶対にマリアと漫才をやるから!」
ミホ「…ごめんなさい」
  少しも笑っていない、ミホと尚美。
  優子、教室を出ていく。

○ 同・教室前廊下(朝)
  教室から出てきた優子、廊下に立っていたマリアに気付く。
優子「マリア」
マリア「…優子ちゃん」
  優子、恥ずかしそうに眼を逸らす。
優子「そういうことだから。…昨日はごめん」
マリア「…」
優子「明日の文化祭、がんばろ」
  マリア、俯いて、肩を震わせる。
  優子、マリアの様子に気付き、慌てふためく。
優子「ごめんっ、泣くほど傷ついてた!?」
  マリアの顔を覗こうとしたその時、マリアが顔を上げ、凄まじい変顔を優子に見せてくる。
  優子、盛大に噴き出す。
優子「あははははは!」
マリア「泥船、乗ってくれて、ありがとう」
  優子、驚いて、マリアを見る。
  マリア、輝く笑顔で、優子に抱き付く。
  優子、笑って、マリアの背中をぽんぽんと撫でる。

○ 同・階段(朝)
  登校してきた小林、階段を上って教室へ向かっている。
  優子とマリアの笑い声が聞こえ、廊下を覗く。
  笑顔の2人が遠目に見え、小林、微笑む。

○ 同・中庭
  マリア、びっしりとネタが書きこまれたネタ帳を広げ、優子に見せる。
マリア「新しいネタ、考えてみたんだけど」
優子「えっ…一晩で?」
マリア「うん、テスト前より徹夜した!」
  優子、ネタ帳の内容を一通り見て、驚いたような表情。
優子「これって…」
マリア「いつもの私たちみたいに、やれないかと思って」
  優子とマリア、お互いを見て、頷く。

○ 関西の劇場・楽屋
  芸人たちが衣装に着替えている中、スマホを弄っている藤林。
  画面上に、ツイッターのDMの通知。
  藤林、ツイッターを開いて、DMを見る。
  『ゆうこ』というアカウントから、『はじめまして。昨日、ラジオでメールを送ったゆうこです。漫才の相談をして、本当に大丈夫ですか?』というDMが来ている。
  藤林、にやりと笑って、着替え中の青沼を手招きして呼び、スマホを見せる。
  青沼、着替えながら藤林のもとに行き、画面を覗いて、驚いたような表情。

○ カフェ・店内
  優子とマリア、テーブル席に向かい合わせで座って、頭を捻らせている。
  テーブルの上にはネタ帳と、優子のスマホ。スマホの画面には、藤林からの返信のDM、『まず笑いどころを決める!』というアドバイスが書かれている。
  真剣な、優子とマリアの表情。

○ 和峰高校・校庭(夕)
  テントの設営などの文化祭の準備に勤しむ、生徒や教員たち。
  小林、野外ステージの客席に、パイプ椅子を並べていく。
  ふと手を止めて、設営中の野外ステージを見上げる。
  骨組みだけの野外ステージが、夕日に照らされている。

○ 公園(夕)
  優子とマリア、漫才の練習をしている。
  その様子を遠巻きに、通りすがりの女の子2人が見ている。

○ 阿部家・階段(夜)
  譲司が険しい顔つきで、階段下から2階の様子を伺っている。

○ 同・マリアの部屋(夜)
  漫才の練習をしている優子とマリア。
マリア「えぇ~? マリアと優子ちゃんは、友達じゃないでしょ?」
優子「嘘でしょ!? 私たち、友達じゃなかったの!?」
マリア「違うよ~。マリアと優子ちゃんは、友達じゃなくて、相方でしょ!」
優子「めっちゃ漫才師じゃん。(マリアの肩を叩いて)もういいよ。どうもありがとうございましたー」
  2人揃ってお辞儀をし、顔を上げて、お互いを見る。
優子「めっちゃよくなかった、今の?」
マリア「うん! よかった、面白かった!」

○ 同・階段(夜)
  険しい顔つきの譲司のもとに、居間から来た真由美が近づき、後ろから肩を叩く。
真由美「パパ」
譲司「俺は笑わんぞ」
真由美「もう、パパったら…」
譲司「笑わんと言ったら笑わん!」
  真由美、困ったように笑う。

○ 住宅街(朝)

○ 久保家・居間(朝)
  テレビ画面に、天気予報が映っている。
  外出用の服に着替えた和雄、テレビの電源を消す。
和雄「おーい、早くしないと置いてくぞー」

○ 同・洗面所(朝)
  牧子、鏡を見ながら化粧をしている。
牧子「ちょっと待ってよ、ほんとせっかちね」
  和雄、顔を覗かせて、
和雄「そう厚塗りしてもあんま意味ないぞ」
牧子「何、ミンチにしてほしいって?」
和雄「冗談だよ!」

○ 和峰高校・校門前
  『第三十八回 文化祭』と書かれた看板が立掛けられており、大勢の人が学校の中へ入っていく。

○ 同・2階廊下
  各教室で、様々な出し物や店舗が開かれ、生徒たちが笑顔で闊歩している。
  窓の外に、校庭の野外ステージが見える。

○ 同・校庭野外ステージ
  ステージ上で、軽快な音楽に合わせて、男子生徒が傘回しを披露している。
  観客席には多くの生徒がおり、その中にはミホと尚美の姿も。
  後列の席には、久保夫婦と阿部夫婦が並んで座っている。
  和やかな牧子、和雄、真由美に対し、譲司のみ険しい顔でステージを見ている。
譲司「…」
  男子生徒の傘回しが終わり、観客席から拍手が鳴る。
  男子生徒はステージ裏に捌けて、実行委員の生徒がスタンドマイクをステージ中央へ置きに来る。
司会の男子生徒がステージに上がってくる。
男子A「さて、男子生徒諸君、お待たせしました! エントリーナンバー5番、2年のアイドル、阿部マリアと、その幼馴染の久保優子による漫才コンビ! 『優子とマリア』です、どうぞっ!」
観客席から一斉に歓声が上がる。
牧子「来た来た!」
  盛り上がる他3人に対し、いっそう顔が険しくなる譲司。

○ 同・ステージ裏
  深呼吸する優子、笑顔のマリア。2人とも、制服の上に、パーティグッズ用の蝶ネクタイをつけている。
  出囃子の音楽が鳴り始める。
  実行委員の腕章を身につける小林、2人に向かって手を差し出す。
小林「頑張って」
  優子とマリア、小林とハイタッチして、2人同時にステージへの階段を上がる。

○ 同・校庭野外ステージ
  優子とマリアがステージに出てきて、中央のマイクまでやってくる。
優子「どーもー!」
  優子が上手、マリアが下手に立ち、優子はマイクの高さを調整し、マリアは観客席に手を振る。
優子「私たち、2年A組の幼馴染コンビ! 優子と…」
マリア「マリアでーす!」
  歓声を上げる生徒たち、主に男子生徒。
  和雄、スマホでステージを撮影し、牧子と真由美は笑顔でステージに手を振る。
  譲司、微動だにしていない。
優子「(観客席を見渡し)うわ、すごい歓声! いきなり大盛り上がりじゃん!」
マリア「みんなー! 文化祭、楽しんでるー?」
  観客席から、主に男子生徒の野太い歓声。
優子「うひゃあ、もう歓声というよりは雄たけびだ。さすがは千年に一度の美少女と名高い、我が校のアイドル、阿部マリア。マリアがこんなに可愛いのに、すみませんね、隣が久保なんかで」
マリア「ほんとにね~」
優子「いや、そこは同意しないでよ!」
  客席から、ちらほらと笑い声。
優子「そこはさ、『そんなことないよ~』とか言ってくれてもよくない?」
マリア「自分で言ったのに?」
優子「いや自分で言ったけど! それでも!」
  ちらほらと笑っている、観客たち。
  牧子、和雄、真由美の3人は笑っているが、譲司は険しい表情のまま。

○ 同・ステージ裏
  小林、真剣な表情で2人の漫才を見ている。
  そこへ十波がやってきて、険しい表情で2人の漫才を見る。
  小林、十波に気付くと、ステージが見えやすい位置を譲る。

○ 同・校庭野外ステージ
優子「まあでも、やっぱり顔が良いっていうのは得ですね。こういう小生意気なことを言っても、愛嬌がありますもん。小悪魔的魅力がある、といいますか」
  マリア、笑顔で頷く。
優子「そんなマリアが、まさか漫才をするなんて、みんなビックリですよ。ただ、相方に私を選んでくれたのは、不思議なんですよね。私って、クラスでもそんな面白い方じゃないじゃん? どうして私を相方にしてくれたの?」
マリア「えっとね、隣にブスを置いておけば、マリアの可愛さがもっと際立つだろうと思って」
優子「こいつ小悪魔どころじゃねえ、大魔王だった」
  笑い声。
優子「まあね、そりゃマリアの隣に立たせれば、世の女子はほとんど引き立て役になっちゃうよ」
マリア「まあ優子ちゃんは、単体で見てもやっぱりブスなんだけど」
優子「喧嘩売ってんのか、この性格ブス!」
  観客席の、主に女子生徒が笑っている。
  譲司、更に表情が険しくなる。
優子「そりゃね、私だって自覚はしてますよ! マリアとセットでも、私単品でも、覆しようのないブスですよ、私は!」
  牧子と和雄、盛大に噴き出して、一際大きな声で笑う。
  優子、2人の声に気付くと、ステージ上から2人を指差す。
優子「おい、そこのゲラゲラ笑ってる2人! 私の顔の8割がたは、お前らの遺伝子のせいだからな! 一生根に持つぞ!」
  客席からどっと笑い声。
  マリア、素で笑ってしまっている。
優子「すみません、あれはうちの親でして。わかるでしょ、あの顔からこの顔が生まれるの」
  笑う観客の目線が、牧子と和雄に集まる。
  牧子と和雄、爆笑しながら優子に向かって「ごめん」のジェスチャー。
マリア「あははは、おもしろーい!」
優子「何ヘラヘラしてんだ、コラ。自分の両親は美男美女だからって偉そうに」
マリア「偉そうになんかしてないよぉ」
優子「いやね、私だって女子ですから、ブスだって言われれば傷つきますよ。男子だってそうでしょ? やっぱりブスって言われたら傷つく! だからいっつも思うんですよね、『あーこの世からブスって概念が消えればいいのに』って」
マリア「え、本当にいいの? この世からブスって概念が消えちゃっても」
優子「え、いいよ別に」
マリア「えぇ~! もしこの世からブスって概念が消えちゃったら、優子ちゃん、なんにも無くなっちゃうよ? 無個性になっちゃうよ、無個性に。わかる? 無個性って。個性が無いって書いて、無個性」
優子「……まあまあまあまあ、ここは好意的に捉えましょう。ほら、現代はなんでも個性として受け入れる時代ですから。私のこのブスな顔も、個性の1つだって思ってくれてる、ってことだよね?」
マリア「ううん、ブス以外に取り柄が無いって意味」
優子「ブチのめすぞ、テメー!」
  大きな笑い声。
優子「マリア、なんでそんな顰蹙買うようなことばっかり言うの!? 見なよ、男子とかみんなドン引きしてるよ!?」
マリア「そんなことないよねー? マリア、相変わらず可愛いよねー?」
  可愛い子ぶったあざといポーズをする。
  男子生徒からの歓声が轟く。
優子「マジか、あんたら可愛けりゃ何でもいいのか!? っていうかマリア、男子はよくても、女子はそうはいかないからね!?」
マリア「え~、そう?」
優子「そうだよ! 『うっわー、なんなのアイツ。ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねーよ。テメーなんか宇宙レベルで考えれば下の下だ、ブース!』って思われるのが関の山!」
  ミホと尚美、頷きながら笑っている。
優子「いくら性根が腐ってるとはいえ、人に嫌われたり、悪口言われたりするのは嫌でしょ?」
マリア「え、全然嫌じゃないよ」
優子「えっ、嫌じゃないの?」
マリア「うん。だって、ゾウは足元のアリを気にして歩いたりしないでしょ?」
優子「…はい?」
マリア「アフリカゾウの高さが大体3メートルくらいだとして、アリはまあ、大きくても1センチくらいかな? 3メートル下をうようよ這ってる、1センチの物体なんか、ゾウはちっとも気にしないでしょ? それと同じで、私はそんな身も心もブスなアリンコたちの戯言なんかちっとも気にならないし、そういうやつらはこう、えいえいっ、プチプチって踏み潰して歩くから、いいの!」
優子「お前がゾウに踏み潰されろ!」
  ひときわ大きな笑いが起こる。
優子「あんたと幼馴染やってきた14年で、今の一言が一番ムカついた! 友達やめたくなってきたわ!」
マリア「えぇ~? マリアと優子ちゃんは、友達じゃないでしょ?」
優子「えっ、嘘でしょ? もしかして私、今までその辺にいるただのブスだと思われてたの?」
マリア「違うよ~。マリアと優子ちゃんは…」
  途端に、マリアが言葉を詰まらせる。
  優子、マリアの異変に気付き、表情が固まる。
マリア「えっと…」
  沈黙。

○ 同・ステージ裏
  小林、マリアの様子を訝しむ。
小林「まさか飛んだ?」
十波「飛んだって?」
小林「ネタの台詞を忘れることです」
  十波、安堵の表情で、
十波「ほらね、阿部さんは漫才なんて向いてないのよ」

○ 同・校庭野外ステージ
  マリア、縋るような眼で優子を見る。
  優子、マリアの眼を見つめる。
   ×   ×   ×
<フラッシュバック>
  笑顔のマリアの記憶。
藤林の声「その友達の相方を続ける気があるんなら、どうぞ一緒に泥船に乗ってやって、一緒に死んであげてください」
<フラッシュバック終わり>
   ×   ×   ×
  優子、息を呑んで、大きく息を吸う。
優子「…マリア、もしかして…。最後の台詞、忘れた?」
  マリア、躊躇いつつも、頷く。
  優子、大げさに頭を抱えて、
優子「かぁーーーっ! これだから美人は!」
  客席から、男子生徒の声援。
男子A「阿部さん、可愛いー!」
男子B「頑張れー!」
  優子、声をかける男子に向かって、
優子「やめろやめろ、甘やかすな! そうやって甘やかすから、この性格ブスがつけあがる!」
  マリア、きょとんとした表情で優子を見る。
優子「忘れもしない、あれは小学5年生の時のことですよ! 当時、私たちは同じクラスで、担任は学校一怖いと言われる体育教師で! ある日、マリアが宿題の漢字ドリルを家に忘れてきた時があって!」
  徐々にヒートアップしていく優子に、客席から笑い声が上がる。
優子「他の子が忘れたら鬼のように怒る癖に、マリアがちょっと可愛く『ごめんなさーい、てへっ』とか言っただけで、『仕方ないなあ、次から気を付けろよ』とかいう大甘ぶり! その次の日、私がたまたま体操着を忘れてきた時は、あの野郎、私に水のたっぷり入ったバケツを持たせて、廊下に立たせやがった!」
  大きな笑い声。
優子「おまけにマリアは、重たいバケツ両手に半泣きで立ってる私を見て、『優子ちゃん、かかしみたーい』とか言って笑いやがって! 一生許さねえぞ、コノヤロー!」
  マリア、素で笑ってしまう。
優子「美人っていっつもそう! ちょっと何かやらかしても、『てへっ』とか言って笑えば済むと思ってやがる! ちょっと、何ヘラヘラしてんだ、マリア! 反論でもお詫びでも何か言ってみろっつーの!」
  早口で捲し立てながら、マリアに眼で訴える。
  マリア、優子の意図に気付き、客席に向かってあざといポーズを取る。
マリア「てへっ」
優子「『てへっ』じゃねーよ!」
  観客たちから、大きな拍手笑い。
  優子、大きく呼吸をしながら、マリアの肩に軽いツッコミをいれる。
優子「もういいよ。どうもありがとうございました!」
  深々とお辞儀をする、優子とマリア。
  客席から歓声と、拍手が轟く。
  ミホと尚美、複雑そうに笑って、拍手をする。

○ 同・ステージ裏
  拍手しながら笑っている小林。
  十波、必死で笑いを堪え、笑い顔を見られないように隠しながらその場を離れる。
  小林、勝ち誇ったようにガッツポーズ。

○ 同・校庭野外ステージ
  優子とマリア、笑顔でステージから捌けていく。
  久保夫婦と真由美、拍手を送りながら、譲司の様子を伺う。
  譲司、腕を組んで険しい顔。
牧子「あら、ダメだったの?」
和雄「どうして、面白かったじゃないですか」
  真由美、クスリと笑って、
真由美「違うの。我慢してるのよ、あれ」
牧子「ええ?」
真由美「この人、実は凄い笑い上戸だから」
  真由美が譲司の脇腹を突くと、譲司が噴き出して、表情が緩む。
  譲司、慌てて3人から顔を背ける。
  ニヤニヤしながら譲司を見る、牧子と和雄。

○ 同・ステージ裏
  小林を含めた実行委員や出場者からの拍手を受け、ステージから降りてくる優子とマリア。
優子「凄いよ、マリア! めちゃくちゃウケたじゃん!」
  マリアに振り返る。
  すると、マリアが号泣している。
優子「えっ、どうしたの?」
マリア「(嗚咽)」
  優子に抱き付き、声を上げて泣く。
  優子、マリアの背中をさすりながら、笑う。
優子「ちょっと、ホントにどうしたの? 最後のことなら、ちゃんとウケたじゃん!」
マリア「(嗚咽)」
優子「も~! 泣かないでよ! マリア、泣き顔だけはブスなんだから!」
マリア「(泣きながら)優子ちゃんには負けるよ…」
優子「おいコラ! 泣いてても私を貶すのは忘れねえのな!」
  マリア、泣きながら笑う。

○ 阿部家・外観(夜)

○ 同・ダイニング(夜)
  テーブルの上に、たくさんのご馳走が並んでいる。
  譲司、真由美、和雄が並んで座り、その向かいの席に優子、マリア、牧子が並んで座っている。
  ご馳走を平らげる優子とマリアに、譲司が険しい表情で、
譲司「とりあえず、お互いを貶し合うような漫才はやめなさい」
  優子とマリア、バツの悪そうな顔。

○ 和峰高校・廊下
  文化祭の飾りつけなどが全て片づけられ、通常の学校生活に戻った廊下。

○ 同・進路指導室
  2つ並んだ椅子に座る優子とマリア。
  机を挟んだ向かい側には、頭を抱えた十波。
  十波、大きな溜息を吐いて、2人をじっと見つめる。
十波「先生として、これだけは忠告しておきます。せめて大学には行きなさい」
  優子とマリア、お互いを見て、笑う。

○ 都内の劇場・ロビー
  あちらこちらに、チケットを手に持つ女性客。
  『12月20日 本日の演目』と題されたボードに、『エスプレッソ単独ライブ 『漫才喫茶』』と書かれており、辺りにフライヤーが貼られている。

○ 同・場内客席
  舞台の幕はまだ開いていない。
  ほぼ満席の観客席の中に、優子とマリア、席に着いて開演を待っている。
優子「すごい人気あるんだね、エスプレッソって」
マリア「藤林さんと仲良くなってよかったね、優子ちゃん」
優子「仲良いってことではないと思うけど…」
  スマホを取り出し、藤林からの『単独の置きチケ、2人分しといたよ! マリアちゃんと一緒に楽しんでってな!』というDMを見る。

○ 同・楽屋
  青沼と藤林、衣装のネクタイをしめながら、真剣な顔。
青沼「お前、女子高生はあかんからな」
藤林「そういうんちゃうよ」
青沼「コンプライアンス守れへんヤツは死ぬ意外に道が無い業界やぞ」
藤林「やから、そういうんちゃうって」

○ 同・場内客席
  マリア、前方の客席を指差して、
マリア「優子ちゃん、あそこに小林くん」
  マリアが指差した先に、席に座る小林の姿がある。
優子「良い席取ったなぁ。本当に好きなんだね、お笑い」
マリア「優子ちゃんだって好きじゃん」
優子「え?」
マリア「今年のM1見て、小林くんと熱く語り合ってたでしょ」
優子「ああ、まあ…。なんかその裏の苦労とか、想像できるようになったから、感動しちゃって」
  マリア、優子の肩によりかかる。
マリア「頼もしい相方さんだなあ」
  優子、笑って、マリアの頭を小突く。
優子「あんたもちょっとは、お笑いの勉強したら?」
マリア「はーい」
アナウンス「間もなく開演でございます。席に着いてお待ちください」
  客席が暗くなり、出囃子の音楽が鳴りだして、幕が開く。
  スポットライトで照らされた、漫才用のサンパチマイクが現れる。
  割れんばかりの拍手の音。
  優子とマリア、ステージの上を見て、希望に満ちた笑みを浮かべる。

end

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